鉄の壁
拠点の中央広場に足を踏み入れた瞬間、突如として轟音が響き渡った。
視界の端、朽ちかけた石壁が内側から粉々に砕け散る。飛び散る瓦礫の破片を避ける間もなく、崩れた壁の向こうから巨大な影が躍り出た。
反応が一瞬遅れた。
砕けた石壁の破片とともに突き出された巨大な戦斧の柄が、オーレリアンの胴を鈍く打ち据える。息が詰まるほどの衝撃に、視界が大きく揺れた。身体が宙へ浮き、そのまま数メートル後方へ吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられた瞬間、肺の中の空気が一気に押し出された。
「かはっ……」
咳き込みながら、オーレリアンはどうにか身を起こす。土埃にまみれた視界の中、粉塵を割って、二メートルを優に超える巨躯がゆっくりと姿を現した。
全身を覆う重装の鎧は幾多の戦を物語るように傷だらけで、両手には巨大な戦斧が携えられている。刃渡りだけでも人の身丈に迫るほどの大きさで、それを軽々と担ぐ様は、まるで人の域を超えた怪物のようだった。
「まだ、若造か」
低く唸るような声だった。仮面の奥から覗く眼光には、明確な戦意が宿っている。
「今の一撃で、終わりだと思ったが」
戦斧を担ぎ直しながら、男は僅かに感心したような響きを滲ませた。
「名乗っておいてやる。鉄熊だ」
その名乗りには、驕りとも自負とも取れる響きが混じっていた。並の相手なら名乗る価値もないが、立ち上がってきたことへの、僅かな敬意なのかもしれない。
オーレリアンは剣を杖代わりに、痛む身体をどうにか立て直した。胴を打たれた衝撃が、まだ鈍く全身へ響いている。息を吸うだけでも、鋭い痛みが走った。
「くっ……」
呻きを押し殺しながら、剣を構え直す。想像を超える一撃の重さに、全身が警鐘を鳴らしていた。
「油断していただけだ」
強がりを込めて答えると、鉄熊は喉の奥で低く笑った。
「威勢はいいな。だが、次はこうはいかんぞ」
言葉と同時に、その巨躯が地を蹴った。想像を超える速さで距離が詰まり、振り下ろされた戦斧が、大気を切り裂きながら迫ってくる。
オーレリアンは咄嗟に横へ跳んだ。直後、彼が立っていた場所の地面が、轟音とともに大きく抉れる。土煙が舞い上がり、砕けた石片が周囲へ飛び散った。
一撃の重さに、オーレリアンは背筋が凍る思いを味わっていた。もし直撃していれば、剣で受けたところで、腕ごと弾き飛ばされていたかもしれない。
「避けるだけの度胸はあるようだな」
鉄熊は戦斧を軽々と持ち上げながら、次の攻撃へと移る。振り上げられた刃が、今度は横薙ぎに払われた。
オーレリアンは剣で受けようとしたが、伝わってくる衝撃の強さに、両腕が痺れるような感覚に襲われる。踏ん張った足が地面を滑り、体勢が大きく崩れた。
「くっ……」
呻きを漏らしながらも、オーレリアンは何とか体勢を立て直す。だが、休む間もなく次の一撃が迫ってくる。攻めの手を緩めることなく、鉄熊は容赦なく戦斧を振るい続けた。
一つ一つの攻撃を捌くだけで、精一杯だった。これまで培ってきた剣技も、この圧倒的な力の前では、防戦一方にならざるを得ない。実戦での判断力と剣技には自信があったはずのオーレリアンも、明らかに劣勢を強いられていた。
「細かい技など、意味がない」
戦斧を振るいながら、鉄熊は嘲るように告げた。
「力こそが、全てだ。お前の剣術など、俺の一撃で全て砕ける」
その言葉を裏付けるように、繰り出される攻撃には一切の容赦がなかった。躱しても躱しても、次から次へと迫ってくる巨大な刃に、オーレリアンの息は次第に上がっていく。
額から流れる汗が、目元を刺激した。視界が僅かに滲む中、それでも意識だけは研ぎ澄まそうと、オーレリアンは奥歯を噛み締める。
正面から力比べをすれば、勝ち目はない。この巨躯から繰り出される一撃を受け止め続ければ、いずれ体力が尽きてしまう。何か、別の手を見出さなければならなかった。
戦斧の一撃が、再び振り下ろされる。オーレリアンは今度もそれを躱したが、着地の瞬間、足元の不安定な瓦礫に足を取られた。
体勢が崩れる。
「隙ありだ」
鉄熊の声とともに、追撃の一撃が迫ってくる。避けきれないと悟った瞬間、オーレリアンは咄嗟に剣を盾のように構えた。
衝撃が全身を貫く。
剣を通して伝わる重さに、腕の骨まで軋むような痛みが走った。受け止めた身体ごと、後方へ吹き飛ばされる。地面を転がりながら、オーレリアンは辛うじて受け身を取った。
「な……っ」
痛みに顔を歪めながら、それでもオーレリアンは剣を杖代わりに、なんとか立ち上がる。腕の感覚が、僅かに麻痺していた。
「もう終わりか」
鉄熊は戦斧を担ぎ直しながら、こちらへゆっくりと歩を進めてくる。その足取りには、既に勝敗が決したとでも言うような、余裕すら滲んでいた。
オーレリアンは荒い呼吸を整えながら、鉄熊の動きを注意深く観察していた。
これまでの攻撃を思い返す。力は圧倒的だが、その分、動きそのものは単調だった。巨躯を活かした力任せの一撃が主体で、細かい変化に乏しい。速さで翻弄すれば、あるいは活路が見出せるかもしれなかった。
「まだ、終わってない」
痛む腕を叱咤しながら、オーレリアンは剣を構え直した。
鉄熊が再び戦斧を振り上げる。今度は、真っ向からの唐竹割りだった。
オーレリアンは受けるのではなく、横へ大きく踏み込んだ。巨大な刃が空を切り、地面を割る轟音が響く。その隙を突き、オーレリアンは鉄熊の懐へ一気に飛び込んだ。
「小賢しい真似を」
鉄熊が振り返ろうとするが、巨躯ゆえに動きには僅かな遅れが生じる。その一瞬を逃さず、オーレリアンは鎧の隙間、脇の下へ鋭い突きを放った。
手応えがあった。
「ぐっ……」
低い呻き声が漏れる。深手には至らなかったが、確かな一撃が通った証だった。
鉄熊は苛立たしげに戦斧を振り回し、オーレリアンを弾き飛ばそうとする。オーレリアンは咄嗟に後方へ跳び退り、距離を取った。
「小癪な」
低く唸る声に、これまでの余裕の色は僅かに薄れている。それでも、その巨躯から放たれる圧力は、依然として健在だった。
苦しい戦いは、まだ続いている。荒い呼吸を繰り返しながら、オーレリアンは次の好機を見出そうと、剣を握る手に力を込め直した。




