疾風と大地
痛みを堪えながら、オーレリアンは足の運びを切り替えていた。
これまでの正面からの応酬では、勝ち目が見えない。ならば、鉄熊の巨躯そのものを逆手に取るしかなかった。大きな図体は、それだけ小回りが利かない。速さで翻弄し、体力を削りながら、確実な一撃を積み重ねていく。
覚悟を決めた瞬間、オーレリアンは地を蹴った。
大きく円を描くように鉄熊の周囲を駆け抜ける。土埃を蹴立てながらの疾走に、鉄熊は僅かに反応を遅らせた。巨大な戦斧を振り回そうとするが、標的を見失いかけたその動きには、明らかな戸惑いが滲んでいる。
「どこを見ている」
背後から声が響いた瞬間には、既にオーレリアンの剣が振り下ろされていた。鎧の継ぎ目、膝裏の柔らかな部分を、鋭く斬りつける。
「がっ……」
低い呻きとともに、鉄熊の巨体が僅かに傾いだ。だが、致命傷には程遠い。すぐさま体勢を立て直し、力任せに戦斧を横薙ぎに振るってくる。
オーレリアンはそれを紙一重で躱しながら、再び距離を取った。呼吸を整える間もなく、鉄熊は苛立たしげに追撃を仕掛けてくる。
「鬱陶しい真似を」
低く唸る声とともに、鉄熊は戦斧を大きく振りかぶった。狙いを定めるというよりは、力任せに広範囲を薙ぎ払うつもりなのだろう。逃げ場を塞ぐような大振りの一撃が、迫ってくる。
オーレリアンは咄嗟に前へ踏み込んだ。攻撃の間合いの内側、最も安全な場所は、むしろ相手の懐だと判断した。
読みは的中する。振り下ろされる戦斧の軌道の下を潜り抜けるように、オーレリアンは低く身を沈めた。頭上を刃が通り過ぎる轟音とともに、地面が大きく抉れる。
その勢いのまま、オーレリアンは鉄熊の腹部へ渾身の一撃を叩き込んだ。
だが、鎧の硬さに阻まれ、刃は皮膚まで届かない。それでも、確かな衝撃を伝えたのだろう、鉄熊は僅かに体勢を崩した。
「小賢しいだけの技だ」
苛立ちを滲ませながら、鉄熊は戦斧の柄を横薙ぎに振るう。躱しきれず、オーレリアンの脇腹を柄の先端が掠めた。鈍い痛みが走り、思わず顔を歪める。
それでも、足を止めることはなかった。
痛みを押し殺しながら、オーレリアンは再び距離を取り、鉄熊の周囲を駆け続けた。速さを活かした翻弄を、根気強く繰り返していく。時に懐へ飛び込み、時に大きく円を描き、鉄熊の巨躯に少しずつ、確実に傷を刻んでいった。
「なぜ、当たらん」
苛立ちを露わにしながら、鉄熊は戦斧を振り続ける。だが、動きが速くなるほどに、その振りには乱れが生じ始めていた。巨躯を維持するための膂力は圧倒的だが、その分、持久力には限りがあるのかもしれない。
「力だけじゃ、俺は倒せない」
肩で息をしながらも、オーレリアンは剣を構え直した。何度も刻んできた小さな傷が、確実に鉄熊の動きを鈍らせている。
「減らず口を」
苛立ちを爆発させるように、鉄熊は戦斧を大きく振り上げた。これまでで最も大きな踏み込みとともに、渾身の一撃が振り下ろされる。
オーレリアンはそれを真正面から受けようとはしなかった。踏み込みの勢いを利用し、僅かに軌道からずれるように身体を捻る。
戦斧の刃が、地面を割るような轟音とともに突き刺さった。抜け出せない一瞬の隙。
その好機を、オーレリアンは逃さなかった。
地面に突き刺さった戦斧の柄を踏み台にするように跳躍し、鉄熊の肩口へ剣を振り下ろす。鎧の隙間を正確に捉えた一撃が、確かな手応えとともに肉を裂いた。
「ぐああっ……!」
これまでで最大の呻き声が、鉄熊の喉から漏れる。巨躯が大きくよろめき、地面へ片膝をついた。
オーレリアンは荒い呼吸を整えながら、剣を構え直す。全身が悲鳴を上げるほどの疲労が蓄積していたが、それでも、ここで気を緩めるわけにはいかなかった。
「まだ、だ」
膝をついたまま、鉄熊は戦斧を杖代わりに、なんとか立ち上がろうとしていた。その姿には、屈強な巨躯にも似合わぬ、確かな執念が滲んでいる。
「力こそが、全てだと言ったはずだ」
低く唸りながら、鉄熊は再び戦斧を構える。だが、その動きには明らかな精彩の欠如が滲んでいた。何度も刻まれた傷が、着実に体力を奪っている。
オーレリアンは荒い息を整えながら、最後の機会を見計らっていた。速さで翻弄し続けた成果が、ようやく実を結ぼうとしている。
「力だけじゃ、勝てない相手もいる」
静かに告げると、オーレリアンは剣を構え直し、最後の一撃へ向けて、地を蹴った。




