3-4
「――来た」
モンテウッドの北門。これまでゾンビ達が来襲した方角から、またしてもゾンビ達が近づいてきているのをライアは発見した。
街の人々の避難についてはカリンに一任し、サラ一行は対ゾンビに備えて北門近くに待機していたのだ。
「ゾンビだけですか?」
「見える範囲は」
更に答えつつ、ライアは両手の親指に軽く歯を立てて血を滲ませ、それぞれの手に握り込む。魔術の腕を補う為に、自分の魔力を通しやすい素材として自らの血を用いて行うライアの魔術。掌の中で血が媒介となり魔法が構築されていく。次いでライアは手を開きつつ、地面に叩きつけた。
手の中で構築されていた魔法が地面の中を通っていく。魔力が人型を象り、それがやがて地表へと手を伸ばす。
地表に現れた腕は四本。それを皮切りに地面に立ち上がる事になった岩人形は二体。それぞれライアの左右の腕に対応して構築された二体の岩人形は、ライアの操作に従ってゾンビ達に向かって歩き始める。
「わぁ。二体同時になんてできるんですね」
「まあ物質操作系魔法<岩人形操作>はそこまで複雑すぎるものじゃないから、構築さえできちまえば多重発動と操作くらいなら」
岩人形は決して素早くは動けない。だが、その大きさから想像するほどにのろくもない。大股に移動する二体のうち一体はゾンビの群れに突っ込み、もう一体はライアとの中間地点に佇む。
ゾンビの動きは決して素早くはない。モンテウッドを襲撃するように指向性を与えられている為に揃って行動しているように見えるが、実際のところ魔物としてみた場合は俊敏性にも欠ける。重さをもったゴーレムの腕の一振りを避ける事も耐える事もできず、岩の一撃により次々と体を四散させていく。
ライアはそれほどネクロマンサーに詳しい訳では無いが、彼らが扱う死霊術とは霊体を無理矢理死体に定着させる魔法である。つまり、死霊自らが憑依するアンデッドと異なり、生存の意欲が薄い場合もあると聞いた事がある。アンデッドにとって生存への執着は、そのまま彼らの強さだ。
それが薄いネクロマンサーが作成したゾンビは、本来のゾンビよりも弱いという話をライアは小耳にはさんだことがあった。
もっともそれがどこまで本当かはライアも良く分かっていない。仮に本来のアンデッドよりも弱かったとしても、その姿の異様さだけでも異質であるし、そもそも魔法での強化を施す事など幾らでもできるのだ。故にライアは敵が弱いとは油断はしていない。
が、少なくとも目の前に現れているゾンビについては、それほどの脅威ではないのではないかと思い始めていた。
「アロンゾ。他に敵は?」
「少しずつ多くなってますね」
送電線が切られた事で街全体の電力が限られている中、この襲撃に耐える為に北門の方に灯りを集中してもらっている状況ではある。
が、それでも遠くを照らすという訳にもいかず、今はどこからか迫りくるゾンビに耐える時間になってしまっていた。
(さあ、どうくる?)
***
エイジは避難先の建物の中で膝を抱えて座っていた。
対ヴァンパイアの為、夜闇は危険と言う事で電力を戦場に集中する為にと、街の人々は電力の使用が許された建物へと避難していた。エイジも普段は泊まり込みで働かせてもらっている商人の寮にいるのだが、今日ばかりは避難所にいたのだ。
お世話になっている商人はこういう時こそ何かができるのだと言って率先して何かをやりに行っていたが、エイジは一人何か顔色が悪いからと休む事を命じられていたのだ。
だがエイジの顔色が悪かったのは事実だが、それは決して体調が原因では無かった。先ほどのサラとのやりとりを思い返し、何も言い返せなかった自分があまりにも惨めだと思い、それが顔に出ていただけだ。
『ワタクシに救わせてもらえませんか?』
サラはそんなことを言っていた。かつて孤児院に居た頃と同じ顔で、同じ笑顔で。
勿論二年経って成長はしていたが、それでも彼女の芯は変わらなかったのだとエイジには分かった。聖王候補となるべく教育を受けたというのは分かったが、それが彼女を別人に変えてしまう事は無かったのだと、以前のサラを知っていたからこそ分かってしまったのだ。
しかし、それはエイジには受け入れづらい現実だった。なにしろ、エイジからするとサラはズルく無いと困るのだ。
――孤児院に居た頃のサラはただ祈るだけの無力な少女だった。しかし聖痕が発現した事で彼女に野心が芽生え、貴族に売り込むことで孤児院を出て、エイジを嘲笑して去っていったのだ。
それがエイジがこの二年作り上げて来たサラ像だ。サラは聖痕によりズルくなった。変わってしまった。だから今のサラは最低の人間であるべきだ、と言うのがエイジの心を保つために必要な虚像だったのだ。
孤児院で毎日見ていたころのサラを良く知っていたエイジにとっては、聖痕を悪者にするしかなかった。
だが、久しぶりに会話したサラは、昔と変わっていなかった。そう見えた。そう分かってしまった。
ギリッとエイジは歯を食いしばった。そんな許しがたい現実に耐える様に、はねのける様に。
そうしてサラの言葉を頭の中で巡らせて一人建物の隅で膝を抱えていたエイジは、やがて一つの考えに至った。
(――確かめてやる)
サラは格好よく、ヴァンパイアからこの街を守ると宣言した。
だがエイジの中にいるズルくて卑怯なサラは、決してそんなことができる筈が無いのだ。
であれば、配下に全てを押し付けている筈だ。その正体を暴いてやる。――そういう思考に至ったのが今のエイジだった。
幸い、今は避難所の建物はゴタゴタしている。端っこにいるエイジの動きに注目している人など誰もいない。
エイジは素早く身をひるがえすと、建物の扉へと歩いていった。何か呼び止められてもトイレだとでも言えばいい、と心の中は妙に落ち着いていた。
建物から出るのは何の問題も無かったが、一歩外に出たエイジはその暗さにギョッとした。如何な田舎街であってもこの時間であればもう少し灯りがあり、出歩ける筈であるのに今はもう月明かりが目立つくらいだ。
エイジはそれが北門に電力を集めたからなのだと理解できた。そして、その闇の中で自分が動かなければならないということ自体が、サラのせいだと思えてしまいエイジをまた苛立たせる。そこに既に理屈はない。
確かに薄暗い街を歩くのは難しかった。しかしモンテウッドでしばらく働いていたエイジであれば、記憶と照らし合わせて歩く事はできてしまった。もしそれが無理であれば引き返すという選択肢もあったのだが、なまじエイジは頭が回っただけに、電気が無い街であっても動けてしまった。
(確か北門だったな……)
そう思いつつも直接北門へ行っても無駄だとはエイジは理解していた。確かサラについていた護衛、カリンが街の人間が下手にゾンビに関わらないよう、また逆にゾンビが街中に入ってこないかを見張っているとエイジは聞いていた。
(だったら別ルートで……)
最終的に北門へ至ればよいのだ。少し遠回りになるが問題ないと考え、エイジは歩き出す。
……どれくらい歩いただろうか。次第に闇にも慣れ、足取りも少し軽くなってきた、そんなタイミングだった。
エイジは街の道の中心に、佇んでいる人影がいるのに気が付いた。
(こんな所に、人?)
エイジに言えた事では無いが、もう街の人間はどこかの避難所に行っている筈だった。仮に何かの目的があってそこから出たにせよ、道の中心に立ち止まる理由は無い筈だ、とエイジは思いその人影をもっと観察した。
わずかな光の中で見るその人影は、銀髪の男の様だった。
耳に手を当てているのは何かの音を探っているのだろうか。見えてくるその顔は、瞳は閉じられていたが端正に見えた。やや高い身長を黒いスーツに包んだ男はそうしてしばらく佇んでいたのだが……不意にエイジの方を見た。
エイジはそれに身体をびくつかせる。確かに身を隠そうとは思っていなかったが、自分の足音でも聞いたのだろうかと思い、お互いに気が付いたのならば何かを言おうと思った時だった。
男の目が見開かれ――エイジは驚きのあまり身体が固まった。
「おやおや。こんな時間に出歩くとは。勇敢な子だ」
開かれた男の目は真紅。血が通っているのか分からない程に真っ白な肌。そして言葉を発する際に開かれた口から覗く牙。
「ようこそ、勇敢な子よ。私はシルハザ。宣言通り街を訪れさせてもらった」
そう。今夜街を襲うと宣言した吸血鬼。今は北門にいる筈の、サラ達が食い止めている筈のヴァンパイアがそこに居た。
「あ、あ、あ――」
本能的な恐怖がこみあげて来る。エイジはすぐさま逃げようとしたのだが、足に力が入らない。それどころか2,3歩後ろに下がったところで足がもつれ、後ろに尻もちをついてしまう。
そんなエイジに向けて、冷たい目で見ながらシルハザが近づいて来る。
「おや? 勇気ある子かと思ったが、そうでもないのか。これは残念だ。折角の第一号にふさわしいと思ったのに」
どこか楽し気に、そして本当に残念そうにシルハザがエイジに呼びかける。
「まあそれでも良いか。折角出会ったのだ。臆病者ではあっても構うまい」
一歩ずつ近づいて来るシルハザに、エイジは少しずつ後ろに這うように下がるしかできない。
「ど……うして、ここに。北門の方にいる筈じゃ……」
「北門? ああ、ゾンビ達を向かわせているあそこかい? なんでわざわざ人が待ち構えている所に行かなければならないのかね。私の目的は彼らを殺す事では無く、この街の人々を支配下におきアンデッドにする事だというのに」
「――――っ!」
足どころか手にも力が入らなくなってきたエイジは、顔を引きつらせてシルハザを見上げるしかできない。そんなエイジを面白いものを見るように目を細めながら、シルハザは牙をむき出しにした。
「なに、君の生きたいと言う意志が強く、そして素養さえあればヴァンパイアになれるさ。そうであればまだ生きていられるぞ?」
「何を言って――」
「ただ大半はグールになるがね。何も考えられぬ死体に成り下がるだけだ。君はどちらかな?」
どちらであっても願い下げだ、と普段のエイジならば言えただろう。だが直接的な死の恐怖に当てられたエイジは、もはやまともに喋る事もできない。見開いた眼からは恐怖から涙が溢れているがそれにすらエイジは気が付いていなかった。
「では覚悟は良いかな――」
「――そうは行かせねぇ!」
突然割り込んできた大きな声。そして突如として街頭が灯った。普段通りの灯りではあるが、闇夜に慣れたエイジにとっては明るすぎて目があけていられない。と、そこに何かが走り込んできてエイジを抱え上げて飛びあがったのは視界が戻らないエイジにも分かった。
「……ったく、なんで出歩いてんだ」
「え、え?」
そこに居たのはクロウ。サラの仲間の一人であり、今頃は北門にいる筈の男だった。
「よう、シルハザ。予想通りゾンビを囮に使いやがったな? セコイ野郎だ」
***
シルハザがゾンビ達を率いて北門から攻めて来る。……素直にそう来るとは、クロウ達も思っていなかった。
その為、街の人々には北門に近い場所すなわちゾンビに対処していたとしても比較的早く駆け付ける事ができるであろう場所に避難してもらった上で、クロウが一人で街に忍び込んでくるかもしれないシルハザを探す役目を押し付けられたのだ。
「田舎とは言え街だぞ? どんだけ広いと思ってんだ」
とは言ったが、更に無垢な目で「出来ないのですか?」と問われてしまえばクロウとて「やってやる」と言わざるを得ない。
結局電力を北門に回したことですっかり暗くなった街中を、クロウは一人で霊覚に頼って駆けまわる事になってしまった。
そして街中をこそこそと歩く人影に気づき、見つけたと思って急行したのだが、それがエイジであることに気づいてクロウは落胆した。道理で気配を隠す事無く歩くものだと思ったクロウだったが、そこから立ち去る前にエイジに近づく別の存在に感知したのだ。それがシルハザであると気づいたクロウは、電柱上でその区画の電源制御をONにしてから、シルハザとエイジとの間に走り込んで、救出に成功したのである。
北門周りにだけ電力を集中していたが、それは街全体に一つも街頭を灯す事が出来ない程に余裕が無いという訳では無い。区画単位であれば十分に照明を灯すくらいの事はできるのだ。シルハザとの戦いにおいて視覚を封じられる事はデバフになると考えれば、その振りを打ち消す為に余っている電力を使わせてもらったというのが、急にこの区画だけ灯りがついた理由であった。
急に明るくなった事に目が慣れないのか目を瞬かせるエイジを、クロウは乱暴に隅っこの方に押しやってシルハザに正対した。
吸血鬼シルハザは、急に明るく照らされる事になっても動揺することは無く。むしろいくつもの街灯で陰影濃く照らされているその姿には、どこか余裕さを感じさせた。
「おやおや。ゾンビ達の方には行かなかったのかい?」
「見え見えの陽動に引っかかってたまるかよ」
「その割には他のメンバーがいないようだけど」
「ゾンビ対処もしなくちゃいけないからだろうが。分かって言ってやがるな、性格が悪ぃ」
軽口を叩きながらクロウは、短刀を構えたままジリジリとシルハザに近づいていく。それに気づきながらも、シルハザは顔にニヤニヤとした笑みを絶やさない。
「何が楽しいんだ、この腐れ吸血鬼が」
「自分には私を倒せない事が分かっているだろうに、それでも何とかしようとしている君が健気で、ついね」
「ほざけっ!」
生体強化魔法で強化された身体能力でクロウは地面を蹴ってシルハザに肉薄する。それには対応して爪で迎撃しようとしてくるシルハザに、クロウは急制動。瞬時に横に飛び、そこからシルハザの首を狙う。
確かにクロウの短刀ではシルハザを倒しきるのは難しい。だがそれは無力化できないという意味ではない。首を落とす事によりシルハザの行動を制限する事を狙い、クロウは短刀を振るう。が、シルハザの左腕が上がり短刀を防御。クロウはシルハザの前腕を切り裂く事しかできずに、一旦舌打ちをして間合いを取った。
ゾンビやスケルトンとは違って、ヴァンパイアはその身体に己の本体であるとも言える血液を循環させている。クロウが切り裂いた腕からも、血が滴り落ちていく。
地面に零れていく血は、確かにヴァンパイアの一部ではあったものの、その身体から離れればその限りではない。つまり、血そのものが意識をもった別の存在として襲い掛かってくるわけでもない。その意味ではダメージを与えた事に変わりは無いのだが、シルハザは自身の前腕から流れる血を止めようともしなかった。
(……いや。血が、動いている!?)
地面に滴り落ちている血液が止まらない。いや、それどころか一本の線となって蠢いている事にクロウは気が付いた。
「あ、気が付いたかい? じゃあこっちから行くよ。――生体変化系魔法<操血刃>」
地面に広がっていた、と思っていた血液がシルハザの声と共に一つの塊となり、前腕から伸びた触手の如く、クロウに向かって高速に伸びて来る。
咄嗟に身体を横に投げ出して避けると、血の触手はそれまでクロウがいた場所を通過し、背後にあった柱を切り裂いた。自分の身体から流れ出る血液を魔法で、刃を孕んだ触手となす魔法。それがシルハザの扱う魔法であった。
ライアも行っていたが自身の血液は自分の魔力を流しやすいという性質を持つ。それに加えてシルハザ達ヴァンパイアの場合は、むしろ血液こそが本体とすら言える。そんな血液を直接魔法となして攻撃を行うのは、ヴァンパイアにとっては基本とも言える魔法であるとすら言えた。
が、基本であるというのは決してレベルが低いという事を意味しない。人間が手にする武器は拳や剣が基本だ、くらいの意味である。槍にしろ槌にしろ、武器は色々な種類があるがそれらは決してその武器の優劣を意味しない。結局は本人がどう使いこなすかでしかないのだから。
逆に言えばシルハザが己の血を刃となす魔法を振るって来たという事は、それだけ自信があると言う事にすらなる。
「こちらの魔法もわかったかい? じゃあ、そろそろ本格的に始めようか」
言うが早いか、シルハザの前腕の傷口からまた新たなる血の触手が出てくる。全部で五つとなった赤き刃の触手は、それぞれ別の角度からクロウに向かって殺到した。
***
シルハザが左腕を向けると、五つの血の刃が縦横無尽にクロウに向かって殺到する。それぞれ別の角度からクロウを切り裂くべく襲い掛かった筈の刃だったが、クロウは上から切りかかって来た刃を身を引くことにより回避。同時に左右から時間差で迫って来た血の鎌を姿勢を低くしてやり過ごすと、更に足元に迫ってきた別の刃を短刀ではじくと同時に斜め後ろに飛ぶ事で、背後から切り裂こうと近づきつつあった赤き刃と交差することで回避した。
「なんだ、やるじゃないか」
「うるせぇ。五つ同時なのは厄介だが、別に達人の剣戟って訳でも無ぇからな」
その言葉にシルハザはピクッと反応した。それは明らかにシルハザの魔法を馬鹿にした言葉だったからである。
「お、なんだ、怒ったか?」
「……その余裕、どこまで持つかな」
シルハザは黙って左腕を再度突き出し、五つの血の刃をクロウに向かって放った。
シルハザが使う生体変化魔法<操血刃>は己の血を、刃を伴った触手へと変更する魔法である。己の身体の延長となった血の触手は、手足の如くシルハザの意志通りに動き、対象を攻撃することが出来る。
距離や角度を自由に操り敵を屠る事が可能なこの魔法をシルハザは気に入ってはいたが、しかしクロウの指摘も的外れと言う訳では無かった。シルハザは己の手足の様に自由に触手を振るい敵を切り裂くことが出来るが、その触手の動きが一流の武術家のそれと同じかと言えば勿論そこまでではない。
勿論、複数の角度から成す同時多重攻撃はその一撃ごとの雑さを覆い隠す程に強大なメリットとなっているし、故に多少剣術を身に着けた程度の敵にシルハザが苦戦する理由などない。
更に言えばシルハザは吸血鬼である。その本体は体に流れる鮮血そのものであり、それら全てを同時に破壊しつくさなければ死は訪れない。見る限りクロウが振るうのは短剣一つである。自身の魔力をまとわせる事で攻撃力を底上げする基本は出来ているようだが、最大限評価するとしても、シルハザの首を落とすか心臓を貫くかのどちらかができるだけであり、滅ぼす事ができるレベルに達しようがない。
このまま<操血刃>で襲い続け体力切れを待っても倒す事は可能だし、他の戦い方もある。
だが。
(馬鹿にされたまま、という訳にもいくまいな)
クロウに左腕を向けてやや左半身が前に出ている事で死角になっている右手。シルハザは親指の爪で人差し指の腹を切り裂いた。途端にプツッと滲んで膨らんでくる血液がやがて重力に従って地面に糸のように落ちていく。
シルハザはその細い糸のような血も、魔力を纏わせる事で血の触手とした。そしてクロウの視界を意識したまま、ゆっくりと地面に這わせるように遠回りでクロウの背後へと伸ばしていく。
目の前ではシルハザの五つの刃を前に、その身のこなしと短剣だけで耐え抜いているクロウの姿があった。その戦闘力は褒めてしかるべきだとは思うが、しかしシルハザへ接近できる程ものでも無い。
シルハザは五つの刃にクロウの視線を集めるように、わざと大仰に振ってみせたりしつつ、ゆっくりと細い刃をクロウの死角を縫って近づけていく。
「どうした。バリエーションが無くなってきたか?」
「……減らず口がどこまで持つかな」
左腕から伸ばしていた五つの触手による攻撃が、クロウの視界内からのものに集中したからだろうか。やや余裕をもったのかクロウが軽口を飛ばしてきたが、その実その背後には暗殺の刃が迫っていた。
そして十分な距離に細き刃を近づけたシルハザは、再度五つの刃による攻撃を殺到させた。
それに対して更なる集中力を発揮させたクロウが、避け、飛び、躱し、防御することで刃が悉く届かない。
だが。
(――取った!)
左腕のまだ躱されていなかった最後の一本の刃の攻撃に力を集中し、これまでで最大速度の攻撃を繰り出す。と同時にシルハザは忍ばせていた暗殺の刃も同時に地面から射出させた。クロウが集中力を目の前の攻撃に注いでいればいる程に、暗殺の刃が彼を貫きやすくなる――筈だった。
「甘ぇよ」
クロウは前後から迫りくる刃を正確に把握し、その二つが交差する横に向かって跳躍してどちらの刃も躱して見せた。
「この暗い中でもお前さんを見つけられる程に霊覚は鋭いんだよね。視覚だけに頼ってるなら別として、そんな魔力むんむんな魔法を差し向けられちゃそりゃ気づくさ。お前さんがせっこい事を狙ってるってのはな」
「貴様……」
自分の策が完璧に読まれていたことに歯噛みし、シルハザは右手の指から出していた糸の如き触手を手元まで戻した。と同時に自分の前腕をその刃で引き裂く。それにより右腕から滴った血が、左腕と同じように触手となってその鎌首を立ち上げる。
合計で十本の赤き血の刃がシルハザの近くに浮遊する。
「そんな軽口が利けるというのならば、一気に葬ってやるぞ? 五本の触手で苦労していたお前には避けられまい」
「まぁ確かに厳しくはなりそうだけど……あれ、聞こえてこないか?」
「あ?」
クロウに言われて初めて気づく。この戦場へと近づいて来る馬の走る音が――。
「間に合いましたっ!」
そこに辿り着いたのは、自身の白馬に騎乗してきたアロンゾ、そしてその背中に掴まっていたサラの二人であった。




