2-4
「あれがそうですか……」
サラ達は街の少し見晴らしの良い丘の上に来ていた。北門の向こうを見ると、何かが近づいて来るのが確かにハッキリと分かる。周囲には同じように何かが近づいて来る事に気づき不安に思いながらも様子を伺う人々がいた。
部屋からそのまま抱いたままだった子犬を片手で保持したままサラが借りた望遠鏡を覗くと、確かに近寄って来たのはゾンビだと分かった。だが大きさがこれまで見て来たものとは違うと言う事がハッキリと分かる。なにせ周囲には普通のゾンビがおり、十分な比較対象になったからだ。そろそろ夕方に差し掛かり、伸びつつある影と共に歩いて来るゾンビの集団は不気味に見えた。
「あれは……2,30mほどでしょうか?」
「そ、そうですね」
隣におり望遠鏡を覗いていたカリンが同調する。その声が少し上ずっているのは、遠目ではあれゾンビを見たせいで、悪臭を思い出したからだろうか。
「随分とレンジのある大きさの違いだな、おい」
そんなに数を用意できなかった為に肉眼で見るしかないクロウは、眼を遠くの巨人のゾンビに合わせたままそんな軽口を叩いた。
「あの、巨人のゾンビっているんですね。ワタクシ知りませんでした」
「ああ、ゾンビって言えば普通の人間の奴しかいないと思ってたか?」
「そうですね、そういうイメージしかありませんでした。ただ……」
「なんだ?」
「ゾンビって人間の死体からなるものなのでしょう? 巨人のゾンビと言う事は巨人の死体があった事になると思いますが、そんなに巨人がこの大陸にいたのでしょうか?」
サラにはゾンビについても、巨人についても大して知識はない。
だがゾンビについてはそういう魔物もいるのだと言う話は聞いていたし、その際には(どこにでも発生しそうですね)と思ったものだ。その反面、巨人については生息地としてはセレストがあるアルメリア大陸の西部にあったかどうかは覚えていなかった。
クロウがカリンから望遠鏡を受け取って代わりに覗き始めたため、サラの問いにはライアが変わって反応した。
「さあ。いないとは聞いてないけど、沢山住んでるって話も聞かないな。魔境大陸ザルバディカには多いってのは聞くが。だけど、あそこに居るって事は死体があったって事だろ?」
「巨人って、大きな人間ぽいですが祖先が同じだったりするのでしょうか?」
「いや。確かに体毛の少なさとか二本足歩行とか顔の造形とかは似てるところもあるが、確か全く別の生き物だった気がする。……けどまあ、似てるって事はゾンビにもなりやすいんじゃないのかね?」
「……さすがに適当に答えすぎですよ」
ライアの答えにさすがにアロンゾが窘めて来た。サラは素直に聞いてしまっていたのだが、どうやら少なくともゾンビのなりやすさについては正式な知識では無くライアの肌感覚でしか無かったらしい。
「へいへい、こちとらスラム育ちであまり勉強してこなかったもので」
「まあ。そういう言い方はクロウさんそっくりですね。スラム育ちだとそうなるのでしょうか?」
「……いやごめん。奴の真似をしただけで、そんなにまともに受け取られるとは思わなかったわ」
サラの反応に、若干反省したような応えをライアが返して来た。
「おい、そんな事はどうでもいいがな。奴ら真っすぐこっちを目指してきてるぞ。多分、1時間しない内にここに到着しそうだ」
「このモンテウッドに真っすぐですか?」
「あん? お前も見てるだろうが」
「そうですが……ゾンビって、生者の気配を察知してそこに襲撃してくるみたいな習性があるのでしょうか? それともこのモンテウッドに何かある?」
「……それは、確かに不思議ですね。ゾンビが大量発生するのも不思議ですが、彼らが一斉にこちらに向かってくるというのも……」
サラに同調してアロンゾが口にした疑問に答えたのはクロウだった。
「ありゃ多分、人為的だな」
「人為的? ゾンビをワタクシ達に追い立てている人がいると言う事ですか?」
「それどころか多分、ありゃネクロマンシーで作られた奴だな。ゾンビを作った奴がいて、それをこの街にけしかけて来てるみたいだ」
「――えっ!?」
クロウがした発言はあまりに衝撃的だった。思わずサラは望遠鏡から目を離してクロウの方を見てしまった。まだ望遠鏡を離さずに険しい顔で覗き込むクロウの横顔は真剣そのものであった。
「ネクロマンシーですか? ああいえ、それは一旦良いとして、あのゾンビ達が自然発生じゃなくて作られたものだって分かるんですか?」
「あーまあ、さすがに絶対とは言えないが……俺はちょっと霊覚が鋭い方でね」
霊覚とは、霊体が持つ感覚の事だ。
人間の生体には五感すなわち視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚が存在する。外部の光情報、空気の震えなどの情報を生体器官が捉える事で情報として認識することが出来るのだ。
霊覚は魔力を感じる事ができる感覚の事であり、霊体を認識し魔法を扱えるようになった人類が五感の他に手に入れた感覚なのである。
霊覚と視覚をかけ合わせれば霊視、触覚とかけ合わせれば霊触という、霊的な情報も併せて手に入れられるものとなる。
「この距離でも分かるんですか?」
「さすがにハッキリとは言い切れない。だけど、なんとなく魔力の感じがあの巨人ゾンビとその周りにいるゾンビ達と似通ってるような気がしてな。もしネクロマンシーの意図の元だとすると、こうやってこの街に一直線で向かって来ているという理由も分かるって話だ」
「はぁ。凄いのですね」
「スラムで生きてく時に、こういうのが役に立ったんだよ」
と、そんな会話をしている所で教会の神父ディラーグが、街の理事長を連れてやってきた。どちらも顔色が悪いが、理事長の方がより切実な表情を浮かべてサラに問いかけて来た。
「それでどうでしょう。あの巨人のゾンビの事ですが……その、なんとかなりますかな?」
サラの様な年端の行かない少女に問いかけると言う事に良心の呵責を覚えているというような声音であった。ただ彼の立場からすると、対処できる為の戦力を自分達が持っていないと言う事も分かっているのだろう。
周囲にいる街の人々もすがるような目で自分を見ている事がサラには分かった。
だから。
サラは一つ息をすると、ニコリと笑顔を浮かべて見せた。
――なにせ、サラは人を救いたくてここに来ているのだから。
「はい。ワタクシ達が対処してみせましょう」
サラの応えを聞いて、明らかに理事長や街の人々もホッとしたような表情を浮かべて、安堵の息をついていた。
……その街の人々の中に、疑わし気にサラを見るエイジの姿があった事には気が付かないまま、街の人々を安心させるようにサラは笑顔を浮かべ続けた。
***
「随分と街の人達に良い顔をするんだな?」
「それはまぁ、街の人達が不安がってましたもの。ワタクシも逃げる事ができない以上、ああ言うのが正しいと思いましたの」
教会の、与えられた一室。サラと専属護衛のカリン、そしてこの街で雇った三人だけになった後、ライアに言われた事にサラはその目を真っすぐに見返して言った。
「それはまぁそうなんだろうけど。で、具体的にどう倒すんだ?」
「そうですね。クロウさん、そこら辺どうなのでしょうか?」
サラは恥ずかしげも無く簡単にクロウにそこを尋ねた。自分に巨人のゾンビを倒す術が無い事を知っているからこその割り切りである。
それについてはクロウも理解しているのだろう。自分に振られた事については特に言及せず、端的に答えた。
「多分、額の辺りを潰せば倒せる」
自分の眉間を指で突きながら言うクロウに、サラは首を傾げた。
「ゾンビってそれで倒せるんですか? 先刻は首を斬り落としたりしてましたが、必要無かったのですか?」
「いや、そういう訳じゃない。だけどあの巨人はまた別だ。まぁ、首を切り落としても倒せるかもしれないが、俺のエモノは短剣だぞ? 無茶言うな」
「あの巨人が特別、なのですか?」
「言ったろ、普通のゾンビじゃなくてネクロマンサーつまり死霊術士に作られた奴だって。どうやって作るかってのはそれぞれの秘術だろうし俺は知らないが、多分今回の死霊術士は、何か核になるものを埋め込んでるんだと思う。遠くから見ただけだから確信は持ててないが、何か奴の魔力が額辺りに集中してる気がした。多分そこらにその核があるんだと思う」
「あんな遠くからなのにそこまで推測できるのですか。素晴らしいですね、さすがクロウさん」
「問題はそれをどうやって攻撃するかだ。そもそもあんなでかい奴の額にどうやって行くのかって話。……狙撃とかできたりするか、お前ら?」
話を向けられたアロンゾとライアは首を振った。そして少し離れた場所にいたカリンも、自分にも聞かれているのだと気づいて慌てて首を振った。
「私の武器は剣ですからね。また遠距離攻撃用の魔法も持ちません」
「あたいも無理だ。ゴーレム使いにそんなものは望むなよ? ……と、サラ。その上でだ」
「はい?」
「あたいらにあのゾンビの群れに突っ込んでいって倒してこいとは言ってくれるなよ? あたいらはあんたの護衛なんだ。それ以外の仕事をおっかぶせられてたまるか」
過去に何か、最初の契約以上の事をさせられた苦い経験でもあるのだろうか。ライアは改めて契約外の事はしないと念押しして来た。
「……なるほど。それはそうですね」
「あん? なんだよその間は。本当に契約外の事をしろって言うつもりだったのか?」
「いえ、逆です。そういう事を頼むという事を全く考えてなかったので、そういう可能性があったかもしれない事に驚いたのです」
「……藪蛇だったか……」
苦い顔をして黙るライアに、サラは「どの道、頼みませんよ」と伝える事だけはした。
さてそうなると、自分達に取りうる手段が驚く程少ない事にサラは気が付いた。
自分の護衛として雇った三人だから、比較的近距離で戦う者達ばかりであるという事は想定済みではあった。だが敵によっては遠距離攻撃が必要になる場合もあるのだな、と言う事は彼女にとっての気づきだったのだ。
(しかし、ではどうすれば……)
できるできないはともかく、街の人々に対してゾンビ達を倒す事を宣言したのは自分なのだ。であればどう倒すべきか考えるのも自分がやるべきなのだろう、とサラは黙考した。
更なる相談をする、という事よりも自分で考える事を優先してしまったのは彼女の生真面目さの表れではあっても、賢い選択とは言えなかっただろう。
(いつもはワタクシ、どうしていたのでしたっけ……)
戦闘力を持たない、というのは今に始まった事では無い。三人がいなくとも、カリンと二人でやっていた時にだって実質的にはサラは防御しかしてこれなかったのだ。であれば今更自分に戦闘力が無いからと嘆く事などない。
――そして、そこに考えが至ったサラは一つのひらめきを得た。
なるほど、これをすればよいではないか、と。
考え付いたサラが動くのはいつも通り速かった。そこに躊躇するような少女ではないのだ。
「カリンさん、ちょっとついて来てくれますか?」
「は、はい」
話し合いを一旦中断させ、サラは退室をした。……巨人のゾンビを倒す、その為に。
***
アロンゾは退室時にサラから返却された子犬を膝に乗せて撫でながら、サラがカリンを伴って出ていった扉を見ていた。
(さてさて、どんな事を思いついたのやら……)
雇われの身とは言え、主体性の無い考えを自分がしている事にアロンゾは気づく。が、そこに自嘲は挟まれない。既にそんな領域は通過済みであるのがアロンゾだった。
いつからそうなったのか、と言われれば自分が年を重ねた事とは無関係ではないとアロンゾは答えるだろう。
若い頃そして聖杯探索の旅と称してアルメリア大陸中を歩き回っていた当初は、アロンゾはむしろ自分から事件に首を突っ込んで剣を振るっていた事を覚えている。
聖杯を見つけるという目的は目的として。自分が直接目にする市井の人々を守る事もアロンゾは自分の使命だと思っていた。
そうして剣を振るい続けた結果、自分が事件解決の主体で無くとも構わないと考えるようになった切っ掛けをアロンゾは覚えてはいない。
しかしハッキリしているのは"自分一人では全てを守り切れない"という当たり前の事実を実感したからだった。
勿論、それは旅を開始した当初から分かっていた事だ。だがそれでも若き日のアロンゾは、せめて目の届く範囲の人々は守ってみせると剣を振るったのだ。
しかし歳月を重ねると見えてくるものがある。"目の前の人々を救う"というと聞こえは良いが、その"目の前の人々"という範囲は自分が考えたよりも狭い事に気づかされたのだ。
勿論、アロンゾが家庭を持ち、家族と友人達のみを対象としていたならば話は変わっていたかもしれない。
だがアロンゾは放浪騎士だ。一つ所に留まる事無く、常に旅を続けていた。つまりそれだけ関わった人々も多くなり、守りたくなった人々も多くなってしまったのだ。……"この程度の縁ならば、その枠に入れなくては良いのでは?"と考えると、その範囲内に入る人がごくごく限られてしまう程に。
そうなると"守りたいと思った人々にも強くなってもらう"事が必要なのだとアロンゾは認めざるを得なくなったのだ。その結論が出るまでにいくつもの"守れたかもしれない命"が散るのを見て来たアロンゾは"自分一人でも守れる"という若さ特有の意気は無くなっていた。だがそれを老いとは呼びたくないともアロンゾは思っていた。諦めたのではなく、やりかたを考える必要がある、という方向だと理解した。
そこからアロンゾは事件解決にあたっては一歩引いて、主体的な関わり方を避けるようにしてきたと思う。勿論、最終的には手を出しもするが、それまではもっと若い人らが主体的に頑張るのをサポートする立ち位置であろうとするようになったのだ。
アロンゾが全て解決してくれる、と周囲に思わせてはいけないという考えは、直接剣を振るう事だけではなく、口出しによりアロンゾの言うとおりにしか対象が動かない事も当然含まれる。
剣を直接振るうにせよ、口出しだけをするにせよ、どこまでだと線引きするかについては、今もなおアロンゾは悩み続けている所ではあった。
今回の事件についても、アロンゾは全ての情報を共有していた訳ではない。遠距離攻撃魔法を持っていない事は本当だが、それでも切れるカードが無いでは無かった。だがそれを口にすることで自分が頼られすぎても良くないと思っているアロンゾは余計な口出しはしなかった。
勿論、最終的に危うくなれば自分の全てを投げうってでも命を救う事には全力を尽くす覚悟がある。だが、それはサラという面白い少女の選択肢を奪う事にもなりかねず、アロンゾの思惑には最初に切るべきカードとしては入っていなかった。
(それに、全てを明かしていないのは私だけでは無いでしょうね……)
アロンゾは部屋にいる他の二人、クロウとライアをこっそり見た。
護衛契約を結ぶ際にクロウも言っていたが、結局二人にしても安全が保証されている人物ではないのだ。
ライアはギルドメンバーである事は確かであるようだし、仕事都合でモンテウッドに来訪したというのも間違いなさそうだというのは、アロンゾもギルドに確認を取っていた。が、それは彼女が善人であることを意味しないのはクロウが言っていた通りなのだ。
そして怪しさという意味ではクロウが怪しいのは否定しようがなかった。何せ情報屋という、どうとでも言える職業を口にしているのだ。それでいて彼の身のこなしと戦闘力を見ると、どうにも怪しさをぬぐい切れないとアロンゾは思う。
(それに、聖王候補の暗殺の情報を知っていた事も怪しい……)
アロンゾは自分の過去の伝手などから情報を入手していたし、それ故にこの街にも来ていた。
ただしそれは一般には出回らない情報であった筈なのだ。なにせまだ聖王選挙も始まっていないこの時期に、聖王候補が巡回奉仕の旅先で胸を突かれて死んでいる姿が見つかった、というのは非常に外聞が悪いのだ。それが何回も起こっているというのを聖神教内部では極秘裏に処理したいと考えているらしく、その一環としてアロンゾに情報が回ってきたのだ。
情報屋だから知っていた、という本人の弁をどこまで信じて良いのかは怪しいともアロンゾは思っていた。
とは言え。
クロウにしろライアにしろ、今すぐにその怪しさが問題になるとはアロンゾも思っていなかった。見る限り彼らがサラに対して、多少の思い入れをし始めているというのは見て取れたからだ。
クロウは、口は悪いしサラへの態度も悪いが、その行動だけを見れば彼女の為に正しく協力しているように見える。
ライアにしても、口では契約がどうこうと言いつつも、情に流されてサラに協力してしまっているように見える。
どちらにせよ、このゾンビに襲われている状況下においては、軽はずみにサラを攻撃することはしまい、というのがアロンゾの見解だった。
なお、それに関しては"カリンがいるから大丈夫だろう"という思いもアロンゾにはあった。
確かにカリンはゾンビ相手には醜態を晒していたし、護衛三人が追加された事も合わせて、ショックを受けているように思う。
が、少なくともそのショックはサラを守るという意識から来ているように思えたし、そして対人であればすぐにはやられないだけの実力はあるように見えたからだ。
彼女がこれからどうなるかは分からないが、まだまだ成長の余地は十分にある、というのがカリンに対するアロンゾの見解であった。
と、そんな事をツラツラとアロンゾが考えていた時だった。
不意に膝で寝ていた子犬が立ち上がると「キャンキャン」と吠え始めたのだ。
「なんだ? 敵か?」
すぐさま反応したのはクロウだった。先刻、この子犬も蛇も索敵に役に立っているという事を伝えたが為のものだろう。随分と良い反応をする、とアロンゾは密かにクロウに感心した。
が、喫緊の危機では無い事はこれまでこの子犬の上げる声を聞いてきたアロンゾには分かっていた。
「いえ、敵では無いようです。ですが確かに何かが起きたようで――」
そう言いかけた時だった。ダダダダダッと慌ただしく廊下を駆ける音がしたかと思うと、扉がバンッと派手に開かれた。そこに居たのは焦った顔を隠しもしないカリン。
「どうしました? サラさんに何か――」
言いかけたアロンゾの言葉を遮るようにカリンが叫び声を上げた。
「サラ様が――馬に乗って巨人のゾンビ達の方に突っ込んでいった!」
『――――はぁっ!?』
三人の声が重なった。
***
「大丈夫ですよ。ワタクシが守りますから」
サラは今、そう語りかけながら馬を走らせていた。この街で普段から使われていた馬であり、であれば走り慣れた道ではあるのだろうが、馬からすれば危険地帯へ走る事になる事から本能的な怯えもあるのだろう。それを宥めすかして走らせているというのが現状であった。
――カリンを伴って三人がいる部屋を出たサラが向かったのは、馬小屋だった。
「ワタクシ達を連れてきてくれたお馬さんは、どこにいるのですか?」
「確かこちらの方に馬小屋が――しかし今、馬ですか?」
「街がざわついてますからね、お馬さんも不安でしょうし」
サラの弁にカリンは微妙な顔をしていたが、サラはそれには気づかない振りをして馬小屋についたらテテテテと見覚えのある馬に近づいていった。サラの言った通り少し不安だったのか、顔見知りのサラが来た事でむくりと顔を上げてくれた。その鼻面を撫でながら、サラは「そう言えば」と切り出した。
「カリンさんに聞きたいことがあったのです」
「はい、何でしょう?」
「聖王候補の暗殺事件、というのがあったのですか? 危険な目に遭っているとは聞いてましたが」
「それは! ……はい、そうですね。聞いてました」
カリンが少し視線を逸らした。護衛者たるサラに適切な情報共有をしていなかったという事で自責の念でもあるのかもしれない。
「それは最近聞いたのですか? それともワタクシの護衛になる時から?」
「最初からです。……サラ様の護衛に対魔物ではなく、対人の方が成績が良かったという理由で割り当てられたのが私だったのです」
「ああなるほど。納得いたしました」
カリンは学生時代に槍の大会で優勝したとも聞いていた。当然対人戦の大会であろう事を考えれば、新人ではあってもその点が評価されての抜擢だったのだろうと言う事は想像できた。
「ですが、何で聖王候補の暗殺なんて起きているのですかね? ワタクシを今殺した所で何も起きないのではないかと思うのですが」
「それは……」
カリンが口を噤んだのは、さすがに聖神教への不敬に当たる言葉を口にしそうになったからだが、サラはそこに言及することは無かった。
「人参とかお水とかをあげて良いのかしら? そこら辺にありますか?」
「ええっと、ちょっとお待ちください」
適当な会話をしつつサラは少しカリンを遠ざけると、その隙にとサラは馬小屋に入った時から目をつけていた馬に駆け寄った。
その馬は今まで人を乗せていたのか、それともこれから出かける為なのか、馬具が取り付けられたままになっていた。この街ではガソリンを使った車よりも、馬の方が近場の行き来には便利で使われていたのかもしれない。
(カリンさんを説得しなくて良くなってラッキーですね)
サラが移動するということは、護衛たるカリンがついて回ると言う事は想定していたため、サラは最初はカリンに手伝ってもらって馬具をつけるつもりだった。が、最初からつけてある馬がいるのであれば、説得する手間が省けるという発想をサラはした。してしまった。カリンにとっては迷惑な事に。
「サラ様、人参ならここにあり――って、何をしてるんですかっ!?」
カリンが戻って来た時には、サラはもう既に馬上の人となり馬小屋を出ていく所であった。聖王教育の一環として、セレモニーの為にと簡単な馬術を習っていたサラにとっては、馬具さえつけてあれば馬に乗る事は比較的容易だったのだ。
「勿論、巨人のゾンビを倒しに行くのです。お三方によろしくお伝えくださいね」
そう言い残すと、何かを叫ぶカリンを置き去りにして、サラは巨人ゾンビがいる北門の方向へと馬を走らせたのだった。
――サラが先行し、カリンつまり護衛が対象を討伐する。
それはサラがここ数か月で得ていた成功体験だった。
(なら、それと同じことをすれば良いのですね!)
安直ではあっても、サラが結論付けて行動してしまったのは、そうした経験があったからこそであった。
サラにしてみればカリンではなく、アロンゾ、クロウ、ライアの三人に変わるだけである。本質的な違いなどどこにも無いのだから。
それを甘えや未熟さという言葉で表現することはできても、少なくともサラの認識している範囲では成立してしまう理屈だったのだ。
そうして馬を走らせる事しばし。
サラは巨人ゾンビが居る所にまで馬で走り寄る事ができていた。
当然途中で馬は危険か悪臭かを感じて足を緩めようとしたのだが、サラが「大丈夫ですよ、ワタクシが守りますから」と撫でた事により何とか進んでくれた。
そしていよいよゾンビ達の集団と接触しそうになった時、馬上のままサラは胸元の聖痕に意識を集中して祈りを捧げた。
「――<聖域>」
途端に張られる、聖痕に紐づけられた力による結界。それはサラを中心として馬をも包み込んだ。
サラは<聖域>を使った状態では移動できない。が、しがみついている事くらいはできる。そのため、馬に運ばれるサラは<聖域>の結界ごと、ゾンビ達の集団に突っ込む事になった。
「グギャッ」
馬を走らせていた、とは言っても全速力で走らせる程の技量はサラには無い。また、馬にもそこまでの勇敢さは求められない。
巨人のゾンビまではまだ距離があったがゾンビと接触することになった<聖域>の結界は、ゾンビ達を立ち入らせなかった。それどころか彼らを弾き返すという効果まであった。
はじき返されたゾンビはそのまま地面に倒れて立ち上がってこなかった。
(あれ、もしかしてこのまま行けるのかしら?)
そうサラは喜びかけたのだが、そうは問屋が卸さなかった。馬が足を止めてしまったのだ。
それはそうである。戦闘訓練を施した馬ではないのだ。目の前にいるゾンビの姿と悪臭にすっかりと怯えてしまった。暴れて逃げ出さなかった分、放り出される事にもならなかったサラは運が良かったのだろう。だが馬はすくんでしまい、大量のゾンビの中で取り残される事になってしまった。
(あららら。これは……どうしましょうか)
動かなくなってしまった馬の上で、サラは少し悩んでしまった。<聖域>の結界をこのまま維持する事はまだできる。が、少し見上げると巨人のゾンビが近づこうとしているのが分かった。もしその巨大な足で踏まれた場合に、<聖域>の結界を維持できるのかについてはサラも少し自信が無かった。
いや、結界自体は持つかもしれない。だがそれを支える魔力を供給する事が厳しくなってしまう可能性があるのだ。なにしろサラとてまだ発展途上である。完全に完璧な結界であると自称する状態にまでまだ至っていないのもまだ当然ではあった。
と、その時であった。サラの後方から何か声が聞こえて来た。
それはサラに、カリンの接近を思い出させる声であった。なにしろこれまでの成功体験であっても、サラが前線で敵を結界で防いでいる所へカリンが切りこんでくる事など普通だったのだから。
「この馬鹿娘がぁぁぁぁぁぁっ!」
「……あれ?」
だから聞こえて来た声が、敵を倒す鼓舞の声で無く、自分を叱り付けるライアの怒鳴り声だった事に、サラは首を傾げた。




