参謀の影
翌朝、詰所の作戦室には再びエルフレイム家の面々が集まっていた。
昨夜の斥候から得た情報を報告するため、オーレリアンは緊張した面持ちで長机の前に立っている。レオンとカイルも同席し、それぞれが真剣な表情で耳を傾けていた。
「本拠地の位置は、山岳地帯の奥、崖に囲まれた谷間です」
地図を指し示しながら、オーレリアンは丁寧な口調で報告を続けた。家族の前では、いつもの気安い調子とは異なる、辺境伯家の一員としての礼節が滲んでいる。
「天幕の数から見て、団員はかなりの規模がいると思われます。それと──」
一度言葉を切り、ガイアスへ視線を向ける。促すような眼差しに、ガイアスは重い口を開いた。
「幹部の一人に、見覚えのある顔があった」
その一言に、レオンとカイルが揃って表情を険しくする。ガイアスは五年前の戦場の記憶を、淡々と、しかし確かな苦みを滲ませながら語り始めた。
聞き終えたレオンは、しばらく黙考していた。次期辺境伯として、この情報が持つ意味の重さを慎重に量っているのだろう。
「もしその者が本当に、あの時の生き残りだとすれば」
静かな声で切り出す。
「単なる盗賊の討伐では済まされない話になる」
カイルも鋭い視線を向けながら頷いた。
「敵の内情を知る者がいるということは、それだけ厄介な相手ということです。感情的な因縁も絡んでいるとなれば、尚更」
淡々とした分析の中に、状況の複雑さへの警戒が滲んでいる。
オーレリアンは黙って兄たちのやり取りを見つめていた。実戦においては誰よりも鋭い判断力を発揮する彼も、こうした込み入った事情の読み解きには、まだ経験が及ばない。
それでも、家族の間で交わされる言葉の一つ一つを、真剣に胸へ刻み込んでいた。
「父上には、私から報告する」
レオンが立ち上がりながら告げる。辺境伯である父アルベルトへの報告は、次期当主としての務めだった。
「王家への書簡も、慎重に準備を進めよう。今回得た情報は、それだけ重要なものだ」
その言葉に、一同は静かに頷いた。
会議が一区切りついたところで、カイルがふと思案げな表情を浮かべる。
「参謀格の存在が確認できていないのが、気になりますね」
呟くような声に、ガイアスが眉を寄せた。
「捕虜の証言でも、名前までは分からなかった。ただ、指揮系統の中枢に、かなり頭の切れる人物がいるのは間違いない」
「毒事件にしろ、王都への侵入にしろ、直接的な武力ではなく搦め手を使っている点が、それを裏付けていますね」
カイルの指摘に、オーレリアンは静かに頷いた。
「相手の狙いが読めない以上、こちらも慎重に動く必要がありそうです」
丁寧な口調で告げた言葉に、レオンが小さく微笑んだ。
「お前も、ずいぶんと落ち着いた物言いをするようになったな」
からかうような響きに、オーレリアンは僅かに頬を赤らめた。
「これでも、少しは成長しているつもりです」
「その調子だ」
ガイアスが軽く肩を叩きながら言う。家族の前で見せる礼節と、戦場での実力。その両方を兼ね備えつつある弟の姿に、兄たちはそれぞれ誇らしさを滲ませていた。
会議を終えた一同が席を立とうとした、その時だった。
詰所の扉が慌ただしく開き、伝令の兵士が駆け込んでくる。
「報告いたします! 王都の方角から、緊急の早馬が」
その声に、部屋の空気が一気に張り詰めた。オーレリアンとガイアスが、揃って伝令へ視線を向ける。
「何があった」
ガイアスの短い問いに、伝令は息を切らしながら答えた。
「ローゼンタール公爵家の書庫より、機密文書らしきものが持ち去られたとのことです」
その報告に、レオンとカイルが顔を見合わせた。先日未遂に終わったはずの侵入が、今度は成功していたという事実。狙われていたものの正体が、ようやく明らかになりつつある。
「機密文書とは、具体的に何のことだ」
問い詰めるオーレリアンの声には、これまでにない鋭さが滲んでいた。
伝令は懐から一枚の書状を取り出し、恭しく差し出す。そこに記された内容へ目を通した瞬間、オーレリアンの表情が凍りついた。
「これは……」
言葉を失ったオーレリアンの様子に、ガイアスが素早く書状を覗き込む。記されていた内容は、王国北部における軍の配置と、辺境防衛の詳細な計画書だった。
「王都と辺境、両方の軍事情報を握られたということか」
低く唸るガイアスの声に、部屋全体が重い沈黙に包まれる。
これまで断片的だった黒狼旅団の狙いが、初めてはっきりとした形を見せ始めていた。単なる復讐や略奪ではない、王国そのものの軍事力を掌握しようとする、より大きな野望の輪郭が。
オーレリアンは書状を握り締めたまま、シンクレアの顔を思い浮かべていた。彼女の実家が、この事件の中心に巻き込まれている。一刻も早く、この事実を伝えなければならない。
「シンクレアに、知らせてきます」
短く告げると、オーレリアンは踵を返し、足早に部屋を後にした。
廊下を進む足取りには、これまでにない切迫感が滲んでいる。窓の外に広がる秋の空は、変わらず澄み渡っていた。だが、その平穏な景色とは裏腹に、辺境と王都を巻き込む脅威は、着実にその牙を剥き始めていた。




