表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
69/79

動き出す影

機密文書の流出から数日が経った頃、辺境軍の詰所には新たな緊張が走っていた。


王家への報告は既に送られ、王都からの正式な返答を待つ段階に入っている。だが、悠長に構えていられる状況ではなかった。奪われた防衛計画が旅団の手に渡っている以上、これまでの布陣がいつ突かれてもおかしくない。


その朝、詰所に飛び込んできたのは、北方の国境警備を担う前哨基地からの緊急伝令だった。


「報告いたします! 国境沿いの第三哨戒所が、賊の襲撃を受けました!」


息を切らしながら告げる伝令に、作戦室の空気が一変する。地図を広げていたガイアスが、鋭い視線を伝令へ向けた。


「被害の状況は」


「哨戒所の半数が制圧され、備蓄されていた武器と食糧が奪われております。守備兵にも死傷者が出ている模様です」


淡々とした報告の中に、事態の深刻さが滲んでいる。ガイアスは地図上の該当箇所を指で叩き、険しい表情のまま黙り込んだ。


「あの場所は、防衛計画の中でも手薄な地点として記されていたはずです」


カイルが素早く反応する。奪われた文書の内容を思い返しながら、その一致に眉をひそめていた。


「奴らは、盗んだ情報をもう使い始めている」


低く呟くガイアスの声には、確かな苦さが滲んでいる。予想していたとはいえ、実際に被害が出たという事実は、これまで以上の緊張感を作戦室へもたらしていた。


オーレリアンは地図を睨みながら、拳を握り締めていた。


「すぐに、援軍を送るべきです」


丁寧な口調ながらも、そこには抑えきれない焦りが滲んでいる。哨戒所で戦っているであろう仲間たちの姿を思えば、一刻の猶予もないように思えた。


「落ち着け」


ガイアスが短く制する。


「これが、罠である可能性もある。ここで大軍を動かせば、辺境の他の拠点が手薄になる」


冷静な指摘だった。感情に任せて動けば、それこそ旅団の思う壺になりかねない。オーレリアンは奥歯を噛み締めながらも、その言葉に頷かざるを得なかった。


レオンが地図を見つめながら、静かに口を開いた。


「哨戒所への救援は必要だ。だが、規模を見極める必要がある」


次期辺境伯としての判断が、着実に下されていく。感情と冷静さを両立させながら、最善の一手を模索する姿には、家族全体を導く重みが滲んでいた。


「私が、少数精鋭を率いて向かいます」


シンクレアが、静かに手を挙げた。


「機動力を活かせば、大軍でなくとも対処できるはずだ」


その提案に、オーレリアンが素早く反応する。


「俺も行く」


「いや」


シンクレアはすぐに首を横に振った。


「お前は、ここに残れ。もし他の拠点も同時に狙われた場合、迅速に動ける戦力が必要だ」


理に適った判断だった。だが、オーレリアンの表情には、明らかな葛藤が浮かんでいる。


「危険だ」


短く漏らした言葉に、シンクレアは静かに微笑んだ。


「自分の身は、自分で守れると言っただろう」


以前にも交わした言葉だった。それでも、実際に危険な戦場へ向かうとなれば、心配が完全に消えることはない。オーレリアンはしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく頷いた。


「必ず、無事に帰ってこい」


「約束する」


短いやり取りに、互いへの信頼が確かに滲んでいる。


ガイアスは手早く救援部隊の編成を指示し始めた。腕利きの兵士数名を選出し、迅速に出立できるよう手配を進めていく。シンクレアもまた、剣を確かめながら、出立の準備に取り掛かった。


「気をつけてください」


見送りに立ったオーレリアンが、丁寧な口調で告げる。家族の前とは異なる、シンクレアへ向けたいつもの砕けた響きが、その声には確かに残っていた。


「ああ」


短く答えると、シンクレアは軽く手を振り、救援部隊と共に詰所を後にする。馬蹄の音が遠ざかっていくのを、オーレリアンはしばらくその場に立ち尽くしたまま見送っていた。


窓の外に広がる秋の空は、変わらず澄み渡っている。だが、その平穏な景色の裏側で、黒狼旅団による攻勢は、着実にその輪郭を明らかにしつつあった。


「これが、序章に過ぎないとしたら」


呟くように漏らした言葉に、傍らに立つカイルが小さく頷いた。


「本格的な決戦は、まだこれからということだろう」


その言葉が示す通り、辺境と王都を巻き込む戦いは、ようやくその幕を開けようとしていた。オーレリアンは拳を握り締め、これから訪れるであろう大きな試練への覚悟を、静かに固めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ