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3-3

「あ、これはディラーグさん」

「これはこれはサラさん。お疲れ様です。……おや? お連れの方はカリンさんではないのですか?」

「はい。今はライアさんにお願いしてます」


 四人での会話の後、戦いの方針が決まった為にカリンは一つの仕事を言い渡されて、サラから離れる事になった。本人は反発したのだが、どうしても対ゾンビ戦には加われない事がネックであり、別の事をやらざるを得なかった為だ。代わりにライアがサラの護衛の代わりをすることになっていた。やはりサラの護衛をするならば女性だ、というカリンの強い意志の元の人選である。

 少し用事で教会の外へ出た時に、たまたま出くわしたのがディラーグであった。


「その、どうなのでしょうか? ヴァンパイア対策の方は」


 聞きづらそうにディラーグが聞いて来る。彼にしてみれば、年端も行かないサラとその一党に全てを任せなければならないという状況そのものが心苦しいのだろう、ということはサラにも想像がついた。

 だからサラは、殊更明るい笑顔をしてみせた。


「はい、大丈夫です。これでも作戦をしっかり立ててます!」

「そ、そうなのですか」


 ディラーグからするとこれからの戦いに緊張しているかもしれないという思いもあったようだが、あまりにも明るく返事をするサラに逆に戸惑っている様子が見えた。

 そのサラに対する思いからだろうか。ポツリとディラーグが呟く。


「……サラさんは、ご立派なのですね」

「え?」

「この街に自衛の力が無いばかりにサラさんにはご負担をかけてしまっています。更には心無い言葉までかけられたではありませんか。怒っても仕方が無いのに、そんな事をおくびにも出さずに頑張ってくださっている。その姿勢には敬意を払うしかない、と思いまして」

「いえいえ、そんな立派なものでは無いのです」


 ディラーグの評価が過大すぎるとサラは慌てて手を振って否定した。

 実際、サラにはそこまで大きな事をしているつもりはない。ただ今はゾンビ達のせいで"不幸サイド"にいる街の人々を救い出そうと思っているだけだ。それはサラにとっては"それこそがしたい事"であるために、立派な事だと評価されてしまうと自分で抱いているイメージとの違いに戸惑ってしまう。


「いえ、ご立派ですとも。そこまでのご覚悟あるのですから。そのご年齢なのです。よほど御幼少の頃から聖神教に入信していたのでしょう?」

「いえいえ全然。ワタクシまだ聖神教に入って二年程度です。その前はスラムの孤児院にいましたから、本当に聖神教は名前くらいしか知らなかったのですよ」

「スラムですか? え、本当ですか?」


 衝撃だったのかディラーグが目を丸くする。自分の在り方が聖神教の理想と重なっていると思ってくれていたのはありがたいと思う一方、過大評価されると腰が引けてしまうと思うのがサラだった。


「はい。なので聖神教についても分からない事ばかりで。勉強の毎日です」

「そ、そうなのですか。意外です。ゾンビとの戦いにしろ街の人々からの言われない言葉にしろ、無私の精神が無ければ大変なのではないですか? そんな方がまだ聖神教に入って二年とは……」

「無私、というつもりはありません。ワタクシこれでも好きな事をやらせていただいているつもりです」

「ゾンビの戦いが、ですか?」

「人々を救いたい。それがワタクシのやりたい事なのです」


 それを聞いてディラーグが目を白黒しているのを見て、サラは(これだけでは当然伝わりませんね)と言葉を続けた。


「ワタクシ孤児院に居た頃は、ずっと不幸サイドに自分がいると思っていたのですよ」

「不幸サイドですか?」

「はい。そして普通の生活ができている方達は幸福サイドにいて、その二つは決して交わらないものと考えておりました。……しかし違いました。気づけばワタクシは聖神教により幸福サイドに連れてこられたのです。……人は不幸サイドから幸福サイドへと人を連れて行くことが出来るのだ、と言う事を体験し、この上ない感動をしたのです」

「……」

「だからこそワタクシはこの感動を色々な人に伝えようと思ったのです。つまりそれこそが、他人を救うと言う事だと思っております」

「……聖女の如く、ですな。いやはやこのような考え方をする方が聖王候補なのですね」


 心底感心をしたという声を出すディラーグの反応に、サラは再度「滅相もありません」と否定した。


「日々勉強するだけです。聖神教の事も良く知らないワタクシが聖女などと……」

「いやはや、それでも私のような人間からするとサラさんはあまりにも眩しく見えます」

「ディラーグさん?」

「実は私も昔は少々ぐれていまして。そこから聖神教に感動して入信し、立ち直らせてもらったという恩が聖神教にはあります。これはサラさんと同じですね?」

「まあ、ディラーグさんも? スラム出身なのですか?」

「いえいえ、今思えばもう少しは良い暮らしをさせてもらっていましたが、まぁ若かったのですよ。ですが聖神教に感動して入ったというのはサラさんと同じですが、その後は紆余曲折あってこの年にしてこんな田舎の神父をやらされている身です。同じような来歴なのに、と。どうしても思ってしまうのです」


 少しの自嘲を混ぜたような顔でディラーグは言った。聖神教という組織の中でも出世競争などがあり、その挙句として左遷させられたという事を婉曲表現したつもりのディラーグだったが、サラには伝わらなかった。


「……申し訳ありません、良く分からないのですが教えていただけますか?」

「はい。なんでしょう?」

「モンテウッドの神父をやる、と言う事はご立派な事だと思うのですが……。その、どう考えてもまだ何もなしていないワタクシよりもよほど素晴らしいと思うのですが、そうだとすると仰っている事が分からなくなってしまいまして」


 本気で当惑しているサラに対して、ディラーグは目を瞬かせた。


「なるほど。これは本物かもしれませんね」

「本物?」

「いえいえ。もし聖王になる人を選べるならば、サラさんのような方になって欲しいものだと思いまして」

「え? わ、ワタクシが聖王ですか? 勿論、その、そのつもりで精進いたしますが、どうにも自分の未熟さを思い知らされているばかりで……」


 再度慌てるサラにディラーグは優しい笑みを浮かべた。


「すいません、長話をしてしまいましたね。頼り切りになるようで申し訳ありませんが、ヴァンパイアの件はよろしくお願いいたします」

「あ、はい。頑張ります!」


 軽く頭を下げて教会に入っていくディラーグを見送って、サラはホウッと一息ついた。どうにも褒められるという事には慣れないなとサラは思う。聖王都セレストで送った勉強の日々は、自分の基礎の無さから厳しい言葉を頂く事も多かったし、一緒に行った礼儀教育も似たようなものだ。

 それがこんなにも褒められてしまうと、自分のペースが崩されてしまう気になってしまうのがサラだった。


 と、そんなあたふたした自分を落ち着かせようとしている所に、かつて聞きなれた声が聞こえて来た。


「なんだよ。褒められてそんなに嬉しかったのかよ。自慢かよ」


 それはこの街にあって唯一サラに怒りをぶつけて来た存在、エイジであった。


***


 エイジがサラ達の場所に来たのは偶然では無い。かと言って意図してサラに会いに来たというのも違う。


 ヴァンパイアによる街への宣言があった後、街の人々は不安にかられていた。そしてサラ達が戻ってきた時、エイジは自分が街の代弁者になったと思っていた。

 事実、自分の言葉はモンテウッドの人々が抱いていた不安を形にしたものだったと今でも思う。エイジの言葉を誰も否定しなかったし、むしろ同意見だとばかりにサラに圧をかけてくれていたようにも感じていた。

 ただ単に運だけでエイジを踏み台にして聖神教に貰われていっただけの少女であるサラであれば――潰れるだろう、というのがエイジの考えだった。冷静に考えてサラを潰したかったのか、と言われると「そこまでは」と答えたかも知れない。しかし、サラに対して自分が持つ薄暗い感情を晴らすにはそれしかないだろうくらいにも考えてしまっていたのは確かだ。


(潰れるなら、このまま潰れてしまっても良い)


 それがエイジの正直な思いだった。八つ当たり、とあけすけに表現しても遠くは無いだろう。だがその言葉で矮小化して良い程の狭い感情でも無いのは確かだった。


 ――だが、サラは潰れなかった。

 それどころか自分達でヴァンパイアを打倒すると言う事を宣言し、それでも街の人々に安堵を与えてしまったのだ。

 暗くなってきた中、月明かりの中で宣言するサラの姿は聖女にすら見えて――モンテウッドの人々はそこに神聖さすら感じとってしまったのだ。


(なんでだよ!)


 それがエイジの正直な感想であった。サラの宣言の後、まるで表立って発言した自分が悪いかのような空気すら作られたようにエイジには感じられた。

 街の人々を代表していた筈なのに一転、悪者にされてしまうような空気。

 それがエイジの心のモヤモヤを加速させていた。


 また、その街の人々の変化について、エイジが全く理解ができないという訳ではない、というのをエイジ自身が自覚してしまった事も苛立ちの原因だった。

 あの姿を見たらサラの事を信じてみようと思ってしまうのも無理はない、とエイジ自身すら思ってしまったのだ。

 それはサラの事を否定したい自分では決して認めてはならないもので――エイジは故にその全てをサラへの怒りだと自分に言い聞かせてしまった。


 そして、街の人々を扇動してサラを責めるつもりがうまくいかなかった事でたまったフラストレーションがエイジを教会の近くの道をとらせ、たまたまサラとディラーグが会話している所に出くわしたというのが本当の所である。


 サラはズルくて、だから誰からも認めてもらえる筈がない人間だ、というのがエイジの思いだ。が、ディラーグがサラを褒める言葉を発しているのを聞いてしまえば、自分の中の矛盾に気が付きそうで、それがエイジを更に苛立たせる。

 結局エイジはその自分の中のモヤモヤを無理矢理押し込めたまま、サラに向かって「自慢かよ」という憎まれ口を叩いてしまうと言う所に至ってしまった。


 その言葉でエイジに気が付いたサラは、彼の顔を見て「エイジ君!」と少し嬉しそうな顔をした。

 それを見て、彼女を傷つけた筈の自分に対して笑顔を見せる姿に、自分がまた責められている気分になるエイジ――。


「やっぱりズルい奴はズルいよな。口先で色々な人を騙して――」

「エイジ君。ワタクシ、あれから考えたのですが」


 もはやモヤモヤが口をついて出るのを止められないエイジが更なる暴言を吐こうとした時、サラの言葉がそれを遮った。それはサラの昔を知るエイジにとってあまりに意外な事だったため、その驚きでエイジは言葉を止めてしまった。いつもエイジの話は一通り聞いてから発言するのがサラだった筈なのに、と。

 そしてその次にサラが発した言葉に、再度エイジの思考が停止した。


「ワタクシ、やっぱりズルい事はしていないな、と」

「…………は?」


 そんな訳はない、とエイジの中の怒りがサラを否定する。サラはズルいのだ。何故ならばちゃんと努力をしてきた自分をあざ笑うように、ただ祈っていただけのサラが上に行ってしまった。そんな理不尽を行うサラがズルくない訳が無い、と。

 言葉にすればそう言う事だ。が、エイジがそれを言語化して口にする前に、サラが続けた。


「ワタクシがした事と言えば祈っていただけです。聖痕が浮かんだことも、そして貴族に貰われていったことも、ワタクシの身に降りかかった事ではあっても、決して選んで行動した訳では無いのです。それをあたかもズルいと言われてしまうと――この世界にはズルくない事が無い事になってしまいます」

「な、何を滅茶苦茶な……」

「エイジ君が孤児院を抜ける為に努力をしてきた事は知ってます。でもそれで孤児院を抜ける事になったら、残された子供達は"エイジ君だけズルい"と言うかもしれませんよ」

「は? 俺は努力をしてきた! ズルい訳が無いだろう」

「ワタクシもそう思います。ですが残された人々がそう思ってしまうのも止められないとワタクシは思うのです。それが事実かどうかに限らず、その方のお考えなのですから。ですから……エイジ君がどんなにズルいと言っても、ワタクシは胸を張って言えると思うのです。ワタクシはズルい事などしていない、と」


 そういうサラの顔は、堂々としており自信に満ちて見えた。エイジの心の中に、先程サラが街の人々の前で宣言してみせた、月下での姿を想起させる――。


「ですがその後、幸運にも幸福サイドに至った自分が何もしないというのは、それこそズルい事だと思うのです。何かをした事では無く、何もしない事こそがズルいと。だからワタクシ、決めたのです」

「何を……」

「ワタクシは人を救います」


 そのサラの言葉に迷いは無かった。


「ワタクシは聖神教に拾われ、幸福サイドに来ました。人が人を不幸サイドから幸福サイドへ連れて来る事ができる、と言う事にワタクシは感動したのです。であれば、ワタクシも同じことをするのがワタクシが行うべき事だと思ったのです」

「人を救う、とか、そんなの……」

「そうしてワタクシが人を救ったら、そしてその人がまた別の人を救う事になったら。――この世界は全てが幸福サイドの人になりはしないでしょうか」


 それは少女の幻想である。現実的にはありえない夢想ではあった。が、エイジにはそれを笑い飛ばす事は出来なかった。サラが知りながらも覚悟をもってそれを口にしているのだと分かってしまっているがために。彼女がそういう人間であると幼いころから知っているがために。

 サラは笑みを浮かべながら、エイジに手を差し出した。


「ですから……ワタクシはエイジ君も救います。ワタクシの事をズルい、と思っているのであれば、それを利用する為にでも構いません。ワタクシの手を取りませんか? ワタクシに救わせていただけませんか?」


 そうして差し出されたサラの手を……エイジはその場で取る事ができなかった。

 と同時に、彼女に罵倒の言葉をぶつける事もできなかった。

 お前の言葉は夢物語だと。理想論だと。それで自分を裏切った事を許せというつもりかと。


「~~~~~~~~」


 しかし言葉は出なかった。孤児院に居た頃のサラと、そして目の前にいるサラが重なる。

 エイジは分かってしまった。サラは変わってなどいないのだと。昔から祈ってばかりいた妹分と何一つ芯の所は変わっていないのだと。


 だからエイジは――。


「あっ、エイジ君!」


 何も言えず、サラに背を向けて逃げ出す事しかできなかった。自分の中の苛立ちの根拠こそが幻想である事に気づかない為に。


***


 エイジと呼ばれた男の子が走り去っていくのを、ライアはサラの後ろで見ていた。サラが伸ばした手を引っ込めて、振り返って言ってくる。


「エイジ君……手を取ってくれませんでした。ワタクシ、また何か間違いましたか?」


 そう言ってくるサラの顔はまた少し悲しそうで。クロウに言われた通り、先送りしてそれで自分なりに考えた答え。それが否定された気分になったのだろう。

 だがライアは首を振った。


「いや、あんたは別に間違っちゃいないよ。ただ……あんたが答えを出すのに時間がかかった様に、あの子にも受け入れるのに時間がかかるだけさ」


 エイジとサラの間にあった会話を聞いて。そしてエイジのサラを"ズルい"と考える思いを聞いた。

 ライアはエイジの気持ちを痛いほどに分かってしまっていた。


 人間の努力がそのまま受け入れられ結果に反映される世の中であればどんなに良かっただろう。だが才能や運はどうしたって理不尽に襲い掛かってくる。そしてそれに対して、妬みや嫉みの感情を抱くのもまた自然な事だとライアは思う。

 だからエイジの言う事は分かる。エイジの妬みも分かる。エイジの怒りも分かる。

 ライアにはエイジの抱く感情が分かってしまう。


 だが――それはエイジの怒りに正当性がある訳では無いという事もライアには分かっているのだ。


 人間の感情の動きとしておかしなことが無かったとしても。そんな事は世間も、そしてもっとも身近な他人である友人だって気にしてはくれない。個人の事情などお構いなしに時間は進むし事情は変わる。

 人の心がその速度についていけなくとも。例え本人がそれに納得しなくとも。例えそれがどんなに理不尽であっても。全ては無情に前に進むのだ。


「後は男の子の意地、かもね」

「意地? ……良く分かりません」

「あいつの妹分だったんだろ? だったら……少しくらい自分を情けないと思うくらい許してやんな」

「良く……わかりません」


 まだ少し不安げな顔を見せるサラの頭に、ライアは手を乗せると乱暴にかき回した。


「わ、わ!? な、なんですか?」

「褒めてるのさ。あんまり時間が経ってないのに、ちゃんと自分で考えてたんだからね」

「祈るのに時間はいりませんから……」


 すっかりグシャグシャになってしまった髪の毛を手で梳いて直そうとしているサラの顔に、先程までの不安げな様子が消えているのを見て、ホッとしている自分にライアは苦笑する。


(なんか、あたいも"らしくない事"をしているよ……)


 自分はもっと仕事に対してドライだったとライアは認識していた。サラにだってそんなに深入りするつもりは無かったが、気づけば巻き込まれてしまい、彼女の不安げな様子を解消したくなってしまっている自分がいる。

 それは自分がこれまで想像もしていなかった自分であるため、ライアは苦笑するしかできなかった。


 ライアは自分の懐に手を入れると、一つのアクセサリーを取り出した。


「ほら。これをやる」

「え? なんですか? ……ペンダント、ですか?」

「ああ。聖王候補様が清貧を求めるのは分かっているけどね。……女の子なんだ。これくらいもってても罰は当たらんさね」

「ですが……」

「心の余裕って奴だよ。持ってるだけでも違うもんさ」


 サラはキュッとペンダントを胸に抱きしめた。


「人にこういうのを貰ったのは初めてです……」

「エイジだっけ? あいつみたいに言ってくる奴はこれからだって現れるさ。その度に悩みすぎるんじゃないってことさ」

「慰めてくれているのですか? その為にこれを?」

「そういうあれじゃ……まあ、誰にも見つからないように内緒にしておいてくれさね。あたいも怒られちまう」

「は……はい! ありがとうございます」


 ライアの不器用さを見て感じる所があったのだろうか。サラは顔を明るくして笑顔で礼を言って来た。


(本当に、あたいは何をしてるんだか……)


 そのサラの笑顔に嬉しさを感じてしまっている自分に、ライアは再度内心で苦笑を漏らした。


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