3-5
シルハザを迎え撃つにあたって、サラ達は北門の防御を捨てる事はできなかった。これまでゾンビ達が襲って来たのは北門からであったし、何より街の住人達を安心させる上でも北門を守っていれば安心であると見せかける必要もあった。
だが同時に、サラ達はシルハザが素直に北門から来ない可能性も考えていた。一番厄介なのは街を全方位からゾンビで攻め立てる事だったが、さすがにそこまではゾンビの数も無いだろうとサラ達は推測した。ここは希望的観測も混じっているが、全ての可能性を考えすぎていたら動けるものも動けない。
そこで北門をゾンビで攻められている間に別口から攻めて来るかもしれない、という考えに至った為にそれを探す役目をクロウにお願いしたというのが実際である。
またそこで、サラはクロウにもしシルハザを見つけたらその区画の照明をつけて欲しいとお願いした。それは勿論、闇夜というデバフを払うという意味合いもあったが、もう一つ大きな意味があった。
北門以外で灯りが灯っている箇所があれば、そここそがシルハザのいる場所であると言う事が、北門にいるサラ達に伝わるのである。
かくして北門にてゾンビ達の相手をしていたサラ達だったが、北門以外の街中で照明が点灯しているのに気が付いたため、アロンゾの馬に乗って街中を駆け抜けてもらって現場に向かったのであった。
なおこの作戦を聞いた時、真っ先に嫌がったのはライアで「そうなるとあたいは一人でゾンビ達を押しとどめる事になるじゃないか」と抗議してきた。が、サラの「でもライアさんのゴーレムが一番防いでくれそうなので」というこれまた信じ切ったような瞳と、クロウとアロンゾの「確かに自分達にはできないしな」という言葉に、結局今回も貧乏籤を引かされる形になっていた。
「できるだけ早く、シルハザさんを倒しますから!」
「……頼んだよ、ホント……」
「はい、頑張ります!」
少々ライアの顔がげんなりとしていたような気がしないではないが、サラはライアから託されたと思ってフンスと鼻息荒く、現場へと向かったのだ。
そして今、クロウと対峙している人影をみて「あれがシルハザさんですか」と呟いたサラだったが、もう一人現場に想定外の人がいる事に目を見開いた。
「エイジ君?」
北門近くの避難所にいる筈のエイジが何故ここに、とばかりにサラは、アロンゾの馬から降りると、戦場の隅でへたりこんだままのエイジの側へと駆けていった。
「護衛から離れるとか、馬鹿かい?」
そこを見逃す事無くシルハザは2,3本の血の触手をサラとエイジに向けて伸ばして来た。だが、それを想定していなかったサラでは無かった。
「<聖域>」
サラの祈りに呼応して胸元の聖痕が輝き、サラとエイジを包む形で聖なる結界が発動する。シルハザの刃はそれを崩す事ができず表面ではじき返された。それどころか、<聖域>に触れた箇所の血の刃が黒く濁り地面にボロボロと落ちていくのを見て、シルハザが舌打ちをする。
ひとまず安心だと確認したサラはエイジを見て、ニコリと笑った。
「ちょっと待っててくださいね。これから――吸血鬼退治を始めます」
***
「吸血鬼退治? ……大きく出たね。自分は後ろに隠れているのに」
サラを見据えたシルハザが再度左腕を掲げると、アロンゾはスッとその射線上に入った。サラの<聖域>で守れるのは分かったが、サラの魔力とて無限ではない。護衛としてアロンゾは聖剣騎士の剣をシルハザに向かって構える。
同時にクロウもシルハザを挟む形に移動したのを見て、アロンゾは(なるほど、分かっている)と心の中でクロウの動きを褒めた。
見る限りシルハザの魔法は、自分の血を自由に操るもの。だが言い換えれば常に意識を向ける必要があると言う事でもある。正反対の位置にアロンゾとクロウが位置すると言う事は、少なくとも視線を両方に向ける事は不可能であるため、その分集中力も分散できると考えたのだ。
動いたのはどちらが速かっただろうか。クロウとアロンゾが二人同時にシルハザに迫る。対してシルハザは左右の腕をそれぞれ一人ずつに向け、五連の血の刃を放ってくる。アロンゾにシルハザの刃が向けられるのは初めてだが、それでもこれまでアロンゾが積み上げて来た経験はすぐさま対応してみせた。
アロンゾにはクロウと同様に飛び跳ねるような体術は無い。が、その代わりに幼いころから鍛え上げて来た剣術はここでも十分に発揮された。アロンゾの左右から迫りくる五つの刃を足さばきを使いクルリと体を回転させる事で、全てを視界に収め、もっとも近場にあった赤き触手に向けて剣を一閃する。流麗なアロンゾの剣は、容易に二つの触手の先を切り飛ばした。
クロウの短刀とは違い、アロンゾが振るった長剣は切り裂くことにも長けている。切り飛ばされた触手は魔法が途切れる事でただの血へと戻り、地面へとベチャリと広がる事になった。ヴァンパイアにとって血液は身体の一部のようなものであり、自分が憑依している対象そのものではある。だが、例えばヴァンパイアは手を切り飛ばされても、それを拾い自分の身体に繋ぎなおせばすぐに直す事ができる。それは切り離されてもその腕はまごう事無き自分のものであり、再接続することで自分での制御を取り戻す事が出来る為である。同様に、身体から離れた血も所詮ただの血でしかない。が、回収すればまた自身の命の分身を宿らせるような鮮血として扱う事ができる。シルハザは地面に広がった血液に向けて触手を伸ばすと、血液を吸収した。
「ふむ。切り離しても復活するのですね。では、今度はこちらから」
シルハザの向こうではまたクロウが短刀で攻撃をいなしつつ体術で躱していたが、その隙に更にアロンゾはシルハザに肉薄することを選ぶ。引き戻された五つの触手が連なって防御姿勢を取る。先ほどと同じならばアロンゾの流麗な剣技は、触手ごとシルハザの肉体を切り裂くことになった筈であった。
が、切り裂けない。二つを束ねたが故か、シルハザが異なる性質を赤き刃の触手に与えたのか、アロンゾには分からない。だが直前までは切り裂けたとは言え、そう単純には行かなそうだと理解しつつ、後ろに下がった。
「あ、こらアロンゾ。何を勝手に下がってやがる」
そんなアロンゾに非難の声を掛けてきたのは、シルハザでは無く今は一応味方である筈のクロウだった。クロウは避けつつもシルハザを挟んで反対にいる筈のアロンゾの動きにも注意を払っていたのか、血の刃を次から次へと躱しながらも悪態をついてきた。
「戦いの中の駆け引きでは、下がる事もあるでしょうに」
「普通ならな。だが今回の戦いは別だ」
「……なるほど、そうですね」
クロウの言葉にアロンゾは素直に納得して前に出た。確かに個人の駆け引きとしては場合によって後ろに下がるのはありでも、今の状況では短期決戦の方が望ましいと思い出したからだ。
そもそもクロウは一人でシルハザと対峙してきたし、その体術の扱いを見ても大量の消耗は激しいだろう。それに北門に一人残して来たライアとて、徒に時間を浪費していては思わぬ事態に陥る事も否定はできない。
アロンゾは早急に決着をつけるべく自分からシルハザに近づき、再度剣を振るう。
「なんだ。焦ったのか? そうだな、お前らには限界があるものな」
煽る様に言いながらシルハザが再度アロンゾの剣を、束ねた四つの触手で防御。触手を組み合わせて編まれた血の盾はアロンゾの剣技をもってしても切り裂けない。
それに気を良くしたのか、シルハザの口角が上がる。残った触手の刃がアロンゾに迫る――。
――だが。
「やれやれ。こうもちゃんと油断してくれると、逆に安心してしまいますね」
「……なんだと?」
迫ってくる触手が一本であれば、アロンゾの剣にて容易に切り裂ける。それについては顔を顰めたシルハザだったが、アロンゾが剣を一旦後ろに引いて突きを放とうとしているのを見てせせら笑って来た。
「斬撃が効かないからって、突き技なら効くと思ったのかい? 随分とお粗末な――」
「――お粗末なのはあなたの方です」
アロンゾは剣を突き出す。と同時に魔力を全身で活性化。突き出している剣に魔力を集中させていき――。
「<聖剣降臨>!」
剣に急速に魔力が集い、一つの形を成していく。
聖典騎士団と異なり、聖剣騎士団の団員それぞれには神器による恩恵はない。その代わりに聖剣騎士団の団員には神聖金属セレスタイトで作られた特別製の剣が渡される。
この剣は当然強度や軽さなど、どれをとっても国の威信をかけた騎士団に持たせるにふさわしい逸品である。
だがそれはこの剣の真価ではない。
聖剣騎士団の剣。それは、団員それぞれに"自分だけの聖剣"を降臨させることができるのだ。
そしてその個々の団員に適した固有の聖剣を振るう事ができるのが聖剣騎士団なのである。
<聖剣降臨>で降臨させる事ができる聖剣の性質は人によって異なる。
圧倒的な打撃力をもつ棍棒状になる人間もいれば、槍のようになる人間もいる。
アロンゾに与えられた聖剣。その姿は――ランス。
元はただの細身の剣だった筈が、いまや大いなる魔力が結集し、そのランスが風を切ってシルハザへと肉薄する。
「チッ!」
そのランスを危険だと察知したのかシルハザが舌打ちしつつ、赤き刃の盾を振りかざす。
――だが。
「その程度では無理ですよ」
アロンゾの言葉通り。アロンゾの聖剣、ランスはその貫通力に特化した剣。アロンゾの突き出した聖剣であるランスは、シルハザの翳した盾を突き破り、その奥で守られていたはずのシルハザの身体の中心に突き刺さった。
***
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
血の触手で織り成した盾を貫通され、その身体をアロンゾのランスで貫かれたシルハザは痛みに叫び声を上げた。
単に刃で身体を貫かれただけではこの痛みは走らない。吸血鬼となった時点で既に身体は道具となり下がり、痛みすらも情報の一環でしかない。故に身体に異常が発生したという信号であることは認識しても、それが行動の制限をする程のノイズとして脳裏を駆け捲る事など本来はありえない。
しかしそれでもシルハザが痛みに悶えているのは、その身体を貫いているアロンゾのランスが<聖剣>である為だった。
アロンゾが口にしていた通り、彼は聖力に純化した魔力を放出する事は出来ない。が、<聖剣降臨>を用いて己の手の内に収めた聖剣であるならば、アロンゾ本人が出力するよりもよほど純化した聖力を纏わせているのだ。そしてその聖力が持つ方向性こそが、生にしがみつこうとしているアンデッドの方向性と衝突する。
その二つの力が干渉しあい霊的な反発を生じさせるのだが、それがシルハザに生命の危機を感じさせる本来の意味での苦しみを伝えていたのだ。
(だが、これでは決定打には――ならない!)
自身の身体を貫かれた状態とは言え、シルハザはまだ自身が敗れるとは考えていない。何故ならば彼は、アロンゾのランスが貫通力に特化した性能をもつ武器である事に気づいていたからだ。
その特性故に自分の盾は貫かれた。そこは己の失敗として認めようとシルハザは考える。だが身体を貫いて聖力を更に流し込む事ができていないのだから、それ以上の事はできないのだとシルハザは看破したのだ。
であれば自分が死ぬ事はないとシルハザは確信する。
確かに貫かれた箇所においては聖力による浄化のため、血液に憑依していた筈の霊体が霊的な干渉と共に次々に引きはがされて行っている。だが、言い換えればその傷口周辺だけに押しとどめる事ができていたのだ。
決定打にならないのであれば、ランスを引き抜いた後に身体回復をする事など容易い。
まずはランスを引き抜く所からだとシルハザは後ろに飛び退ろうと体を屈めた。
「――そうは行きません」
だがアロンゾは逆に踏み込んでくる。そして僅かにランスの角度を変える事により抜けにくくしてくる。それを面倒と見たシルハザは舌打ちをした。
「お前の攻撃では倒せない事は分かっただろう。それとも早めに殺してほしいのか?」
「確かに私の攻撃だけでは殺しきれませんが――こうするのですよ」
近づいてきたアロンゾを<操血刃>で切り裂こうとした時、シルハザを浮遊感が襲った。気づくとアロンゾがシルハザの身体を貫いたままのランスを使い、シルハザの身体を持ち上げたのだ。
だがだからとは言え、わずかに傷口が押し広げられる事はあっても更なるダメージをシルハザに与える事にはならない。シルハザが訝しんだ次の瞬間――。
「ちょっと抵抗がありますが……依頼主のご依頼なのでね」
言うが早いかアロンゾはランスを横に振ってシルハザの身体を振り回すと――サラの<聖域>に叩きつけた。
「なにぃぃぃぃぃ!?」
自らが防御すべきサラに対して、敵を近づけていくという暴挙。それにシルハザが驚いた次の瞬間には、彼の身体を更なる激痛が貫いた。<聖域>との干渉である。
――サラは最初<聖域>を展開させた自分が体当たりをすれば吸血鬼を倒せるのではないかと提案し、あまりに危険だと却下された。
それ故にサラはその逆を言いだしたのだ。
すなわち。
サラ自身が動けないならば、敵の方を<聖域>に当ててしまえば良い――。
クロウやアロンゾにより多少のダメージを与えても、吸血鬼を殺しきれないならば。彼らにシルハザを行動不能にしてもらい、その身体を<聖域>に当ててもらえさえすればよいのだというのがサラの発想だった。
それでもサラが危険に晒される事になりかねないために散々渋った四人だったが、最終的に押し切られた結果がこれだ。
そして今、<聖域>による聖力の干渉が、そこに叩きつけられたシルハザの全身に浸透していく。
(ま、まずいっ!)
両腕そして体の中心と、身体から血が流れだす穴は空いている。そしてそこからあふれ出した血が<聖域>と接触し、浄化されていく。アロンゾのランスが邪魔でそこから逃げ出せない。シルハザは<聖域>による干渉が傷口から体内に浸食し、体内にあった筈の鮮血から次々に霊体が引きはがされていくのを感じた。
「こ、こんな馬鹿な作戦でこの私がやられてなるものかっ!」
身体を千切ってでもこの<聖域>から距離を取れればそれで良いのだ。胸にささったランスが邪魔ならば、自分の肉体ごと引きちぎってしまえば良い。
そう考えてシルハザが体に力を入れようとした刹那。
「――逃がさねぇよ」
いつの間にか肉薄していたクロウがシルハザの首をナイフで掻き切った。ヴァンパイアが人間の肉体を利用して活動している以上、その血の通り道もまた人間のそれに依存する。つまり、太い大動脈が流れる首はヴァンパイアの鮮血が大量に流れる場所でもあった。そこを切り裂かれたシルハザからは、大量の血液が迸り、そして<聖域>の干渉により浄化されていく。
血走った目でクロウを睨もうとしたシルハザの目に映ったのは、クロウの靴の裏。首を掻き切ったクロウは飛びあがると、シルハザの顔面を蹴りつけ<聖域>へと押し付けた。脳に近い位置での出血とそれによる<聖域>の干渉はすぐに脳にまで至った。
(あ、あ、あ、あ……)
思考していた脳に回されていた鮮血が浄化され、シルハザの意識が消えていく。そして――決定的なものが浄化された。
「……もう、いいですかね」
<聖域>との干渉が収まっている様子を見て、アロンゾがシルハザからランスを引き抜くと、シルハザの身体はそのまま地面に滑り落ちた。炎で燃やした訳ではないので灰になって消え去るような事は起きえない。だがシルハザの身体に循環していた血液からは完全に死霊が引きはがされていた。そして引きはがされた死霊もまた<聖域>の聖力による干渉にあい、生にしがみつく事もできなくなり散り散りになっていった。
――ここに吸血鬼、シルハザは完全に消滅したのだった。




