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「死霊術って使ったら怒られるのでしょうか?」
サラのした質問に周囲にいた人間が一瞬動きを止めるが、すぐにまた野営の準備を続けた。時刻は夕方、そろそろ準備を始めるという時間帯なのである。
モンテウッドを出て聖王都セレストを目指す一行は特に問題もなく順調に旅を進めていた。馬車での旅である為、とても現代とは思えない程にゆっくりと進む道のりではあったが、サラは行きと同様に楽しんでいた。行きとはルートが違うということは景色も変化しているという事だ。行きの視線が通る広い荒野ではなく、赤茶けた丘が各所にあるような道を通っているという変化に関し、サラはルート変更の思わぬ副産物だと密かに一人喜んでいた。喜んでいるという意味であれば、モンテウッド以降ずっとサラは上機嫌ではあったのだが。何せ"街を救う事ができた"という明確な出来事があったのだから。
カリンは一日に何度か携帯端末を覗いては、ため息をついている。まだ電波が入る領域にまで入っていないらしい。馬車での旅をあまり楽しんでいない彼女にとっては、ゾンビ事件について報告するという大義名分と共に、迎えの車を期待しているようだった。
そんな中、戦力にならないサラと、護衛だからと野営準備から外れているアロンゾ、クロウ、ライアの四人は、待っている間中に会話を交わすと言う事をモンテウッドを出てからしていた。
その会話の一環として放ったのが冒頭のセリフだったのだが「またサラ様がおかしなことを言っている」という無言での圧が感じられる中、クロウがため息をついた。
「なんだってそんな話になった? 使いたいのか?」
「ワタクシ、今回の旅で守られているだけだなと思ったのです」
「良いじゃねーか。別に聖王候補が戦える必要は無ぇだろう」
「ですが、多少の自衛は出来た方が良いと思ったのです。<聖域>で防御は出来ているので、その上乗せとして攻撃はできないものか、と」
「余計な事を考える奴だなこのお嬢様は……」
再度ため息をつくクロウに変わって、アロンゾが引き継いだ。
「何故死霊術なのですか?」
「カリンさん、アロンゾさん、クロウさんの体得しているものは体を動かす必要があるので、ワタクシには厳しいと思ったのです。ライアさんの魔法は良いと思ったのですが、<聖域>と同時に使えるのか分からなくて。ですから予め準備しておいてただ命令だけできるゾンビ達が居れば良いのかなと思ったのですが……」
言いつつサラはカリンが嫌そうな顔をしているのには気づいていた。
「それには日常的に側にゾンビがいる事になるし、それはダメそうだなと。でもどうしてもダメそうなのかと考えた時に、もしかしてあまり使ってはいけない魔法なのかも?と思ったのです」
「なるほど、その上での質問でしたか」
少し考えたアロンゾは「現代では死霊術は禁忌に分類される魔法となっています」と告げた。
「禁忌ですか? でもその割には良く聞くような?」
「そうですね。死霊術の歴史は古く旧三界時代から存在します。また新界に入ってからも魔道大陸フェレンダーナの一部では研究と発展が続けられていたそうです。ですが……現代に入ってからは、現代的な価値観と相性があまり良くないのです」
「現代的な価値観との相性、ですか?」
「死霊術である以上、どうしても死体が必要になります。ですが自分の家族や友人の死体を死霊術で使っても構わない、と提供する人間はあまりいないのです」
「それは、そうでしょうね。わかります」
「そうなるとまず素材が手に入らないのです。更には今は全世界的に火葬が広がっている為、ますます死霊術が使いにくい世の中になっていると言えます」
そこにクロウがナッツを口に放り込みながら口を挟んできた。
「無理矢理墓を暴いて使ってやろう、ってなるとそれ自体が犯罪だしな。死体遺棄、死体損壊なんて事も言われちまう。それに、死霊術は死体に死霊を取り付かせる訳だろ? そしたら人権団体が死霊の人権を無視するのか、なんて事言ったりするんだぜ?」
「死霊の人権ですかっ!?」
全く考えた事も無かったサラは目を丸くした。アロンゾが苦笑しながら付け足す。
「さすがにそこまで言う人は限られていますよ。第一、死体ならばともかくとして死霊だとどこの誰という証明が難しいですからね」
「限られていても、言う人は本当にいるのですね……驚きです」
「まあ難癖付ける奴はいるからな」
面白そうにクロウがケケケと笑い声をあげる。
「先ほど言った魔道大陸フェレンダーナのとある国では、むしろ自分の死後の死体を自らの友人に渡すのが一種の栄誉だそうですよ。死後も一緒に戦おう、という誓いなのだとか」
「ああ、俺も聞いた事ある。けど、そこに対しても色々言ってる奴がいるんだろ? で、文化の保護だの人権がどうのと、暇人が話してるんだよな」
「事実かもしれませんが、言い方を考えてください……」
クロウのあまりな言いざまに、アロンゾは自分の額を抑えた。
それより、とクロウは我関せずと離れていたライアに向かって言った。
「それより自衛だったら、ライアに聞けよ。操作魔法じゃなくて付与魔法の方だったら行けんじゃね?」
***
「あん?」
突然話を振られたライアは何故突然こちらに話が来たのかと目を白黒させた。
「仮に死霊術が禁忌じゃなかったとしてもだ。サラが<聖域>張ったら浄化されちまうだろうが。どうしたって相性悪すぎるだろうが。自分を守らせるつもりで近くに置いてるのに、自分で浄化してどうすんだよ」
「まあ。それは確かにそうですね」
サラが納得、という表情を浮かべたのを見てクロウがライアの方に視線を向ける。
「そこを行くとライアの付与魔法だったら浄化されねぇだろうし。前聞いた時には付与魔法も使えないとは聞こえなかったぞ?」
「余計な事を言っちまったかね……」
ライアは苦い表情を浮かべたが、サラがなにやら期待に満ちた目で見上げてくるのを見て、しかたがないとばかりに話し始めた。
「簡単なのならな。が、おすすめはしない。難しいからな」
「え? 簡単なのに、難しい、ですか?」
混乱するサラに苦笑しつつ、ライアは魔法でその場に簡単な土人形を作ってみせた。いつも作る人間を越える大きさのものではなく、手のひらサイズの小さなものだ。それを地面にそっと置く。
「これに"前に歩け"って命令を織り込んで付与したとするだろ?」
言いつつライアが魔法をかけると、それまで動かなかった小さな人形がえっちらおっちらと前進し始めた。小器用にバランスを取り左右の手足を動かしながらも前進するその姿はどこかコミカルだった。
「わあ、可愛い」
サラはその動きに目を輝かせたが、人形は小さな石に躓いて倒れてしまった。が、そこから立ち上がるでもなく相変わらず前進するためだけの運動を続けて、その場で蠢くだけとなってしまった。ライアからすると当然の動きだったが、サラからすると予想外のことだったようだ。慌てたようにライアの顔と人形とを交互に見て来た。
「あの、これは?」
「前に歩け、しか言わなかったからな。倒れた場合は立ち上がれ、はまた別の命令として織り込んどかなくちゃならないんだよ」
「ああ~~……。命令をするのは簡単だけど、ちゃんと動くように色々な命令を沢山仕込むのが難しい?」
これを言っただけでそこまで理解できるのだから、サラは頭が良いのだなとライアは思う。ただ自分で考えようとするあまり、自分の少ない知識で判断をして、明後日の結論を生み出す事があるだけで。
「そ。更に言えば適切な行動なんて状況によって変わるからな。"これしかしない"っていうように状況が限定されてるならまだやりようがあるけど。それがまぁダンジョンとかにいるゴーレムとかな訳だけど。……お前さんは自分を守りつつ攻撃したいんだろ? 臨機応変にその場で動くように命令を作る、なんて無理だろ?」
「そう、ですね。前にもそんな事を仰ってましたっけ」
「あたいが付与じゃなくてゴーレムを操作してる理由な」
とは言え、ゴーレムに様々な命令の塊を丸ごと付与して自立行動させる、と言う事は不可能ではない。実際をそれ突き詰めていく研究がある事も知っているし、その応用と自分での操縦とを両立させた上で兵器化したのが魔導機装だという事もライアは知っている。
だがそれをサラが身に着ける事が出来るかと言えば話は別だ。覚えなければいけない事もあるし、状況による応用は自身で考える必要がある。そうした分野がサラに向いているかはライアは懐疑的だった。
「それはそうですね……。ゴーレムさんを動かすのは難しそうです」
「というかそもそもの話だがな」
少し落ち込んだ風なサラに、ライアは正論を投げ込む事にした。というかアロンゾにしろクロウにしろ、この話の流れになるのが分かっていてこちらに振って来た気がする。ライアはこの一団と一緒に行動するようになってから貧乏籤ばかりを引かされている気分になりながらも言葉を続けた。
「お前さんは、自分で戦わない方が良いとはあたいは思うけどね」
「そうですか?」
「下手に戦う術なんて覚えたら……その、なんだ。なあ?」
正論をぶつけるつもりではあったが、いざサラにぶつけるとなるとライアは躊躇してしまった。というかこうなるからアロンゾとクロウはこちらにその役目を押し付けたのだ。ちらりと横目で見るとアロンゾは我関せずといった態度をしているが、クロウは何やら面白いものを見ているようでニヤニヤしているだけだ。
しかたなくライアは、その場に残るもう一人に話を振ったが振られたカリンの方も慌てたようだった。
「そのまあ、あの、あれです。サラ様は戦わなくても、私が守りますから」
「それは……確かにそうですね」
サラが戦う術を身に着けようとしたのはそういう事では無い筈なのだが、護衛の立場であるカリンの口から言われてしまえば、更に言葉を重ねる事はできなかったようだ。ライアはこの会話を無事に終わらせる事が出来た事に安堵した。
と、そうして安堵すると今度はこの役目を押し付けて来たクロウに怒りが湧いて来る。それをぶつけてやろうとクロウの方を見た時だった。
――クロウが、いつのまにか真剣な顔をして周囲を見回していた。
「おい、どうし――」
「静かにしろ」
先程までとは違い、緊張感を孕んだ声を出すクロウに、他の人間も言葉を出すのを止める。野営の準備をしていた他の皆も同様だ。
そうして注目が集まるなか、クロウが視線を一点に向けた。これからサラ達が向かおうとしていた道の先だ。
そこから一つの人影が近づいてきていた。夕暮れの中、ヨタヨタと歩いて来るその姿は、少し前の一行であれば"怪我をした人かもしれない"という発想をする人間がいたかもしれない。
だが今は違う。今は、この動きをして近づいて来る存在を知っている。
そして果たして、その人影の姿がハッキリし始めた頃。カリンがヒッと喉の奥に詰まるような悲鳴を出す。
――そう、その人影はゾンビであった。ゾンビが道の先から歩いてきたのだ。
勿論、ゾンビは自然にも発生しうる魔物である。それを模したのが死霊術であり、そのベースとなる魔物は存在したのだから。
だが目の前のゾンビはそれを否定するように。ゾンビには既に意志も感情も残っていないだろうに、その口角がニィと上がった様にライアには見えた。
そして、そのゾンビは――声を発した。
『――見ぃつけた』




