3-1
「あれ、なんでしょうか」
なんとかジープを動かせるようにして、一行はモンテウッドまでの道を辿っていた。サラ、アロンゾはそれぞれが乗ってきた馬に乗り、クロウが運転するジープの助手席にはややげんなりしたグロッキー気味なライアが座っていた。
そしてモンテウッドの北門に近づいたところで、サラは門の所に大勢の人間が待っている事に気が付いた。それに遠目から見ると、街の灯りが非常に少ないようにサラには見えた。都市部であれば夜中までビルの光が消えないという感覚はサラにも分かるし、モンテウッドのような田舎であればそこまでライトはつけないだろうというのは分かるものの、それでもまだ夕方から夜になり始めという時間に過ぎないのに、暗すぎないか、とサラは思った。スラムの孤児院に居た頃でさえ、さすがにこの時間は夕食の時間でありまだ電灯により明るかったと思うのだ。
門の近くまで来るとさすがに待っている面々が見えた。
表情を硬くしているカリンや、街の理事長、神父であるディラーグがいるところまでは分かるのだが、それ以外の街の人々も待ち構えているようだった。サラが気になったのはそれら街の人々の顔がどこか不安に彩られている事だった。そしてその街の人々の中にはエイジの姿がある事にもサラは気づいていた。
「皆さま、どうしたのでしょうか?」
北門にまで至ったサラはとりあえず馬から降りた。途端に駆け寄ってくるカリンは何かを言いたそうにしていたが、今はそれどころではないと理解しているのかサラの乗っていた馬の手綱を受け取ると、すっとサラの横に立った。
それを受けてサラが理事長とディラーグの二人に語りかけると、やや表情を硬くしたディラーグが口を開いた。
「今宵、シルハザと名乗るヴァンパイアがこの街を攻めて来るというのは本当でしょうか?」
「え、何故それを?」
「おお、やはり本当でしたか……実は街の近くにゾンビが現れたのですが、街に危害を加えるでもなく、シルハザというヴァンパイアがこの街を攻めてアンデッドにする、という伝言だけ残したのです……」
沈鬱な表情を浮かべるディラーグに詳しく聞くと、どうやらサラ達との会話の文言をそのままアンデッドが口にしていたらしいことが分かった。サラ達との会話のうちサラ達の言葉が入らずにゾンビの声だけを聞いたために詳細が良く分からず、それをサラ達に確かめようとここまでの人々が北門へと殺到したのだと言う。
それを聞いたクロウがサラの後ろでチッと小さく舌打ちをした。
「なんの目的か知らねぇが、わざわざ伝言してくれたのかよ。全くありがたいこったな」
「ディラーグさん、それを確かめる為に皆さんここに?」
「……はい。皆さん、不安に思っているのですよ。何せ、この街がそんな風に襲われるのは初めてのことなので」
ディラーグの言葉にうなずくように街の人々の顔には不安の色が深く滲んでいた。対魔物の組織が無いということは、それまでモンテウッドはよほど平和だったのだろう。それが急に異常事態に巻き込まれた事に、誰も彼もが不安を抱いているようだった。
――そして、その不安を言葉にして表す者がいた。
「なあ、お前らのせいじゃないのか?」
「エイジ君……」
街の人々の中から一歩前に出たエイジは、その顔に憎々し気な表情を浮かべていた。
「お前らが来てからこんなことが起きてる。それまでこの街は平和だったのに。なあ、お前らが奴らを呼び込んだんじゃないのか? 全部お前らが悪いんじゃないのかよ!」
それは街の人々が声にしていないだけで、皆考えていた事なのだろう。エイジに対する賛同の声さえ出なかったものの、誰も彼を止めようとはせずにジッとサラ達の方を見ていた。聖神教の聖王候補を疑う事はしたくないが、そう考えれば辻褄があってしまう。全てはサラ達のせいではないのか? そういう考えを街の人々が抱いているのだとサラ達にも伝わってきてしまう。
「お前、それは――」
「カリンさん」
怒りと焦りを浮かべたカリンがエイジに何か反駁しようとしたが、サラはそれを抑えて前に出た。今は聖王候補としての自分の言葉が必要になるタイミングだと考えて。
「そのヴァンパイアが何を目的としてこの街を目指しているのかは分かりません。ですがワタクシ達だけが目的では無いと考えます」
「はっ。なんでそんな事が言えるんだよ。前もって何か因縁があったからじゃないのか? それを知ったままここに来たお前らが連れて来た事になるんじゃないのかっ!?」
「それは違います」
「なんで言い切れるんだよ!?」
「皆様も、ゾンビがワタクシ達に"邪魔をするな"と言ったのを聞いたのでしょう? そうすればワタクシ達には手を出さないと言っていたのを」
「ああ、それが? お前達だけが助かろうってのか!?」
「つまりそれは、ワタクシ達がいようがいまいが、この街は今夜襲われるという事です」
「――――っ!」
それは、街の人々が目を逸らしたかったことだったのかもしれない。エイジも息を飲んで言葉が止まってしまう。
「もう一度言いますが、ワタクシ達はヴァンパイアが本当に何を目的としているのかは分かりません。しかしこのままではこの街は危険だというのは分かります。なので、ここでお約束いたします。皆さんは、ワタクシが守ります。ワタクシ、サラが皆さんを救う事をここに誓います」
サラはハッキリと、街の人々の前でそう宣言した。手を祈りの形に組み、街の人々を見る。それを月の光が照らす姿はどこか幻想的に見えて。
「皆様は、ワタクシ達が巨人のゾンビを倒した所を見たはずです。であれば同じように今夜、ヴァンパイアも倒して見せます」
そう言い切るサラの姿は、どこか神聖さすら感じさせた。いきりたっていたエイジが言葉を失ってしまう程に。
そして街の人々が少し落ち着きを取り戻したのを見たディラーグが前に出て、後ろを振り返って街の人々に向かって呼びかけた。
「皆さん、お聞きになったでしょう? 彼らはモンテウッドを守ってくれます。私達もそれを信じようではありませんか」
まだ赴任一年程度とは言え、ディラーグはこの街の神父である。その言葉には一定の信用があった。
街の人々は不安そうな色を少し収めた。勿論不安は消えない。が、サラを責め立てた所でどうなるものでもないというのは認めざるを得なかったのだ。
街の人々が落ち着いたのを見たディラーグが再度サラ達の方を向いた。
「完全に頼りにする形になり、申し訳ありません。ですが我々にはそれしか術が無いのはご理解ください」
「はい。ワタクシ達にお任せください」
そう言ってニッコリと笑うサラの姿は、やはり街の人々に対して一定の安心感と信頼を与えたようだった。
ディラーグと理事長がその場を収め、三々五々と街の人々が散っていく中。エイジだけは不満そうな表情を最後まで崩さなかった事にサラは気づいていた。
***
「と、言うわけで。話が後先になりましたが皆さん、シルハザさんが攻めて来るそうなので街を守る事にご協力お願いします」
そういってペコリとサラは頭を下げた。これを受けて元より専属護衛であるカリンは頷き、そして残り三人は反応が多少違ったとは言えそれぞれが頷いてくれた。
「了解しました。微力ながらお手伝いさせていただきます」
そう言ってくれたのはアロンゾだ。ただしアロンゾについてはサラは多少安心していた。と言うのもサラはアロンゾが<聖典降臨>を使っているのを目の当たりにした為、聖神教関係者というのは嘘では無くそれどころか高位の人間だったのだと認めたからだった。
そうなると恐らくお金ではなく別の判断基準で動いているとは思えたが、案の定、アロンゾはニコリと笑うと快諾してくれた。
「分ーったよ。お前さんをほっといたらまた勝手に危険な場所に飛び込んじまうかもしれねぇからな? それなら最初から見てた方がなんぼもマシだ」
そう憎まれ口を叩きながらも受けてくれたのはクロウだ。クロウは態度は悪いし一々サラを試すような事を言うものの、実のところその行動はちゃんとサラの為に動いてくれるし叱ってもくれるのだ。奇妙な感覚ながらサラはクロウの事を段々と信用し始めていた。
勿論、未だに本当の正体は不明である。情報屋というのもどこまで本当か分からない。だが三人の中で実はもっともサラに親身になって動いてくれているのはクロウなのではないかとサラは感じていた。
「……分かった。分かったから」
そう言いつつ不承不承ながらにライアが頷いたのはサラにとっては少々意外だった。また契約外だからと色々言われるかと思っていたのだ。拍子抜けだ、と思ったのがサラの顔に出てしまったのだろうか。ライアは嫌な顔をしながらも説明してくれた。
「なんだかんだであたいは巻き込まれた上、なんか貧乏籤を引かされそうなんだよね。それなら最初から協力してた方がまだ自分の立場をコントロールできそうだし。それに、あんたはそこまで理不尽な事を言わないような気がしてきたしね。……いや、無茶苦茶な事は言うかもしれないが、自分がやる事の方が無茶苦茶になりがちだから、それならこっちに振ってくれた方が、クロウじゃないがなんぼもマシになりそうな気もするんだよね」
そこまで言われるとサラとしても少々納得がいかない部分はあるのだが、それはそれとして協力してくれるならば大歓迎であると考えるのがサラであった。
なお一応カリンの方も見たのだが、彼女は当然協力はしてくれると頷いてはくれたのだが、どこか元気が無いようにサラには見えた。しかし前回騙し討ちにするように馬に乗っていってしまったため、それを気にしているのかなと思い、一旦この場での言及をサラは止めた。
会話するとしてもいまではない。今はそれよりも優先すべき事があるのだ、と。
「と、対策を話し合う前にまず幾つか確認をしておきたいのですが」
サラはまず自分から率先して話し合いを始めた。この中で最年少であるという自覚はあるものの、雇い主である自分の言葉で始める必要があると考えていたからである。それは少女の背伸びであるとも言えたが、だからこそ周りの大人達は無意識にでも協力するつもりになってしまっている事に彼らは自分でも気が付いていない部分があった。
「まず応援は呼べないのですよね?」
「そうですね。この街への電線と電話線が切られていたそうです。連絡ができておりません」
答えてくれたのはカリンだ。対ゾンビに戦力として加わっていない分、彼女は街の人々と話し合ってくれていたのだった。それは助かるなぁとサラは思う。
そして彼女によると、夕刻ごろちょうどサラ達が巨人のゾンビと戦っている頃にそれらの線は切られていたとの事だった。街はいま外からの電気が届かない為に街中での発電分しか電気を使えず、その為に使える灯りを制限しているとのことだった。田舎であるが故に比較的むき出しだったが故に、破壊しやすいというのはあったのだろう。が、ピンポイントにそこを攻撃されている事にサラはしばし作為を感じないでもなかった。
が、よく考えてみると敵はヴァンパイアだったことをサラは思い出した。流暢に喋っていたことを考えると、そういった知性があるのかもしれないと思いつつ、その考えが読めないなとサラは思い至った。
「あの。シルハザさんの目的は何だと思います?」
「自分で言ってたじゃないか。ゾンビの補充がどうのって。都市部を襲うよりも、こういった田舎を襲う方が反抗が無いと思ったんじゃないのかね? まぁあたいらが居たんで、そううまくはいかなかったみたいだけど」
「それもそうなのですが……わざわざこの街にまで伝言を残したり、死霊術士と名乗ったり、ヴァンパイアと名乗ったり。あれ必要でしたか?」
「どうなんだろうな。……こっちの恐怖を煽ろうとしてるのかもな」
「恐怖、ですか?」
クロウの推論にサラは首を傾げて聞き返した。
「確かに別に言う必要ねぇんだよ。が、たった一つだけあるとすれば、街が襲われるかもしれないって恐怖を持たせる事が出来るってことだな」
「ワタクシ達がですか?」
「街の住人がだよ。実際、ちょっと非難が混じった目でこっちを見てただろうが」
言われてサラは、エイジの言葉に直接的に賛意を表す事は無かったものの、街の人間の誰もが彼を諌めなかったのを思い出した。エイジはサラへ思う所があるから嫌味を言うのは分かる。が、街の人々は別に確執はないのだがそういった面で自分達についての非難の感情が出て来たのかもしれないとサラは思った。
「この街に攻めて来る、というのに関しては分かりますが……死霊術士というのも自分達が材料にされるかもしれない恐怖を利用しようとしてでしょうか? でもそれだとしてもヴァンパイアだと言わなくても良いのでは?」
「そこら辺は分からん。が、ゾンビよりも吸血鬼の方が怖いって思ってる人が多そうだからかな?」
クロウは冗談めかして言ったが、サラには良く分からなかった。
「吸血鬼……ヴァンパイアの方がゾンビよりも怖いのですか? と言いますかヴァンパイアってアンデッドなのですよね? ゾンビと違って喋るのですか?」
「それは……」
説明を続けようとしてクロウは「その前に確認だ」と指を一本立てた。
「お前さん、アンデッドについて何を知ってる? どんな魔物だ?」
「すいません、ゾンビ、スケルトン、ヴァンパイア、といった名前くらいは知ってるのですが……」
「OK。じゃあそこらの説明からだな。アロンゾ、出番だ」
自分で説明を始めるのかと思いきやいきなりお鉢を回すクロウの態度に、アロンゾは顔を顰めたがしかしクロウよりも自分の方が分かりやすく話せると考えたのだろう、少し考えた後にサラに説明を始めてくれた。
「アンデッドとは、死んだ生物の霊体である死霊が、生への執着を捨てられずに何かに憑依した魔物の事を言うのですよ」




