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『――見ぃつけた』
その声を聞いた時、カリンは自分の喉から迸りそうになった悲鳴を両手でなんとか抑えた。
そもそもゾンビが苦手と言うのを克服していない、というのは勿論ある。本来喋らない筈のゾンビが口腔からしわがれ声を出しているのが不気味だというのも勿論ある。
だがそれ以上にカリンの脳裏を襲ったのは"終わった筈だったのに"という言葉だった。
何故ならば、これと同じような事象を聞いていたからだ。カリン自身は居合わせずとも、伝え聞いていたからだ。
『見つけにくい道を行くんだもの。少し探しちゃった』
遠隔でゾンビに喋らせる魔法。いや、喋らせるというよりもゾンビに中継させて音声情報を伝搬させているというべきか。いずれにせよこの魔法を使う存在は倒したはずだった、というのがカリンの自覚だった。
遠隔で喋る魔法は、決して本人の口腔を使っている訳ではないので正確な声音が分かる訳では無い。しかし、その話し方で分かる事もある。
――シルハザとは別人が話しているという事だ。
『ああ、いきなり話し始めちゃった。自己紹介をしようか?』
カリン達の思いを知ってか知らずか、ゾンビはヨタヨタとなおも近寄りながらも平然としゃべり続けた。
『あたしの名はシレーザ。あんた達にやられちゃった、シルハザの妹だよ』
吸血鬼に妹、というのは居ない訳ではない。勿論吸血鬼化した後で義理の兄妹を名乗る事はあるのだろう。が、シレーザと名乗ったその存在がシルハザの名を呼ぶ際の声に混じる親密さが、人間であったころからの繋がりがあるようにカリンには聞こえた。兄妹揃って吸血鬼たりえる素養を備え、両方ともがグールにもならずに吸血鬼化できるというのは珍しい。その実例が目の前にあるのか、とカリンは思った。
「――ワタクシ達に何の御用でしょうか」
幾分冷静さを取り戻したのかサラが問い返した。と同時にカリンは、それは自分がやるべきだった事を思い出す。が、相手がゾンビである事、そして既に事件が終ったと思い込んでいたのがひっくり返されたからなのか、足が動かない――。
『当然でしょ? ――あんた達を殺しに来たんだよ』
ヒッという悲鳴が自分の喉の奥で鳴ったのをカリンは自覚した。
『シルハザはさ、なんだか自信過剰で油断しちゃう奴ではあったよ? ……だけどさ、吸血鬼になったら、もう死なないで一生一緒にいられると思ったんだよ? 折角の兄妹なんだよ? それを殺しておいてのうのうと逃げるなんてさ――許せる筈、無いじゃない?』
それは憎悪だった。人間が持つそれと同じ。身内を害されたから怒るという当然の感情。それが今、兄を殺された妹からの言葉として、カリン達に叩きつけられていた。
襲って来たからシルハザの方が悪い、こちらは自衛をしただけだ。
そんな言葉がカリンの中に浮かぶが、それは感情の話ではないので彼女の言葉の反論にはならないのだとカリンの冷静な部分が悟っていた。
声を荒げるでもない。ただ静かに、淡々と。そんな声がゾンビを介して無機質な声として届けられる異常さに、カリンは身体の震えが止まらなかった。
「それは復讐と言う事ですか?」
『そうだよ。当然じゃないか。分かるだろ? だから街を出たあんたらをひたすら追って探してたんだよ。捜索の為にゾンビ達をバラバラに放ってさ。探すの苦労しちゃったよ』
それはクロウによるルート変更が多少は働いた事を意味していても、結局見つかってしまったのだから意味がない、とカリンは心の中でクロウに怒りをぶつけてしまった。
『でも見つけちゃった。だから、今配下のゾンビ達には集合をかけてるんだ。この地に殺到するようにさ。……逃げられないよ?』
ニヤニヤとする顔すら想像できるような言葉でゾンビが話す。近づいて来るそのゾンビに臭気が漂って来た事で、カリンは催した吐き気に口元を抑える。まだ耐えられるものではないのだ。そして受けていた精神ショックが気持ちの悪さに拍車をかけていた。
『覚悟しなよ? シルハザの仇を取るんだからさ。だから大人しく――』
「――もう、茶番は良い」
そんなシレーザを名乗る吸血鬼の言葉を遮ったのは、クロウだった。クロウは何かを確信したようにゾンビを、いや、そのゾンビの奥にいる存在を睨んでいるようだった。
『茶番? あたしのこの怒りを、復讐を茶番だって言うのかい? それはいくら何でも……』
「そうじゃねぇ。お前は所詮、使いっ走りだろうと言ってるんだ」
(……え?)
クロウの言っている事が良く分からず、カリンの思考が一瞬止まった。だがカリンが知るクロウはこんな時にでたらめを言う男では無かった。また、シレーザの声が途切れているのが、カリンの胸の鼓動を更に暴れさせる。
『……言っている意味が分からないな。あたしは――』
「お前もシルハザも、その奥にいるネクロマンサーに作られて命令されているだけの奴らだろって言ってんだよ。――そうだろう、ディラーグさんよ?」
***
「え……?」
クロウが言い放った言葉を、サラは最初理解できなかった。なにせ目の前のゾンビを操るシレーザ、の更に後ろに黒幕として存在するネクロマンサーがディラーグだというのだ。サラの中のディラーグと言えば、モンテウッドで神父をしていたあの初老の人しか思い浮かばない。
同じ名前の別人の事を言っているのかもと一瞬は思ったものの、そうではないことは流石にサラでも分かった。
「あの、ディラーグ、さんですか? どうしてその名前が?」
「言った通りだ。モンテウッドを滅ぼそうとしたネクロマンサー。その正体があの街の神父ディラーグだったって事さ」
「で、ですから何故!」
サラは動揺していた。モンテウッドでエイジから詰められた時とは違う。エイジから問い詰められた時には、自分の行動の何がそう解釈させたのかという悩みだった。
だが今回のものは違う。何故ならば、ディラーグが聖神教の神父だったからだ。
そこについてサラは深く考える事を放棄した上で、クロウに詰め寄った。
「何故ディラーグさんがネクロマンサーだなんてそんな事――」
「まず一つ言える事だがモンテウッドの電気や通信が壊されていたのが気になってた。あれはアンデッドやシルハザがやるというよりも、街の仕組みを知る人間じゃないと出来ねぇ。それに巨人ゾンビの事、覚えているか?」
唐突な話題変換に聞こえたが、とりあえずサラは頷いて返す。
「あの時、俺は言ったよな。額に何かあると。だからネクロマンサーの仕業かもしれないと」
「はい。言っておりました。そして実際、巨人ゾンビの額を破壊して、クロウさんは倒してらっしゃいました」
「俺は正確には奴の額に埋まってたものを破壊したんだよ。こんな感じの黒い宝石をな」
そうしてクロウがポケットから取り出したのはなるほど、六角形に綺麗にカットされた石だった。黒故に透明には見えないが、確かに黒い宝石と呼ぶに値するものだった。
「あの時はそんな余裕無かったからな。俺は巨人の額に埋まってたこいつを破壊するだけで精一杯だった。それにあの後はすぐにモンテウッドに取って返したしな。調べる時間もなかった」
「で、ではその今手にしているそれは?」
「これはな、シルハザのものだ」
サラがエイジと和解していたころ、クロウはシルハザの死を確認していたのだという。そしてその際に、死体の側に落ちているこれを発見したのだと。
「なんせ巨人の額に埋まってるのを見てたからな。<聖域>の力で死霊術については浄化されちまったみたいだが、それでも形は残ってた。見覚えのある奴がな」
「仮にその宝石が巨人ゾンビの額に埋まっていたものと同じだとしてもですよ、どうしてそれがディラーグさんのものって事になるんですか」
サラは自分の言葉がややきつくなっている事には気づいていた。だが、止められない。礼儀作法で並んだそれで覆い隠せないものが、サラの焦燥が言葉にじみ出る。
「前にも言ったが俺には死霊術の事は良く分からない。が、霊覚だけはそれなりに鋭いんだよ。で、この黒い宝石。ネクロマンサーが死霊術に使っているこの宝石から、ディラーグの魔力が感じられるんだよ」
人間の指にある指紋が人によって異なり個人認証に用いる事が出来るほど個人差があるように。
人間の霊体を形作る魔力にもその人固有の霊紋があるのだ。
もっともそちらについては明確な証拠として保持出来たり他人に証明できるまでは技術が進んでいないとクロウは言った。
「街を出る時にディラーグと握手させてもらった。他人に霊紋がばれないように迷彩をかけているとは思ったが……急にかましたから隠しきれてなかったな。それにこの黒い宝石にも掛けられていた迷彩をこの移動していた間にほどいてみたら……ディラーグの魔力と宝石の魔力が一致したって訳だ」
その握手はサラにも覚えがあった。ディラーグとクロウの握手を"人はこうやって仲良くなるのですね"と心をホクホクとさせて見ていた筈だったのに。
そしてサラは、クロウがこういう事について荒唐無稽な事を言う人間では無いと言う事も分かっていた。つまり、ある程度の確信をもって言っているのだと。
「つまりシルハザを作ったのはディラーグだった。で、そのシルハザの妹を名乗る吸血鬼が現れたんだ。そりゃ――その奥にいる人物だって同じ筈だ。そうだろ、ディラーグ?」
手にした黒い宝石を掲げながらクロウがゾンビに向かって言葉を投げつける。
サラとクロウの会話中はシレーザは言葉を挟んで来ず、もはやそれが応えのようにも思えたが……。
『……ふふ。これは油断したか』
ゾンビからまた流れて来た声。それ自体は遠隔魔法でのそれである。が、明らかに話している人間が切り替わったのが分かった。シレーザではない別の人物が。そしてその喋り方はサラも知っている人物を想起させた。
『誤魔化すのも意味ないな。では改めて名乗ろう。私はディラーグ。聖神教の神父であり――同時に、モンテウッドの街を滅ぼそうとしたネクロマンサーだ』




