2-3
「……なあ、あいつ何かあったのか?」
ライアがそうカリンに問いかけたのは、帰って来たサラがあまりに凹んでいたからだった。
ライアはサラと拘わった時間はそれほど長くはないが、その短い間を遡ってみてもいつも笑顔で、元気で、無垢で、頑固で。生命力にあふれるような少女だった。
それが今、戻って来た後はサラはうつむき加減で、テーブルの端の椅子にちょこんと座って、ペショペショの顔をしたまま佇んでいた。
三人との護衛契約といった事務的な事はこなしたものの、その他はどこか虚ろな顔でテーブルの一点を見つめているのだ。ライアにしてみれば不気味で仕方が無かった。
何とかしろよ、と視線を送ってみるも、アロンゾもクロウも茶を啜ったり道具の手入れをしていたりするだけで、サラに関わろうともしない。かといってカリンも、何かを言って主を励ますでもなく、何か硬い顔をして佇んでいるのみ。
そのせいで教会に与えられたこの一室が沈黙で包まれ、いたたまれない空気になっていた。
サラの異常を感じたのか、先程は怯えてアロンゾにしがみついていた彼の犬が、いつのまにか地面に降りてサラの方を見上げると、サラはその子犬を抱き上げ膝の上に置いて撫で始めた。ただし表情を変えずにやっているので、怖い事この上ない。
しかし子犬は抱かれて撫でられる事に満足したのか、そのまま寝入ってしまい全く解決に繋がってくれなかった。
ここに至って、沈黙に耐えきれずにライアが切り出したのが冒頭の言葉である。サラ本人には聞けなくとも、一緒にいたであろうカリンには説明させようというのだ。
そしてカリンの口から語られた事を聞いて、ライアはただひたすらに後悔した。
――サラと同じスラムの孤児院だった、エイジという少年と再会した。
――エイジは自分の環境から脱すべく、努力をし続けており、やっと自分の力で脱出し、この街で商人の見習いとして働いていた。
――そこに現れたのは、特に努力もせず祈るだけだったのに、聖痕が発現したからと貴族につれていかれたサラ。
――そのサラと自分の今の境遇を重ね合わせて、ズルいと怒鳴られた、と。
それを聞いてライアが思ったのは(エイジの方に感情移入できてしまう)だった。
ライアもスラム出身である。故にそこから運よく脱出できた人も、できなかった人も見てきていた。
当然、脱出したつもりが力及ばずに出戻りになったり、捨てられたりする人も見て来たし、そのまま脱出に成功した人間も見て来た。
ライアが見る限りスラムから出て自立できた人間は、"何か"を持っていた人間だった。勿論、聖痕を持っていたからという訳ではない。
例えば体格が大きく、身体能力が高い少年。
例えば将来は美しくなるであろう事が考えられる、顔立ちの整った少女。
例えば孤児院の手伝いを出来る程に計算能力に優れた者。
そうして自分達が持っていたものを使って、ないしはそれを育て上げてスラムからの脱出という夢をかなえていたのだ。
ライア自身も運よく、魔法の才能に恵まれたおかげでこうして脱出してギルドメンバーの肩書きを手に入れられている。
もしそれができなければ、スラムを牛耳る半グレかその上にいるギャング組織などに、良いように使われる将来しかなかったであろう事を知っている身からすれば、エイジが上昇志向をもって努力を続けたというのは、ライアには痛い程良く分かる話だったのだ。
だからこそサラに対して"ズルい"という感情を抱いてしまうというエイジの気持ちも分かってしまう。
もし自分よりも努力を続けた者がスラム脱出を成功させたのならば、自分の努力が足りなかったとか、もっと努力してやると奮起する事だってできる。
だが日々祈ることしかしていなかったサラに先に脱出されてしまった際の、エイジを襲った理不尽さからくる憤懣たるや。
自分が同じ立場であったとしても、怒りを覚えてしまうだろうと思ってしまう程に、ライアはエイジの感情を理解してしまった。
だからこそ、後悔した。
(なんであたいがこんな事、聞きだしちまったんだ)
事情を聞いて分かったのは、ライアの中にはサラの心を上向かせる言葉など無いという事だった。エイジに感情移入してしまった以上、サラを励ます言葉はライア自身の実感などが伴わない、空虚で上っ面な言葉になるであろう事が分かってしまったのだ。
相手がただの子供であるならば、ライアも慣れない口八丁で誤魔化しきったかもしれない。
だが相手はサラである。ここまでの短い付き合いでも、彼女が気になる事については細かく突っ込んでくる少女である事は理解していた。そんなサラを言いくるめる事ができる器用さを自分は持たないと、ライアは嫌と言う程に理解していたのだった。
とは言え沈黙に耐えきれずにカリンに言葉を掛けてしまったのはライア自身である。そして、その結果として"この空気をどうにかしてくれ"という期待の目が、カリンとサラからも寄せられてしまった事はライアにも感じられた。
余計な事をしてしまったばかりにボールを持たされた自分を自覚し、ライアは後悔に苛まれていた。
「あー、えっとなんだ。サラは別に悪い事をした訳じゃないんだから、そんなに気にすることは無いって言うか」
「……ですが、エイジ君にとってはズルい事だったそうです。そしてワタクシにはそれが分かりませんでした。ワタクシの行動がズルい事、に繋がるならば何をして良いのかが分からなくなります……」
「ぐっ」
普通に言い負かされてしまったとライアは思ったが、それを恥とまでは感じていなかった。自分の言葉のつたなさと、サラの強情さから考えれば普通にあり得ると思っていたからだ。
「――聖神教の教えに殉じれば良いのでは? 個々人の判断であれば誤る事もあるでしょうが、神の教えであれば正しいのですから」
そこに口を挟んできたのはカリンだった。彼女も護衛騎士とは言え聖王候補であるサラに付けられるのだから、自分よりもよっぽど聖神教には詳しいのであろうなとライアは思った。が、その理屈では説得できないだろうなとも思う。
案の定、サラの口では無かったが、今まで静かにしていた筈のクロウから茶々が入った。
「そりゃ駄目だろう。聖神教の教えだけで考えたら、サラに聖痕が浮かんでズルする事になったのも認める事になっちまう。それをサラが悩んでるんだから」
「そ、それをズルと受け取る事が間違っているのだ!」
「なら聖神教の教えがどうこうとかじゃないだろうが。現代じゃ色々な考え方がある上、宗教だって他にあるのにさ。聖神教の教えにだけ従ってたら大丈夫なんてのはさすがに考えが古すぎるだろうが」
「聖神教を愚弄するのか!」
「だから違ぇって。別に聖神教が間違っていると言ってる訳じゃ無ぇよ。そこで思考放棄したらサラが悩んでる所に届かねぇって言ってんだよ」
カリンの反応がややヒステリックになって来たなとライアは感じた。クロウの言い方が煽るような物言いになっている事も原因かもしれないが、それにしてもカリンには余裕が無さ過ぎるなと思ってしまう。
しかし漸く会話の主導権のボールを手放せたかと思ったら、今度はサラの沈黙ではなくカリンの感情的な言葉により部屋の空気が悪くなってきてしまったなとライアは思った。
(勘弁してくれ……)
そんなライアの耳が、サラの「他の宗教……?」という呟きを拾い取った。カリンの声に遮られてハッキリとは聞こえなかったが、サラが疑問を覚えて発した声が。
サラの特徴として頑固だったり無垢だったりその癖理屈っぽかったりとかはあるものの、更に知らない事に関しては知ろう聞こうとする姿勢がある事はライアも認識していた。そこでライアは場の空気を整理する為に、あえてそれに乗って大声を出す事にした。
「なんだいサラ、聖神教以外の宗教について知らないのかい?」
「えっと……はい。聖神教の他に、あるのですか?」
「アロンゾ。説明してやってくれよ。宗教関係者だろ?」
「…………ふむ」
ちょっとわざとらしい振りではあったが、一人蚊帳の外にいたアロンゾは一瞬止まったものの、小さく息をつくと頷いてくれた。
そしてそれと同時にカリンとクロウの言い争いも止んだ。彼らにしても振り上げたこぶしを下す場所を探していたのだろう。その意味では、サラの知らない情報を教えるという空気を作り出す事には一定の効果があった。
その事に安堵しつつ、ライアは一歩身を引いて聞く姿勢を取った。その貧乏くじを押し付けられた事についてどう思っているのか分からないが、アロンゾは平然とした顔で話し始めてくれた。
「そうですね。今世界には小さいものを除き、大きなものだけで言うと――五大宗教とされるものがあります」
***
(若いな……)
それがアロンゾがサラを見ていて抱く感想であった。
勿論、外見や実年齢も若いのだろう。しかしサラの考えやその意志の強さについてはアロンゾは立派なものだと思っていた。だが世界や人の生に関する解釈がシンプルすぎて、それ故に何かとぶつかった場合に容易く揺れてしまい、それが今回の彼女が落ち込む事になる原因になっているとアロンゾは感じていた。それをアロンゾは"若さ"と表現したのだ。
かといってアロンゾは年長者として教え導こうとも思ってもいなかった。請われれば自分に出来る事をすることはやぶさかではない。だが、自ら進んで人生かくあるべしと説くのは、年長者としてやるべきこととは思っていなかったのだ。
かつての若き自分の前にそんな老人がいたら、一も二も無く殴ってしまっていたかもしれない、と言う程にはアロンゾはそんな存在にはなりたくないと思っていた。
故に今、問われた事については真摯に語ろうとアロンゾは考える。
「そうですね。どこまでサラさんがご存じか分からないので、少し細かいところから始めましょうか」
世界には聖神、龍神、邪神がいる。
聖神は上位次元の力を用いて世界を創り、龍神はそれを調整し、邪神は不要なものを上位次元の力に還元した。
こうして聖神、龍神、邪神による循環の果てに何度も作り直された結果できたのが、聖界、人界、魔界の三つである。
「聖界にその身を置く事になさった聖神様三柱は、他の神々と異なり自分達を信仰する人々に寛容であり、庇護をくださった。そしてその在り方を学び教義化なさったのが開祖であり、広めるべく組織されたのが聖神教の大本となります。その結果、聖界では9割以上が聖神教の信者だったそうです。そして大崩壊以後であってもその影響力は残り続け、アルメリア大陸の聖王都セレストに本拠地を置くのが、我々が属している聖神教となります」
「先ほど、邪神と仰いましたか? 人類や世界を滅ぼすような神に聞こえますが……」
サラの素直すぎる質問に、アロンゾは得たりとばかりに微笑んだ。
「それは良くある誤解なのです。確かに邪神は、死を司る死神、破壊を司る破壊神、狂気を司る狂神からなります。しかし邪神三柱は先程述べたように不要なもの世界にあってはならないものを打ちこわし還元する事を目的としているため、決して人間や世界そのものを滅ぼす存在ではないのですよ。ですから現代では五大宗教の一つとされています。三界の内、魔界に身を置いており、大崩壊後はその要素を一番受け継いでいる魔境大陸ザルバディカにてもっとも信仰されているのが邪神教となります。邪神と言うのはそうした在り方が不明だった時代の呼称が残っているだけです」
「では、龍神の在り方から教義を学び、それを広める事にしたのが龍神教なのでしょうか?」
「それもまた少し違うのです」
ここは確かに複雑な所ではあるとアロンゾも思う。なにしろ、聖神、邪神についてはその存在に人間が近づき学びとったところからそれぞれの宗教が始まっている。
しかし龍神はその身を置いた人界において、その姿を現さず隠れたままでいた。そのため、人界では霊的な力の存在に気づかれず、その代わり自然の力が活性化していたがために、自然の力や物理法則などを利用する科学技術、機械技術が発展したのだ。
結局人界の人間達が龍神の存在を知る事は無く、世界に広く知られるようになったのは大崩壊により地水火風の四柱の龍神全ての肉体が失われた後なのである。
「大魔王との闘いを繰り広げていた時代に混沌大陸オーグバルタで発祥し、現在は戦乱大陸アザヴィアのホウライにて本拠地を置くのが龍神教となります。ただし龍神教は聖神教、邪神教と違って、神々から直接教えを学び取る事ができませんでした。その為、龍神の在り方の痕跡を追ってそれを収集し、その教えを学び取ろうとしたのです。つまり世界に散らばる自然崇拝、祖霊崇拝を集めて学び、自然を大切にするというあり方に行き着いたのが龍神教なのです。そのため、学術的な分類で言えばそれら自然崇拝などを含むために、規模では聖神教に次ぐ第二位となります。しかしそもそもそれら自然崇拝等を龍神教に組み込もうと積極的に動いていた訳でも無い為、影響力という意味ではぐっと下がるでしょう」
「……しかし今ので聖神教、龍神教、邪神教の三つだけでした。五大宗教ならば後二つあるのではないでしょうか? 後の二つは神無き宗教なのでしょうか?」
「そうですね、確かに過去から世界を創造して来た神々への信仰は今あげた三つで終わりです。ここからの二つは新界になってから新しく発祥したものですね」
一つは戦乱大陸アザヴィアで生まれた天授教である。人は文武信の三つの強さを追い求め続ける事が大切であり、その三つを極めた者をこそ天は王として認め、祝福を授けるのだ。
「神ではなくて天ですか? どういう違いがあるのでしょうか。それに、先程龍神教の本拠地もまたアザヴィアであると仰ってませんでしたっけ。そこはぶつからなかったのですか?」
「ハハ、鋭いですね。まず天についてですが、これについては神学者の間でも色々な説があるので、今は割愛させてください。そしてアザヴィアでの宗教についてですが、龍神教は先程言った通りなので、人々に強く"こういう生き方が正しい"と訴える性質のものでは無いのですよ。そこに入り込んできたのが天授教であり、思想として広く支持されているのです。つまり棲み分けが出来ているので共存できている、と言う事ですね」
「なるほど……では最後の一つの宗教も、神ではなく天を頂くものなのですか?」
「いえ、最後の一つは神を奉じています。ただし、元人間であり、現在も存在し続ける現人神を奉じているのが光国教となります」
開祖は古代に生まれた人物であり、大魔王討伐にも参加したのだと言う。その開祖は、人間は霊的な視座を手に入れているのだから肉体的な視座にばかり縛られているのはおかしいと言い、光国教に入れば大いなる光の国へと接続できると説いた。
そして実際、入信したものはそれまで感じる事すらできなかった"光の国"を感じる事が出来るようになるのだという。そしてその開祖は光国に接続しその中で真理に至った為に不死となり、約1000年経とうとしている今であっても生き続けている現人神になったという。
その現人神をトップに頂いて教義を広めているのが、神聖大陸ゴドヴァーナに本拠地を置く光国教なのだった。
「光の国……とは何なのでしょうか?」
「さて。これも他宗教の細かい事なので割愛させていただきますが、実はこの光国教に入ると、自分の霊的能力が向上するのだそうです。光の国に接続できたことで、自らの霊体が活性化するのだとかで。しかもこれは本当に実証されているそうで、その為に無神論者だとか傭兵だとかに人気があり、今世界でもっとも勢いのある宗教なのですよ」
「なるほど、不思議です。自分の得になるから入る、ということなのですか?」
「そうですね。光国教にはそういう方が多く入ろうとしているそうですが、これ以上は私の口からは何も言いかねますね」
変な先入観や誤解を与えないようにとアロンゾはあえて深くを語ろうとはしなかった。サラが興味を持ったならば自分で調べ、勉強すれば良いと言うだけだ。老人は知識を請われて教えるのは良いが、自分の思想までをも与えてしまうのは自重した方が良いというのがアロンゾの自論だった。
それ以上教えてくれなさそうなアロンゾに、最後なのですがとサラが一つ質問をしてきた。
「聖神教では聖痕を持つものが聖王になるそうですが、他の宗教でもそうなのですか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。まず光国教のトップはずっと、開祖たる現人神で変わって無いです。また天授教にも明確にトップはおらず、どちらかと言えば思想の学問であるという扱われ方をしているそうなので、学者達がその教義の中心にいるようなものですね」
「その二つは確かに聖神教とは別の成り立ちであるというのは分かります。しかし、龍神教と邪神教は同じなのでは?」
「確かに龍神の力を宿した龍紋、邪神の力を宿した邪印というのはあるそうです。ですがそういう力を持って生まれたというだけで、それぞれの宗教の中で特別な扱いをされている訳ではないそうです」
「な、何故なのでしょうか?」
「どちらかと言えば聖神教の方が特別なのです。龍神教にも龍珠という神器、邪神教にも邪神器があります。ですが聖神教にはそれに加え、王として認めるための聖王器が与えられているのです。その聖王器を扱える資格として聖痕がある以上、そういった意味の上乗せをしているのは聖神教の方なのですよ」
「なるほど……」
望んだ答えでは無かったのだろう。そしてここまで話して来た上でも欲しかった言葉が得られなかったのだろう。
少しは知識欲により色が戻っていたサラの瞳がまた暗くなってきた。
それについて心が全く痛まない訳では無いものの、更なる手を差し伸べようとはアロンゾは思わなかった。それは老人が行う事としては出すぎだと思うが故に。
そうして生まれた微妙な沈黙に無遠慮に声を差し込んでくるものがあった。
先程からそれをやって来たもの――クロウだ。
「なあサラ。一つ聞いて良いか?」
「……はい、なんでしょう」
「そもそもお前、聖王になりたいのか?」
そのあまりに直接的な、そして恐らく考えもしていなかった問いに、サラの瞳が大きく見開かれた。
***
聖王になりたいか、と問われたサラはしばし固まってしまった。サラにとってそれは当たり前の前提でありすぎた為、深く考えた事が無かったからだ。
だから改めて問われれば、そう正直に答えるしかできないのがサラという少女だった。
「その、なるもの、としか考えておりませんでした。なりたいとかなりたくないとかではなく、それが務めだと」
「あのな、他に何人聖王候補が居ると思ってるんだ。お前さんはヤークトー卿のとこだっけ? あそこだけでも他にも聖痕者はいただろうが」
そう言えば、とサラは思い出す。自分と同じ境遇であるという方が数名いたと。そしてお互い頑張ろうと言われて無邪気に、はい、と答えた覚えすらある。
「正確な人数は知らないし、そこでどれくらい期待されてる方なのかは知らねーけど……護衛としてつけられてるのが新人一人だけなんだろ? 多分、もっと上位に期待されてる奴がいるんじゃねーの?」
「まあ……」
それについてはサラに思い当たるところはない。先程思い出した他聖痕者にどれくらいの人数の護衛が付いているのかなどは知らない。だが引き取られてから二年の間、ずっと最低限の教育を受けていただけという自覚もあるサラは、自分よりももっと前に引き取られて、故にもっと先に進んでいる人達がいるのではないかというのは簡単に想像がついた。
「そりゃ心がけとしちゃ聖王に成るべく頑張るってのは別にそれで良いさ。けど"聖王に成るあたしがズルなんて"みたいな悩み方する必要あんのか?」
「ワタクシは別に――」
「大体、サラが聖王に成ったら他の聖王候補は聖王に成れないだろ? その時にまた聖王に成ってズルい、って言われたらなんて返すんだ?」
それはサラにとって頭を殴られるような衝撃だった。
確かに聖王には一人しか成れないというのは分かる。そうなった時に、聖王に成れなかった人達に何も言われないで済むのか? ズルいという類の言葉を言われないのか? そう問われてしまえば、エイジに言われた事を思い出してしまうサラとしては反論する事などできなかった。
「大体、全員に良い顔しようってのが無理なんだよ。正しい事だけしてりゃ全員がそれを讃えてくれるってか? 無理無理。ズルいって言う根性の奴は、ずっとズルいって言うだけで人生終わるんだよ」
「エイジ君はそんな人じゃありません」
「どうだかな。お前さんが悪い事をしてないのにズルいっていう奴なんだろ? 自分でそう言ってたじゃねーか」
「それは……」
「第一、自分の行動について他人がどう思うかまでコントロールしようっていうのが間違いなんだよ。大体――」
「――そこまでです、クロウ」
自分の言葉を遮ったアロンゾを、クロウが睨む。
「あんだよ」
「あなたの思想を彼女に押し付けるのはおやめなさい」
「押し付けてないだろうが」
「……サラの答えでは無くなりますよ」
「――――っ」
アロンゾの言葉にクロウが口を噤む。サラは二人の話についていけなかったが、どうやらクロウが"サラが納得する何か"を言いかけたのを、アロンゾが止めたのだと言う事は分かった。
(知らない事を他人に尋ねるのは良い事だと思っていたのですが……答えを聞きすぎるというのも問題、と言う事なのですね)
二人のやりとりをサラはそう解釈した。
ただしこれはクロウから聞けたかもしれない答えを手に入れられないのだという事を納得しただけであり、問題解決にはなっていない事もまたサラは分かっていた。そんなサラに、アロンゾの言い分を受け入れたのかやや不機嫌そうにしたクロウが、下唇を突き出しながらサラに視線を戻した。
「わかったわかった。じゃあ最後に、とっておきで最強の考え方を教えてやる」
「最強の……考え方ですか?」
「おうよ。どんな疑問質問難題にだって応用できる、とびっきりの奴だ」
「教えてください。どんなのですか?」
期待に満ちた目でクロウを見上げるサラに向かって、クロウはニヤリと笑いながら、溜めに溜めて言い放った。
「――先送りだ」
「…………はい?」
「だから問題の先送りだよ。今答えを出さなくちゃいけない事じゃないんだったら、未来の自分に丸投げすんだよ。そしたら気が楽になるだろうが」
言いたいことは分かるのだが、それは誤魔化されている様に感じたサラであった。
「でもそれは、問題解決になってません」
「逆に聞くが、ここでちょっと話しただけで答えが出る問題だと思ってんのか? これまでの自分の考え方で消化できなかったから悩んでんだろ?」
「それは、そうですが」
「ならここで答えっぽいものを出したとして、それが本当に求める答えだってなるのは無理なんじゃねーの? それどころか、出した答えを正しいものだと信じすぎて思考放棄する方がよっぽど問題だろうが」
「…………」
安易に答えに飛びつく事の危険性をクロウに指摘され、これまたサラは頭を殴られたような気分になった。
これまでの二年間、ずっと勉強をしてきたからだろうか。考えて自分が出した答えが正しいかをすぐに答え合わせできる生活に身を置いていたからだろうか。
確かに孤児院に居た頃の自分であれば、分からない事があった時こそ祈りを捧げる事で、考えを纏めていたような気もする。
それを忘れていた、と言う事に改めて気づかされた事にサラは驚いたのだ。
「差しあたっては、ゾンビ対策をどうするかの方を悩むべきだろうが。忘れるんじゃなくて優先順位の問題だろ?」
「……そうですね」
「なら一旦置いといて、後で自分で考えとけや。少なくともジメッとした空気をこっちにまで漂わせるのは止めといてくれ、な?」
「それは、申し訳ありませんでした。気を付けます」
クロウに言われた事に、とりあえずサラは納得した。確かに自分は悩んでしまっていたが、それをライア達が気にしてくれたのは自分がそういった空気を醸し出していたからだろうという事に思い至ったからだ。
(皆は優しいから気にしてくれていたのですね……)
そうサラが自分の中で折り合いをつけた時だった。ライアが「ん?」と何かに気づいたような声を上げた。
「ゾンビ対策だったら、あたいら三人を雇った事で対応したんじゃないか? 正式な契約書も交わしたし」
「ハッ、本当だ! であれば優先順位は間違ってないじゃないかっ!?」
ライアの言葉にカリンが気づかされたとばかりに反応する。
「さてはお前。サラ様の相手をするのが面倒になったから、誤魔化そうとしたな?」
「どうだかね、何の事やら」
「こいつっ!?」
カリンとクロウが何やらやり取りをしているのを見て――サラはクスリと笑ってしまった。先ほどまで悩んでいて、重苦しい気持ちでいっぱいだった筈なのに。
(でも多分、こういうのも人の営みなのでしょうね……)
サラにはまだ実感はないが、恐らくこれから先もいくつも悩む事など出てくるのであろう。もしかしたら大人というのはいつも常に何かに悩み続けている存在なのかもしれない。
だがそれを自分なりに紐解き、答えを出していくためにもこれから毎日祈りは捧げていこう、とサラは自分なりに気分を新たにした。
と、そこへ部屋の扉がノックされた。どうぞ、と声をかけると入ってきたのは教会の神父であるディラーグと、もう一人。サラが見覚えがあると思ったら、北門にゾンビが来ていると報せてくれた兵の人だった。
「どうしました?」
「彼が敵の影を見たそうです」
そのディラーグの言葉に、一行の間に緊張感が走る。それを受け、その兵士が一歩ディラーグよりも前に出て言い放った。
「北門の先に、ゾンビの影を確認しました。ただのゾンビではありません。……巨人のゾンビのようでした」




