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「この度は本当にありがとうございました」
シルハザを倒した翌日。聖王都セレストに戻る事としたサラ達は、街の人間の見送りを受けていた。
頭を下げてホッとした表情を浮かべているのは街の理事長だ。その傍らに神父ディラーグもいて同じように頷いている。
「いえいえ。ワタクシ達がいる間に対処ができて本当に良かったです」
カレンを後ろにしたサラが、代表者として二人と会話している所であった。
二人以外のセレストからの同行者はいそいそと馬車に荷物を詰め込んでいた。最初の炊き出しの為に来ていた者達であり、カレンと違い戦闘者ではなかった為に昨夜も教会の一室で待っていた者達である。
彼女らの近くにはライアが佇んでいた。彼女はそもそも街の人間にはあまり関わってこなかったし、護衛のついでだと言っていた。彼女が言うには恐らくシルハザが倒されたのと同じ頃にゾンビ達も制御を失って三々五々散っていったとのことだった。
アロンゾはその人となりから街の人達に慕われていたのか、幾人かに話しかけられては丁寧な挨拶を返していた。
この二人にクロウを含めた三人は、当初の予定通りセレストの近くに送るまでの契約を守るつもりの様だった。ゾンビの脅威は去った可能性はあるものの、何が起きるか分からないのが旅というものだ。それに三人にとってもモンテウッドはたまたま立ち寄った場所であるにすぎない為、出発に異存は無かったらしい。
(そう言えばクロウさんは?)
とサラが見回した所で、ちょうどクロウが近くに寄って来た。
「おう、世話になったな」
言いつつクロウがディラーグに向けて手を差し出したのを見てサラのみならずディラーグも目を丸くした。クロウがさよならの挨拶に握手をする人物だとは思っていなかった為だ。
「驚きました。クロウさんもそんなことをするんですね」
「何言ってんだ。お前と契約を結ぶ時にだってやっただろが。それに俺は情報屋だぞ? こういう縁は大事にしてんだ」
そう言い改めて手を差し出すクロウに、調子を取り戻したディラーグは手を差し出した。
「あなた方にも大変お世話になりました。情報屋……に売れる程の情報があるかはわかりませんが、何がお聞きになりたいことがあればその時にはお答えしますよ」
「おう、期待してる」
ガッチリとクロウとディラーグが握手をしているのをみて、サラはどこか心がホクホクと温かくなるのを感じた。
と、そんなサラに声を掛けるものがあった。
「サラ!」
「エイジ君!」
自分が奉公している商人に了承を得てから寄ってくるエイジに、サラも明るい声を出した。この街に来てからはあまり良好な話は出来ていなかったが、ここに来て漸く昔のように会話ができるようになった事に、サラは喜びを感じていた。
「あの、まあちょっと態度が悪くて悪かった。が、お前がしっかりやってるようで、俺も安心した」
「ワタクシもエイジ君がちゃんと商人のお仕事をしているのを見て安心しました。昔言ってた通りですね。さすがエイジ君!」
エイジを昔から見て来たサラにとって、彼の努力が順当に認められて進んでいる様子を見る事ができたのは嬉しい事だったのだ。
「お前も聖王になってくれよ? そこまで行かなくてもお偉いさんになってくれ。そして俺を贔屓の商人にするんだぞ?」
冗談めかして言うエイジに、サラは「はい」と笑顔で答えるのだった。
そして最後の挨拶を終え、商人の元へ立ち去ろうとするエイジが、最後に振り返って言った。
「あ、そう言えばお前の"ワタクシ"っての、発音がおかしいからちゃんと直せよ? いやそこだけじゃなくて何か微妙な気がするから、ちゃんと勉強してなおせよな!」
それだけ言い残すと、エイジは人ごみの中に走っていった。最後の彼は実にいい笑顔をしていて、これからも健やかであればよいなとサラは思った。
――それはそれとして。
ギ、ギ、ギ、ギと壊れた機械のようなぎこちない動きでサラは背後のカレンを振り返り、その引きつった顔で見上げた。
「か、カレンさん? わ、ワタクシの"ワタクシ"という発音、おかしかったのですか? 他にも何かおかしいとエイジ君が言ってたのですが!」
「えと、それは、その……」
いつもであれば即答してくれている筈のカレンが応えに困っている。それが答えだと分かり、サラは目と口を大きく開けてしまった。
――しばらくして。
挨拶を終えたのかクロウがサラ達の近くに寄ってきた時、サラの顔を見たクロウが首を傾げた。
「あん? どうした、変な顔をしているが」
「いえ、その……人生は勉強だなと思ったのです」
「ふうん?」
良く分からない返事だったが、クロウは深く追及はしないでくれたようだった。
そして。ゾンビとの戦いというイレギュラーはあったもののサラ一行は、奉仕巡回の旅の帰路についたのであった。
***
モンテウッドから聖王都セレストへの帰路についた事で、もっとも安堵を覚えているのは自分だろうとカリンは思っていた。
なにしろモンテウッドで巻き込まれた事件について、一番力を発揮する必要があるはずだったのに、一番無力だったのだから。
カリンはサラの専属護衛である。故に、彼女の身の安全について最大限の配慮を行う必要がある立場にいた。それがゾンビとの戦いでは醜態を晒し、その後の対応はサラ主導で行われてしまい、カリンはサラに"ゾンビとの戦い"以外の仕事を割り振られていた。
その事自体は正しいと思うし、結果的にも間違っていなかったとは思う。ただし、それをカリンが屈辱と思わないかは別である。
なまじカリンはそれまで充実したスクールライフを送りそれなりに成績が良かった事もあり、順調に生きて来たつもりがあった。そして就職しても聖王候補の専属護衛への抜擢である。もっともっと上を目指せるのではないか、と思いそれなりに努力をしてきたつもりもあった。
それがゾンビ相手の醜態である。言ってしまえば初めての挫折であったと言っても良い。
(だけど、これで一区切り!)
ゾンビが苦手だという課題が分かった事が非常に大きい収穫だったと割り切ってしまえば良いとカリンは考えていた。そうしてモンテウッドの事件は"良い経験だった"と消化をして、今後の仕事のやり方に反映をさせて行けば良い。そしてその"区切り"をようやく迎える事ができたというのがカリンが本当に安堵している所だった。
(ゾンビへの対策もやってみせる。他の苦手が無いかも探して、次こそは役立たずでない自分でいられるようにする)
それはなまじ学生時代が有能であったから、"無能でお荷物"であったというモンテウッドでの自分を否定したいという欲求が産んだものではあった。その結論は間違いでは無いだろう。が、出発点がズレている事にはカリンは自分では気づけていなかった。
そしてそんな事ばかりを考えていたからだろう。コンコンと馬車の扉をノックされる音に気付くのに遅れた。
「は、はい!」
慌てて窓を開けるとそこに居たのは少し仏頂面になっている髭面男、クロウだった。
「おい。次の休憩地でな、少しルートを変えるぞ」
「は?」
いきなり言われた事にカリンは困惑を覚えた。セレストからモンテウッドへ通じる道はそう多くは無いし、行きでも使って来た実績あるルートなのだ。それを変える意味が分からないと言うと、クロウはますます仏頂面になった。
「あのな。サラが狙われているって事、忘れてんのか?」
「あ」
すっかり自分の頭からそれが抜け落ちていた事にカリンは赤面した。いや、正確に言えばまだ覚えてはいる。だが襲われるのならばモンテウッドの中だと思っていたし、そこを出た事でゾンビ事件と同じく一段落したと思ってしまったのだ。言われてみれば暗殺の危険は常にある訳だし、ゾンビ事件が終わったとしても油断して良い理由にはならない。
こういう所が学生気分なのかもしれない、とカリンは自省することになった。
「だが、そもそも他のルートなんてあるのか? 貰っている地図だと他には無さそうだが」
「聖神教の上層部が使ってる奴だろ? 確かにメインで使える主要道は載ってるだろうけど、これくらいの規模感の馬車なら通れる道ってのが別にあるんだよ」
「……だとして、わざわざそちらのルートを使う理由は?」
「少なくともモンテウッドでの暗殺は失敗してるだろ。ゾンビ事件が何を狙ってたかは結局分からんが、少なくとも聖王候補が訪れているタイミングに起こった、と言う事を軽視する理由にはなんねーよ。ならどこに行くとかどのルートを使うだとかの情報は、漏れていると考えても良いだろうさ」
「ば、馬鹿な」
「まだまだ携帯端末すら使えない場所だぞ? 正直、大き目の道を使おうが小さめの道を使おうが、他人の目に触れないという意味では大差無ぇ。俺らの仕事はセレストまでの帰路だ。だったら少しでも安全に行けると思えるルートを使うべきだろうが」
そのクロウの言葉に、カリンは反論できなかった。
少なくともこの場においては、カリンはサラを守る為であれば最大限の決定権を持っている。その立場でカリンは考え、クロウの提案に対しては受け入れるに事した。最後の確認だけはサラにするが、彼女はカリンのこういう所には反論しない。
こうしてサラ一行は、帰路では行きとは違うルートを進む事になった。




