2-5
サラがカリンを伴って退室したのを見て、ライアが思ったのは(言い過ぎだったか?)であった。
サラ個人に戦闘力が無いのはライアも重々承知していた。だから、サラが巨人のゾンビ打倒を言いだした時には自分達にお鉢が回ってくるのだろうなとは思っていた。思ってはいたし覚悟はしていたが、かといって納得するかは別問題だった。
スラムから出て身を立てるにせよ、スラム出身だから仕事があるだけでもありがたく思えと、契約外の事を押し付けられた事は山ほどある。ギルドに入ってから回される仕事ではそういう事は無いのだが、かといってライアの骨身に沁みた経験からは容易に抜け出す事は出来ない。
故にライアは自分の経験からのそうした思いと、かといってサラに厳しい事を言いたい訳ではないという思いが、心の中でぶつかってヤキモキしてしまっていたのだった。
ライアにとってサラは不思議な少女だった。スラム出身というから自分と同じようなスレた娘かと思えばそうでもない。二年間の聖王候補教育とやらでそうなった訳でも無く、エイジとのあれこれを聞いていると昔からそうだったらしいことは分かる。
つまりスラムの環境にありながらも、その純粋さを保ち続けた少女と言う事だった。
自分とは違い、同じスラムとは言え多少は大人達に守られた環境だったのかな、とは少しは思う。しかしエイジの話を聞くと、そこまでライアが置かれていた環境と違うとも思えないのだ。その上でサラのあの純朴さを見てしまうと、自分が同じような年頃だった時にはもう大人を完全に敵視してしまっていた事を思い出し、比較してしまう。
サラに対して劣等感を抱く、というのとは違う。しかしあまりの自分との違いに、興味がそそられて仕方がないというのが今の率直な所だった。
もしライアが劣等感を抱くとしたら、それはクロウに対してだった。
カリンにせよ、アロンゾにせよ、その所作の端々には教養の高さが伺える。その時点でライアにとっては、もう別の生物だ、と思うくらいには自分との比較対象には成りえなかった。
だがクロウは違う。本人も言っていたが、そしてライアが見る限りその所作にも、スラム出身の雑さが溢れていた。いや、スラムといっても千差万別なのかもしれないが、少なくともライアの知っているそれと大差ない程度の環境ではないかと考えるのだ。
しかしその中にあってクロウが持っている自信のようなものは、彼がその環境に負けなかった事からくるものではないかとライアには思えたのだ。
――ライアが嫉妬するとすればそこだ。
もしクロウが、ライアが夢を見て希望すらしていた形でスラムから抜け出し自信を築いていたら――。せめてスラムを抜け出た後に作り上げたものであってほしい、というのはライアの細やかな願いであり、そして確かめる気にもなれない事だった。
カリンが駆け込んできたのは、ライアがそんな風に愚にもつかない事を考えていた時だった。
サラが一人で馬を駆りゾンビ退治に行ってしまったと聞いて、ライアは目を見開いて固まってしまった。
「は? え? サラが一人で出てったと? ……お前さんは何をしたんだい?」
「その……情けない限りですが、少しだけ探しものにと遠ざけられてその間に乗られてしまい、気が付いたらもう追いつけなくなり……」
「護衛が何やってんだい」
「ぐっ」
「……あまり責め過ぎないであげて下さい。護衛任務は護衛対象が護衛される事に協力的でないと難しいのですよ」
ライアの素直な反応に言葉が出なくなったカリンを、アロンゾがフォローした。騎士だった経験から思う所もあるのであろう。
「ってなんであの子がそんな事を――」
「その、恐らく私達の普段の行動からだと思います?」
「普段?」
「はい。サラ様が一人先行して、<聖域>で囮になっている間に私が追い付いて倒す、というのを何度もやってきてるので。恐らく今回も……」
「は? それをカリンの代わりにあたいらがやってくれるって思ってるって事かい?」
「お、恐らく……」
次第に反応が弱弱しくなってくるカリンに、ライアは容赦なく言葉を浴びせてしまった。そう言えば最初の時も同じようにサラが先行してたっけ、と思い出す。
「ちょっと待ってくれ。冗談じゃない。これも護衛任務の一環と言う事になるってのかい?」
「サラ様はそう考えている、と」
「はぁ~~。……あれ? もしここで護衛任務を放棄したら報酬はどうなるんだい?」
一つため息をついてから、ライアは大変な事を思い出した。確か契約書の相手はサラ個人だった筈……。
「も、もしサラ様に何かあれば、払われない事になるか、と思います。その、契約者がサラ様なので」
「え、ちょ。そのサラを引き取った貴族様は?」
「恐らくヤークトー卿は、支払いを渋ると思います……」
ますます情けない顔をしながら言うカリンは、しかしそれ以上を言葉にはしなかった。が、その先はライアにも分かった。そもそもサラはそのヤークトー卿とやらの、数いる聖王候補の一人に過ぎないのだろう。それが旅先で勝手にしてきた契約について守るつもりはないと言えてしまうくらいには、お金に渋い男なのだろうとはライアにも予想できた。そうでなければカリンという新人一人に護衛を任せる事もしないだろう、と。その程度しか金をかけないと決めているサラが勝手に取り決めた契約など、守る気など無いと言えるのだろうな、ということは想像できた。ちゃんとした貴族だったならば、という考えを持てないと言う事を言外に認めてしまっている形になっているが、ライアはそこは言及しなかった。
「か~~。……ってーと何かい? 前線に出たサラを助けないと報酬は踏み倒されるし、その為にはあの巨人ゾンビを倒せ、と?」
「そ、そういう事になるかと」
「…………聖女でございって顔しておいて、あの性悪がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
如何にサラの専属護衛の前だからとは言え、これくらいの罵倒は許してほしいと思うライアだった。
それに同調するように、クロウも腹を抱えて爆笑を始める。
「こ、こいつはやられたな。これは確かに、俺らは報酬を貰う為にはあの巨人のゾンビを倒す必要が出て来たって訳だ。なるほど、こりゃあの嬢ちゃんの方が上手だったか」
「おい、何を褒めてんだ。これが良くやりましたって言える事だってのかい?」
「あ? んな訳ゃねーだろ」
ライアの言葉に、面白そうにしていたクロウの声の高さが一転。怒りさえ滲ませた低い声でクロウがライアに鋭い目を向ける。
「サラに戦闘力が無いのは分かってたからまぁ俺達が手伝う羽目になるのは仕方ないとしても――このやり方はちょっと叱ってやらなくちゃならんだろうが」
「し、しかしサラ様はこれしか方法を知らなくて――」
「言っておくが責任の半分はお前だからな、カリン」
サラをフォローしようとしたカリンにも、クロウは鋭い目を向けた。
「こんなやり方ダメだって教えなきゃいけないだろう。それが専属護衛のお前の仕事だろが」
「私だってこれは危険だから良くないとは伝えている!」
「だがサラ様が危険ですから、くらいしか言ってないんだろ? お前さんが間に合わなくなるかもしれないからやめろとか、そういうことを言わないとあいつは、自分は<聖域>で守られているから安全です、みたいな頓珍漢な考えになるぞ。というかなってるからこんな事になってるんだろうが、きっと」
「それは……」
「まあそこらの話は後だ。追いかけるなら今すぐの方が良いからな。おいアロンゾ、お前も行くだろ? ジジイの説教をぶちかましてやる必要があるよな?」
「……年長者として窘めなければならない事があるのは確かですね。私も行きますよ」
「ライア、お前は?」
そう視線をクロウ、アロンゾから向けられてしまえばライアにはほぼ選択肢は無かった。前回と同じだ。
「わーったよ、行けばいいんだろが!」
――かくして、対ゾンビにはつれていけないカリンを残した三人は、サラを追って巨人ゾンビの元へ向かう事になった。
アロンゾは自前の白馬に乗り、ライアはクロウがどこからか調達してきた彼の運転するジープに乗って、三人は向かう。
馬術の差、機械の差はあるのだろう。三人は比較的すぐにサラにまで追いついた。その背中を見たクロウは運転中ながら扉をあけ放った。
「は? あんた何を――」
「俺とアロンゾは巨人をぶった押してくる。あんたはサラの護衛を頼む」
それだけ言い残すとクロウは運転席から飛び出ると、並走していたアロンゾの白馬の後ろに飛び乗る事に成功していた。
「馬鹿野郎、先に言っとけ!」
悪態をつきながら、助手席から腕を伸ばしてハンドルを握るライア。アクセルは踏まれていないものの惰性で真っすぐに進むジープは、やがてゾンビの群れへと接触。跳ね飛ばしながら進む。
そしてその中で<聖域>を張ったまま立ち往生をしているサラの姿をようやく見る事ができたライアは、ゾンビをタイヤに巻き込んでしまい動かなくなったジープから飛び降りると、感情のままに叫んでしまった。
「この馬鹿娘がぁぁぁぁぁぁっ!」
言いざま、右手の親指の腹を歯で切って血を滲ませ、拳に握り込む。手の中で血液と魔力とを混ぜ込んだ上で、ライアはそれを地面に叩きつけた。血を媒介とした魔術はライアの掌から地面の中へ浸透し、一つの人型をなぞっていく。
やがて地面の中で形となったそれは、地表を突き破る様に姿を現す。
「吹き飛ばせ!」
ライアの物質操作系魔法により作り出された岩人形は、その命令に従って手を振りかざすと渾身の力で横に振り払った。その軌跡にいたゾンビは抵抗する事もできずに遠くに跳ね飛ばされていく。
更に、サラに近づこうとしていた巨人の足に岩人形をしがみつかせる。これでいくばくかの時間を稼いだと考えるライアは、サラの<聖域>の影に隠れながら空に向かって叫んだ。
「今の内だよ、やっちまえ!」
***
白馬を駆るアロンゾは、運転していたジープから自分の後ろに飛び乗ってくるクロウの身のこなしを見て(なるほど口だけじゃないのだな)と思っていた。
同じことをするにせよ、その身のこなし、身体の使いこなしの違いは見えてくる。その目で見ると、アロンゾからはクロウはそれなりの実力者であることは認めざるを得なかった。
「で、おい。こっからどうすんだ? 額を攻撃するしかないんだぞ?」
「分かってますよ。あなたのあそこまで連れて行けば良いのでしょう?」
まだしばらく距離がある巨人ゾンビの額を指してアロンゾは言った。そこに至るまでの道もゾンビが少なからずいるのが見て取れる。
「まさか飛んでいくとか言わねぇよな?」
「良く分かってるじゃないですか」
「お前が飛行魔法を使えるってのか? 剣士じゃなかったのか?」
「こうするんですよ」
言うやアロンゾは左手を手綱から離して、天に向けて掌を翳す。
「――<聖典降臨>」
聖典。それは聖神教に与えられた聖神器の一つ。
そして聖女がかつてその紙片を信徒に与える事により皆を敵から守り切ったという故事に則り、聖神器からの紙片を与えられた騎士を聖典騎士と呼ぶ。
アロンゾが差し出した左手に、聖なる輝きを放つ聖典が降臨する。聖典の紙片が宿りしそれは、人間にとっては大いなる魔力リソースとなる。
アロンゾはその魔力を自分が乗る白馬へと注ぎ込んだ。
アロンゾが駆るその白馬はただの馬にあらず。その身はただの馬に見えども、その魂は幻獣のそれ。
すなわちアロンゾが乗る白馬は"翼無き天馬"。聖典の魔力を注ぎ込まれた白馬は、その膨大なる力でその真の姿を取り戻す。
アロンゾ達が乗る白馬は光り輝き、やがて光の中から飛び出た馬は翼を持ち、二人を乗せたまま天を駆ける。
「……こいつは……」
「行きますよ!」
さすがに驚きに目を見張るクロウに一声かけると、アロンゾはペガサスに鞭を入れた。その体に手を伸ばそうとするゾンビ達の上、アロンゾ達は宙を駆ける馬に乗りながら、巨人ゾンビへと肉薄する。
巨人ゾンビの肩にはまた別のゾンビが乗り、手にした弓矢を放ち、巨人ゾンビもまた手を伸ばしてくる。それを巧みに避けたアロンゾは――次の瞬間にペガサスを上下逆転させた。
あらかじめそれを知り、鐙と足とで体勢を固定していたアロンゾは姿勢を保ち続ける。が、ただ後ろに乗っているだけだったクロウは空中にその体を放り出される事になった。
「な、て、てめぇぇぇぇ、アロンゾっ!」
「あいつを倒すのはあなたの仕事です。私は仕事を果たしましたよ!」
クロウが小器用に空中で身体を反転させ、巨人の伸ばされた腕の上に着地したのを当然のように見下ろしながら、クロウの恨み言を無視してアロンゾはそう声を投げかけた。
***
巨人ゾンビの伸ばされた左腕の上に着地したクロウは、アロンゾへの罵倒を終えると巨人の顔に注目した。その額にやはり魔力の流れが収束している箇所がある。
「やっぱあそこだ」
巨人が体を揺らす度に動き、角度も変わっていく左腕の上で、クロウは巨人ゾンビの頭部へ向けて駆け出した。揺れ動く足場は安定性に乏しいが、クロウの体幹は揺らがない。姿勢を低くしたまま、一定の速度で駆け上っていく。
肩の上にいるゾンビが器用に弓を放ってくるが、避けるか懐から取り出した短剣で簡単にはじく。ゾンビが弓矢を放つのはややシュールだとクロウは思うが、ここらへんが死霊術士によって操作されている箇所なのかもしれない。
やがて肩の上にまで到達したクロウはその場で跳躍。肩の上に陣取っていた弓矢ゾンビの一匹の胸を蹴り飛ばした。それだけではゾンビは死なない。だがバランスを保つことができずに、巨人の肩から落ちていく事になる。
クロウはその代わりゾンビを足場にして更に跳躍していた。目指すは巨人ゾンビの額。
そしてここまで間近に迫ったクロウは、巨人の額に埋まっているものがある事を確認した。黒い宝石であった。禍々しき魔力を発する石が、ゾンビの肉に埋もれつつも鈍い光を放っている。
「こいつかっ!」
巨人の顔に向かって飛び降りたクロウはその足で鼻を挟む事で身体を固定。そして逆手に持った黒い短剣を振りかぶった。
「砕けとけっ!」
振り下ろした短剣の先端部が黒い宝石に直撃。そしてそのまま宝石を割り、短剣は根元まで巨人の額に埋まる事になった。
直後、黒い宝石を中心に巨人の死体に定着させていた霊体が、その在り方を保持できずに巨人の身体からはじき出されていく。死体へ死霊魔術により強制的に結び付けられていた霊体が解き放たれ、逆に巨人の死体が、ゾンビのそれではなくただの死体へと戻っていく。
立ったままだった巨人の死体がゆっくりと傾いでいく。
「やばいかっ!?」
慌てて巨人の倒れる方向を見たクロウだったが、そちらにはゾンビ達が蠢いている以外に何も無い事に気づいて安堵の息をついた。
次いで、次第に傾いていく巨人の身体の上で、ゾンビ達がバランスを保てずに落下していく中、器用にバランスを取りながら足元の方へと走っていく。そして一定の高さにまで来たら跳躍。そのまま地面に綺麗な形で着地した。
そして、その背後で。巨人の死体が数多くのゾンビを巻き添えにしつつ、その場に倒れ伏したのであった。




