第2話 転生
『【死の女神:イスラ】が選択されました……待機中……』
シンっと静まり返った謎空間に、無機質な機械音が木霊する。
え?
何だかやばそうな雰囲気だし、キャンセルしたいんだけど?
『──あああああっ!! らめぇ!!』
無機質な声を聞いた瞬間、ミレイユ女神様が再び奇声を上げながら、僕に向かって突進して来る。
どうでも良いけど……テンパリすぎておかしくなってない、この人……?
『は、早く! キャンセルををををを──』
バグった動画プレーヤーの様な声を出し、ガクガクと身体を震わせるミレイユ女神様。
それをフォローするかの様に、アイナ女神様はミレイユ女神様の優しく肩に手を置き──
『ミ、ミレイユ様、お、おちつつつつつ』
アンタが落ち着けよ。
それにしても、当事者が不安になる様なテンパり方は止めて欲しい。
あんなに不遜だったミレイユ女神様がこんなに取り乱すなんて……そんなにヤバい人なんだろうか?
『死の女神:イスラ様』
……何かヤバそうだし、このままキャンセルしてもらおう。
「あの、落ち着いて……キャンセルしてもらえれば、僕も他の神様に──」
『──【死の女神:イスラ】が承諾しました』
……どうやら遅かった様だ。
僕の話を遮る様にして、機械音声が『承諾』の意を伝えてきた。
『ふ、ふふふふ……。キ、キタ……きちゃ……つ、遂に──きたあぁぁぁぁぁぁぁあ!!!』
居並ぶ神々の一番後方、僕の位置からは姿すら確認できない場所から──とんでもない奇声が上がる。
思わず、両耳を塞ぎたくなるほどの大声だ。
『うははははっ!! うれぴぃ! ──おい! さっさとそこを退かんか、愚神どもめ!!!』
ドゴォ!!!!!
そんな奇声と共にごうおんがひびき、90人近い神々が弾き飛ばされた。
神々は、海が割れる様に左右に弾け飛び──さながら、『映画:モーセの十戒』の様相だ。
離れた位置にいた、ミレイユ女神様やアイナ女神様は無事だったが、惨憺たる状況を前にガタガタと身体を震わせる。
『──ひっ……ミ、ミレイユ様……どうするんですか? ──今まで、一度も人間から選ばれなかった神【死の女神:イスラ】が……。人間に選ばれなければ、力を失ってしまう我々神の中でも、一際、巨大な力を持って生まれたのに……人間に選ばれなかったために〝力を封印〟されていた【死の女神:イスラ】が解き放たれてしまった。イスラの力は、どんな神よりも強いというのに──ですよ!』
何で説明口調?
アイナ女神様がおかしくなってしまった。
『あばばばばば……』(ミレイユ)
こっちもかよ。
明らかにビビりすぎな女神達を尻目に、神々の凄惨な様を見た〝転移者〟たちは、無言でサッと左右に分かれて道を開け──
そこから──
コッコッコッ──……
一人の──
息を呑むほど美しい──
一人の女性が歩いて来る。
髪は、ウェーブがかった紫色で──光を反射して、キラキラとアメジストの様に輝いている。
瞳は髪と同じ紫で──宝石なんて色褪せてしまうほどに、美しく、それ自体が輝きを放っていると錯覚するほどだ。
身長も──小柄な僕なんて小人に見えるほどに長身で……ごめん、それは言いすぎた。
170センチ以上はあるだろう。
身長だけでなく、身体つきも──出るところは出て……引っ込むところは引っ込んでいる。
顔面偏差値なんて、測る事が馬鹿らしくなるほどの数値だ。
その人が纏う紫色のドレスは、何とも挑発的なデザインで──身体の線がくっきり出てしまうほどにぴっちりしていた。
傍から見れば、『変態』の様な解説をしてしまったが……それらを置いて、何より注目すべき事は──
顔が怖い!
ニコニコ笑顔で歩いて来るのに、目が笑っていない。
絶対、何かに激怒している。
その女性は、僕の目の前までやって来ると、足を一旦止め──
『其方が、妾を選んでくれた人間様だな? 妾は、【死の女神:イスラ】と言う。……少し待っていてくれ、妾は愚神と話がある……』
と、笑顔で言った。
怖ぇ……。
思わず、心の声が粗暴になってしまうほどの圧力を感じる。
女神イスラ様は、その圧力を保ったままでミレイユ女神様の前に立ち、笑顔のままで言った。
『で、ミレイユくん? 妾に言う事があるんじゃないのかな?』
『……と、特には』
『おいおいおい、お前、神ネットで妾の事馬鹿にしてたよなぁ? 『絶対にイスラを選ぶ人間なんていない』って! リアルファイトというものを教えてやろうか?』
『あ……そ、それは……。ア、アイナ女神がやれって言うから……』
『えぇぇぇぇぇ!?』
普通に仲間を売ったよ、この人。
迷いなく、人のせいにしてるし……。
『あ、あの……イ、イスラ……? 祝福対象が決まったなら、〝転生〟させた方が良いのでは……? つ、ついでに……あ、貴方も一緒に行かないと……』
『……あぁ? そんなの妾の勝手だろう? 今は比較的、気分が良いから見逃すが……これ以上、戯言を抜かすと──首を引っこ抜くぞ?』
『……すみません』
──ザザッ!
見事な土下座だ。
どんだけビビってるんだよ……。
そんな、極端に遜った様子のミレイユ女神様の土下座を無視し、女神イスラは──
『それにしても……。いやん、可愛い坊やじゃない! 妾の事は『死神ちゃん』って呼んでね! 自分の名前って好きじゃないの! うふふ、気分が良いからスキルあげちゃう!』
ぎゅむ──!
そう言って、いきなり僕の頭を掴んで、強引に胸元に手繰り寄せた。
そして──
【ステータス2倍のスキルが発現しました】
唐突に、僕のステータスにスキルが追加される。
そんな簡単にもらって良いものなのか?
効果も凄そうだし……まあ、でも、
『さてさて、妾のカワイコちゃんのステータスはどうなったかな??』
──ステータス、オール2
まあ、当然そうなるよね。
元々、オール1だし!
『いやん、よわよわで可愛すぎるー!』
何でも良いんかい。
……テンション高すぎてついて行けないな。
*
「あ、あぁ……そんな……そんな……しーちゃん……な、なんでぇ……」
「あり得ないよ……何で、紫苑がこんな所にぃ……」
神様達が繰り広げる茶番に辟易していると、〝転移者〟の中から、妙に聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。
それも、二人……。
その二人は、僕にとって見知った顔だが……僕が人混みの先にいたため、それが壁になってコチラに気付かなかったらしい。
人の波がかき分けられ、僕の姿が露わになった事で初めてコチラの存在に気付いた様だ。
まあ、僕の方も気付かなかったのだから……仕方のない事か。
ダッダッダッ!!
僕の姿を見つけた瞬間、二人の少女が〝転移者〟の集団から抜け出し、コチラに向かって走って来る。
重なる二つの足音──
僕は、バツが悪くなって……咄嗟にそっぽを向いてしまった。
詩織──
桜花──
……何で二人がここに?
確かに、『記憶を失くす前に二人にお礼を言いたい』とは言ったけど……不意打ちは困るな。
そもそも、彼女らは違う高校に通っており……クラスメイトではないはずなのに。
でも、彼女らが着ている制服は、間違いなく、僕が通う予定だった高校の制服で──
なぜ……?
さっきまでは、『新しい人生を送れば良い』と楽観的に考えいたが……二人が巻き込まれると言うなら話は別だ。
──ガバッ!
二人は、ほぼ同時に僕に抱きついて来るが──僕は、鋭い視線で事の元凶っぽい神々を睨みつけた。
事と次第によっては、相手が神だって容赦しない。
「しーちゃん、〝転移〟て何ぃ! 死んじゃったって何ぃ! しーちゃんが居ないなら、戻ったって意味ないじゃない! 何で、昨日はあんなに元気だったのにぃ……何でぇ……」
と、整った顔立ちをグジャグジャにしながら泣きじゃくる詩織。
「だから言ったじゃない! あんな施設の、クソ施設長の言う事なんか信じちゃダメって! 詩織のバカ! そんな事で、紫苑の最期に会えなかったなんてぇ!」
泣きながら、大声で詩織を罵倒する桜花。
まだ、時間的には昨日別れたばかりだと言うのに……何だか、二人の事が凄く懐かしく思えた。
と言うか、ここにきて一番の疑問を解決しなくては。
「ふ、二人とも落ち着いて……。て言うか、その制服……何?」
相手に落ち着けと言いながら、僕自身も結構テンパっていた様で……二人に対して端折りすぎな疑問をぶつけてしまった。
これでは、通じるものも通じないだろう。
「だって、だってぇ……しーちゃん、この高校に通いたいって言ってたのにぃ……病気で通えなくてぇ……な、なのに、私たちだけぇ……」
……通じたよ。
さすが幼馴染。
そして、その言葉で、何となく詩織の言葉の意味はわかった。
まあ、彼女が言いたい事は──
『僕が行きたかった高校に行けないのに、そこ自分が通っていると知ったら、僕が落ち込むだろうと思って嘘を付いていた』
って事なんだろう。
気の使い方、変じゃない?
そんな嘘、いつかはバレるのに……。
まあ、そんなふうに思っていてくれた事は素直に嬉しいけどね。
それに、詩織達は、僕にとってその〝いつか〟が来ないかも……と、何となく気付いていたのかもしれない。
……さっきは、二人を巻き込んだ神々に激しい怒りを覚えたが……同時に、二人に最後に会えた事に感謝する気持ちも感じてしまった。
……記憶をなくして、別人として生きる僕とは違い、二人にはこれから過酷な現実が待っていると言うのに……。
ごめん、二人とも。
二人に心の中で謝罪し、改めて今までの事に感謝し、お礼を述べようとした瞬間──
──ピカッ
突然、僕の身体から眩い光が放たれる。
「うえ!? な、何だこれ!」
突然の事に僕は動揺し、僕に抱きついていた二人も何も言えずに固まっている……。
『ああ、時間切れね。そろそろ〝転生〟の準備をしなきゃ。何か、大事そうな場面だから止めなかったけどね……。安心なさい。〝転生〟した後も、妾が最大限に助けてあげる。妾に愛された事が、誇りに思えるほどにね』
いや、そう言う事じゃない。
……まあ、それも大事なんだけど。
記憶を隠してしまう前に、二人に言いたかった事が──
身体が……消えていく……。
声が……出ない……。
ああ、残念だ。
せっかく、最後に会えたのに……伝えたい事も伝えられずに……。
「──ちゃん! しーちゃん! 必ず──別の世界でも、必ず貴方を見つけるから!」
「待ってなさいよ! 絶対、絶対よ!!」
僕は──〝転生〟した……。
*
と、そんなしんみりした感じで〝転生〟したにも関わらず──
【記憶の再生スキルが発現しました】
の機械音声と共に、普通に記憶を思い出した。
……もはや何でもありだな。
「ぎゃっ……ぎゃっ……ほぎゃ……」
今の僕は赤子で、記憶を思い出したところで何もできないんだけどね。
まあ、でも、この日、この時から……。
僕の、死神愛され人生が始まったのだ……。




