結ばれた絆
薬草園での検分を終えたその日の夕刻、エルフレイム邸の一室では静かな集まりが持たれていた。
暖炉に灯された火が、ぱちぱちと乾いた音を立てている。オーレリアンはまだ本調子には遠いものの、寝台から起き上がり、背もたれに寄りかかれる程度には回復していた。頬にはようやく血の気が戻り始め、時折浮かべる苦笑いにも、いつもの調子が滲んでいる。
その傍らには、シンクレアとエメリンが並んで腰掛けていた。
昼間の出来事を報告するため、エメリンは改めてこの部屋を訪れている。薬草園を荒らされた事実、盗まれた北方毒草、柵に残された侵入の痕跡。淡々と語られる報告の一つ一つに、オーレリアンは険しい表情で耳を傾けていた。
「アスター家の名を、利用されたわけか」
呟くように漏らした言葉には、静かな怒りが滲んでいる。
「悪いな、エメリン。俺のせいで、疑われるようなことに」
「リアン様のせいでは、ございませんわ」
即座に返された声には、迷いがなかった。エメリンは膝の上で拳を握り締める。
「悪いのは、わたくしの家の薬草を悪用した者たちですもの」
その声には、これまでの令嬢らしい柔らかさとは異なる、確かな芯の強さが滲んでいた。薬師としての誇りを踏みにじられた怒りが、今もなお胸の奥でくすぶり続けているのだろう。
シンクレアは、そんなエメリンの横顔を静かに見つめていた。
昨日まで抱いていた疑念が、今では嘘のように消え去っている。それどころか、この数日を通じて、エメリンという少女への見方が、確かに変わり始めていた。恋敵として意識していたはずの相手が、今ではむしろ、信頼に足る人物として胸の内に根を下ろしている。
「これからは、区画の見回りを強化いたしますわ」
エメリンは顔を上げ、決意を滲ませた声で続けた。
「二度と、こんなことが起きないように。薬は──」
一度言葉を切り、青い瞳に強い光を宿す。
「命を救うためにあるものです。人を傷つけるための道具に貶められるなど、絶対に許しませんもの」
その言葉には、アスター家に脈々と受け継がれてきた家訓の重みが、確かに宿っていた。毒を研究するのも、それを治す術を極めるため。命を奪うための知識では、決してない。その矜持を汚された怒りが、エメリンの背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。
「頼りにしてる」
オーレリアンが、静かにそう告げる。飾らない一言だったが、そこには確かな信頼が込められていた。
エメリンは小さく頷くと、ふとシンクレアへ視線を移した。
「シンクレア様」
改まった声に、シンクレアは静かに顔を向ける。
「先程は、疑われても仕方のない状況でしたけれど……」
言葉を選びながら、エメリンは続けた。
「きちんと調べてくださって、感謝しておりますわ。もし、あのまま誤解が解けなかったら」
想像するだけで恐ろしいと言うように、エメリンは小さく身を震わせる。だが、すぐに気を取り直したように、口元へ微かな笑みを浮かべた。
「わたくしたち、これから友人としてやっていけそうですわね」
その一言に、シンクレアの胸の奥が僅かに温かくなる。
「ああ」
短く答えた声には、これまでにない親しみが滲んでいた。恋敵として構えていた関係が、事件を経て、まったく違う形へと変わり始めている。互いの信念や誠実さに触れたことで築かれた、新しい絆だった。
窓の外では、夕闇が徐々に濃さを増している。暖炉の炎が壁へ揺れる影を落とし、部屋の中には穏やかな静けさが満ちていた。
だが、その穏やかさとは裏腹に、黒狼旅団の影は依然として辺境の各所へ忍び寄り続けている。オーレリアンを狙ったのか、あるいは別の標的があったのか。真相はまだ、深い霧の向こうに隠されたままだった。
ガイアスの言葉が、シンクレアの脳裏に蘇る。
これは、序章に過ぎない。
その予感を裏付けるように、辺境の空気には、これまでにない緊張が静かに広がり始めていた。エメリンとの新たな絆を胸に抱きながらも、シンクレアの心には、これから訪れるであろう本格的な戦いへの覚悟が、確かな形を帯びていく。
暖炉の火が、また一つ小さく爆ぜた。その音に紛れるように、それぞれの胸に宿る決意が、静かに、しかし確実に固まりつつあった。




