二人で立つ
刃を打ち合う音が、途切れることなく続いていた。
シンクレアは黒狼の連撃を捌きながら、じりじりと後退を強いられている。両手剣が繰り出す一撃一撃に、これまで対峙してきたどの敵とも比べ物にならない重みが込められていた。受け止めるたびに、腕全体へ痺れにも似た衝撃が走る。
「保たないぞ、そろそろ」
黒狼が低く笑いながら、剣を大きく振りかぶった。力任せの一撃ではなく、精密に狙いを定めた斬撃だった。シンクレアの喉元を狙う軌道に、避ける猶予はほとんど残されていない。
その刹那、背後から伸びた腕が、シンクレアの肩を強く引いた。
体勢が崩れると同時に、頭上を両手剣の切っ先が通り過ぎる。僅かに髪が数本、宙へ舞い散った。
「今のは、危なかった」
掠れた声で告げたのは、オーレリアンだった。毒の影響で顔色は青白く、額には脂汗が滲んでいる。それでも、瞳の奥には、まだ確かな光が宿っていた。
「動けたのか」
驚きを滲ませるシンクレアに、オーレリアンは弱々しく笑った。
「動けないと、困る」
その一言だけで、十分だった。剣を握る手には力が入らないほど衰弱していながらも、意識だけは、決して手放していない。
黒狼は二人の様子を見つめながら、僅かに眉を寄せた。
「毒が回っているだろうに、まだ立つか」
「立つさ」
搾り出すように答えると、オーレリアンは剣を杖のように地面へ突き立て、どうにか体を支えた。
「守るべきものがある限り、何度でも」
その言葉に、黒狼は暫し沈黙した。仮面の奥に隠された表情は窺えないが、微かな困惑にも似た気配が、確かにそこにはあった。
「面倒な夫婦だ」
低く呟くと、黒狼は再び両手剣を構え直す。
「だが、感傷に浸っている暇は、俺にはない」
言葉と同時に、地を蹴った巨躯が迫ってくる。シンクレアは咄嗟に前へ踏み出し、その一撃を受け止めた。金属同士の激突音が、拠点の廃墟に鋭く反響する。
「私が防ぐ。お前は、隙を探せ」
歯を食いしばりながら、シンクレアは告げた。両腕に走る痺れを堪え、何とか押し返す力を保っている。
「分かってる」
オーレリアンは剣を構え直しながら、朦朧とする意識を必死にかき集めていた。視界は依然として歪み、身体の芯から力が抜けていくような感覚が続いている。それでも、意識だけは、まだ手放すわけにはいかなかった。
黒狼の連撃が、次から次へとシンクレアへ襲いかかる。受け、躱し、時に紙一重で避けながら、シンクレアは僅かな隙間を縫って反撃の機会を伺っていた。だが、圧倒的な力量差の前では、その隙間はあまりにも小さい。
「そろそろ、決着をつけよう」
黒狼は両手剣を大きく振りかぶった。渾身の一撃を放とうとするその構えに、シンクレアは息を呑む。真正面から受け止めれば、剣ごと弾き飛ばされかねない威力だった。
咄嗟に、体を横へ捻る。完全な回避には至らず、切っ先が肩口を掠めた。焼けるような痛みが走り、布地が裂ける感触とともに、鮮血が滲む。
「クレア……!」
叫ぶオーレリアンの声に、シンクレアは奥歯を噛み締めながら答えた。
「これくらい、どうということはない」
強がりを込めて告げると、シンクレアは再び剣を構え直す。だが、負傷した肩に力を込めるたびに、鋭い痛みが走った。
黒狼はそんな様子を見つめながら、僅かに口の端を歪めた。
「まだ、続けるつもりか」
「当然だ」
即答する声には、これまで積み重ねてきた覚悟が滲んでいる。婚約破棄という過去を乗り越え、剣一本で生きてきた矜持。夫として、戦友として隣に立つ者を守るという決意。それらすべてが、痛みを押し殺す力へと変わっていた。
オーレリアンは、朦朧とする意識の中で、シンクレアの背中を見つめていた。負傷しながらも一歩も退かないその姿に、自らの内側にも、確かな力が湧き上がってくるのを感じる。
毒に蝕まれた身体を叱咤し、オーレリアンはゆっくりと剣を構え直した。まだ、終わるわけにはいかない。守りたいものが、目の前にある限り。
黒狼は二人の様子を見比べながら、静かに息を吐いた。
「本当に、厄介な夫婦だ」
その呟きには、これまでにない僅かな感嘆が混じっている。だが、それでも剣を収める気配は、微塵も見せなかった。
「だが、いずれ限界は来る」
告げると同時に、黒狼は再び地を蹴った。決着への時間は、まだ見えない。夫婦として背中を預け合う二人と、圧倒的な力を誇る団長との戦いは、なおも激しく続いていく。




