二人の意志
黒狼の一撃を受け止め続けるうちに、シンクレアの視界には、うっすらと汗が滲み始めていた。
肩口の傷が疼くたびに、意識の端が僅かに霞む。それでも足を止めるわけにはいかない。踏み込んでくる巨躯を睨みながら、次に繰り出される軌道を、必死に読み取ろうとしていた。
「随分と、粘るな」
黒狼は感心したように呟きながら、両手剣を軽く肩へ担ぎ直す。呼吸に一切の乱れがない様子が、この巨躯の底知れなさを物語っていた。
背後で、オーレリアンは地面に片膝をついたまま、荒い呼吸を繰り返している。毒の影響は依然として色濃く、視界の歪みは一向に治まる気配を見せない。それでも、握りしめた剣の柄を離すことだけはしなかった。
「まだ、動ける」
自分自身へ言い聞かせるように呟くと、オーレリアンは震える足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。全身の関節が軋むような感覚に襲われながらも、剣を握る手だけは、決して緩めなかった。
視線を上げれば、負傷しながらも黒狼と対峙し続けるシンクレアの背中がある。その姿を見つめるうちに、鈍っていた思考の輪郭が、僅かに引き締まっていくのを感じた。
「二人で挟む」
掠れた声で告げると、シンクレアは横目でこちらを一瞥した。
「動けるようになったか」
「まだ、本調子とは言えないけどな」
弱々しい笑みを浮かべながら、オーレリアンは黒狼の右側へ回り込んでいく。攻撃の的を分散させることで、僅かでも隙を生み出す狙いだった。
黒狼は二人の動きを冷静に見極めながら、両手剣を構え直す。
「挟撃のつもりか」
「悪いが、正面から張り合う体力は、もう残ってない」
正直に答えながら、オーレリアンは呼吸を整える。毒に蝕まれた身体では、これが精一杯の抵抗だった。
黒狼はしばらく無言のまま、二人の位置取りを観察していた。やがて、両手剣を大きく振り上げると、その切っ先を、あえてオーレリアンへ向ける。
「弱った方から、崩す」
短い宣告とともに、巨躯が地を蹴った。予想していた通りの判断に、オーレリアンは奥歯を噛み締める。
咄嗟に剣を構えたが、朦朧とする意識のせいで、反応が僅かに遅れた。振り下ろされる刃の速さに、避けきれないと悟る。
その瞬間、横合いから飛び込んだシンクレアが、剣を交差させて受け止めた。
金属のぶつかる激しい音とともに、二人分の重みが、黒狼の一撃を辛くも押し留める。
「油断するな」
短く叱咤する声に、オーレリアンは息を呑んだ。
「悪い……助かった」
「礼はいい。今は、目の前に集中しろ」
言葉少なに告げながら、シンクレアは体勢を立て直す。負傷した肩からは、まだ血が滲み続けていたが、その双眸に宿る意志の光は、微塵も陰っていなかった。
黒狼は僅かに剣を引き、二人の連携を推し量るように、間合いを取り直した。
「息が合っているな」
「当然だ」
シンクレアが静かに答える。
「共に戦うことに、慣れているだけの話だ」
その言葉に、オーレリアンも小さく頷いた。これまで数え切れないほど積み重ねてきた鍛錬と実戦の記憶が、この極限状態の中でも、確かな支えとなっている。
黒狼は暫し沈黙していたが、やがて僅かに肩を竦めた。
「では、その連携が、どこまで通用するか試させてもらおう」
言葉と同時に、両手剣が再び唸りを上げる。今度は、二人を同時に牽制するような、大きく弧を描く一撃だった。
シンクレアとオーレリアンは、それぞれ左右へ分かれるように動き、刃の軌道を躱す。着地と同時に、二人は無言のまま視線を交わした。
阿吽の呼吸で、シンクレアが正面から斬り込み、オーレリアンが黒狼の側面へ回り込む。連携の隙間を突くように動く二人に、黒狼はさすがに応戦の速度を上げざるを得なかった。
「面白い」
低く呟きながらも、その声には、明確な緊張が混じり始めている。これまで一方的だった攻防の流れに、僅かながら変化が生まれつつあった。
シンクレアの斬撃を受け止めた瞬間、黒狼の意識が僅かに逸れる。その隙を、オーレリアンは見逃さなかった。
震える腕に、残された力の全てを込める。振り下ろした剣先が、黒狼の脇腹を掠め、確かな手応えを残した。
「ぐ……っ」
低い呻きとともに、黒狼の巨躯が僅かによろめく。これまで一度も見せなかった、明確な隙だった。
「今だ」
短く叫ぶシンクレアの声に、オーレリアンは残る力を振り絞り、次なる一撃へ意識を集中させる。決着への糸口が、ようやくその姿を見せ始めていた。




