表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
85/97

毒と刃

黒蛇との距離を保ちながら、ガイアスは油断なく剣を構えていた。


正面から斬り結ぶだけの相手ではないと、既に見て取っている。毒針、短剣、そして煙幕。搦め手を得意とする者との対峙は、正攻法の剣術だけでは太刀打ちできない。呼吸を整えながら、相手の一挙一動を注意深く観察していた。


黒蛇は懐から数本の毒針を取り出しながら、静かに口を開いた。


「辺境軍第一遊撃隊、隊長ガイアス・エルフレイム」


淡々とした声には、感情の起伏がほとんど感じられない。


「噂は聞いている。実戦での判断力に長けた指揮官だと」


「お前のことは知らん」


短く答えながら、ガイアスは剣先をわずかに下げた。誘いに乗るつもりはない。相手の出方を見極めることに、まず意識を集中させる。


黒蛇は手にした毒針を、指先で軽く弄びながら距離を詰めてきた。


「知らなくていい。ただの元軍医だ」


その一言には、自嘲とも取れる響きが混じっている。


「命を救うための知識を、今は命を奪うために使っている。それだけの話だ」


言葉と同時に、黒蛇の腕が鋭く振るわれた。宙を裂いて飛来する毒針を、ガイアスは剣で正確に弾き落とす。金属同士の触れ合う乾いた音が、瓦礫の間に短く響いた。


「読みやすいな」


低く告げると、ガイアスは一気に間合いを詰めた。だが、その踏み込みの先、黒蛇の姿が不意に揺らぐ。


足元で、白い煙が音もなく噴き上がった。


「くっ……」


視界を奪われ、ガイアスは咄嗟に呼吸を止めながら後方へ跳び退く。煙幕の向こうから、鋭い殺気が右手から迫ってきた。


剣を横薙ぎに振るい、迫る気配を斬り払う。手応えはなかったが、確かに何かを弾いた感触が伝わってくる。


「小癪な真似を」


低く呟きながら、ガイアスは風上へ向けて素早く移動した。煙が薄れる方向を的確に見極め、視界を確保する。

煙幕が晴れた先に、黒蛇が短剣を構えて立っていた。


「搦め手ばかりでは、褒められたものじゃないぞ」


皮肉を込めて告げるガイアスに、黒蛇は薄く笑った。


「褒められるために戦っているわけじゃない」


答えると同時に、黒蛇は素早く踏み込んできた。短剣の切っ先が、喉元を狙って鋭く突き出される。


ガイアスはそれを半身で躱しながら、返す刀で相手の腕を狙った。だが、黒蛇の動きは意外なほど俊敏で、紙一重で刃を躱される。


「毒だけが武器ではないようだな」


剣を構え直しながら、ガイアスは相手の身のこなしを注意深く見極めた。軍医としての知識だけでなく、実戦における身体の使い方にも、確かな鍛錬の跡が見える。


「命を救う現場でも、時には自らを守る技が必要だ」


黒蛇は短剣を構え直しながら、静かに答えた。


「戦場の軍医は、丸腰では務まらない」


その言葉を最後に、二人の間合いが再び詰まっていく。剣と短剣が交錯し、鋭い金属音が幾度となく響いた。


打ち合いの中、ガイアスは黒蛇の動きに、ある共通した癖を見出し始めていた。攻撃を仕掛ける直前、必ず一瞬だけ、足の重心が僅かに沈む。おそらくは、毒針を投げる動作から染み付いた癖なのだろう。


「そろそろ、見極めがついた」


低く呟くと、ガイアスは剣を構え直し、あえて隙を見せるように半歩後退した。


案の定、黒蛇はその隙を突こうと踏み込んでくる。足の重心が沈んだ、その一瞬。


ガイアスは剣を鋭く跳ね上げた。振り下ろされる短剣の軌道を弾き飛ばし、そのまま流れるような動作で、黒蛇の懐へ踏み込む。


「なっ……」


驚愕に目を見開く黒蛇の胸元へ、剣の柄が叩き込まれた。息を詰まらせる衝撃とともに、黒蛇の身体が後方へよろめく。


体勢を崩したその一瞬を逃さず、ガイアスはさらに踏み込んだ。握った剣の柄頭を返し、鳩尾へ鋭く打ち込む。


「が……っ」


くぐもった声とともに、黒蛇の膝が折れた。崩れ落ちる寸前、ガイアスは追い打ちをかけるように、首筋へ手刀を叩き込む。


一切の抵抗を許さない、正確な一撃だった。黒蛇の身体から力が抜け、そのまま地面へ崩れ落ちる。荒い呼吸だけが、意識を失った身体から漏れ続けていた。


ガイアスは剣を鞘へ収めながら、荒い息を整える。倒れ伏す黒蛇の姿を一瞥し、腰の縄を手早く取り出すと、意識のないその両手を後ろ手に縛り上げた。


「これで、いい」


短く呟くと、ガイアスは周囲を見渡した。拠点の奥では、まだ激しい戦闘の気配が続いている。オーレリアンとシンクレアが対峙しているであろう団長との戦い。その決着が、いよいよ近づきつつあった。


拘束を終えた黒蛇をその場に残し、ガイアスは剣を握り直す。息を整えながら、次なる戦場へ向けて、静かに足を踏み出していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ