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再会の記憶

シンクレアの名を呼んだ瞬間、胸の奥で長く張り詰めていたものが、静かにほどけた。十二年間、記憶の底へ沈んでいた光景と、今こうして目の前に立つシンクレアの姿が重なり合い、輪郭を失っていた少女がようやく一人の人間として戻ってくる。


銀色の髪も、澄んだ青灰色の瞳も、幼い自分を安心させようとした落ち着いた声も、半分に割られたパンの温かさも、傷口へ触れた指先の冷たさも、すべてが一度に胸へ押し寄せてきた。けれど、オーレリアンを突き動かしたのは懐かしさだけではなかった。


今のシンクレアを知っている。剣を捨てることを拒み、自らの誇りを守り抜いた姿を知っている。

誰よりも強くあろうとしながら、その実、他者の痛みにはひどく敏いことも知っている。

十二年前の少女と、今、妻になろうとしている女性が同じ人である。その事実があまりにも信じ難く、あまりにも嬉しくて、考えるより先に身体が動いていた。


オーレリアンはゆっくりと歩み寄り、逃げ道を奪わぬよう慎重に腕を伸ばすと、シンクレアの肩を包み込むように抱き寄せた。シンクレアの身体は一瞬だけ強張ったものの、拒むことはなかった。

衣服越しに伝わる温もりと、胸元へ触れる銀髪の感触が、これは夢ではないのだと教えてくる。

幼い自分は、別れ際に袖を掴むことしかできなかった。帰りたくないとも、もう少し一緒にいたいとも、助けてくれてありがとうとも、何一つ満足に伝えられないまま、少女の背中を見送った。

だから今度こそ、この腕の中にいる人を確かめるように、オーレリアンはそっと力を込めた。


「……運命みたいだな」


言葉にしてしまえば、ひどくありふれた響きだった。それでも、ほかにふさわしい表現が見つからない。忘れていた初恋の人と十二年後に再会し、過去を知らぬままもう一度惹かれ、求婚までしていたなど、偶然と呼ぶには出来すぎている。


胸の奥へ込み上げてくるものを押し留めるように、オーレリアンは一度ゆっくりと息を吐いた。森の湿った空気には、苔と土と若葉の匂いが混じっている。

十二年前も同じ香りの中で、幼い自分はシンクレアを見上げていたのだろう。

あの時は、また会えると疑いもしなかった。王都へ滞在していたのはほんの短い期間であり、森での出来事のあと、オーレリアンはすぐに辺境の実家へ戻らなければならなかった。

それでも子どもだったオーレリアンは、次に王都へ来た時、この森を訪れればきっと会えると信じていた。別れ際に交わした言葉があったからである。けれど、辺境から王都までは遠く、五歳の子どもの願いだけで行き来できる距離ではない。再び王都を訪れる機会は訪れず、季節だけが容赦なく巡っていった。


「あの日のあと、俺はすぐ辺境へ帰ったんだ。王都へ来ていたのは少しの間だけだったから、もう一度この森へ来ることもできなかった。でも、その時の俺は、また王都へ来ればお前に会えるって本気で思ってた」


幼い自分がどれほどその日を待っていたのか、今になって思い出す。辺境へ戻る馬車の中で、遠ざかる王都の城壁を何度も振り返った。

次はいつ来られるのかと父へ尋ねたこともあった。けれど、大人たちには大人たちの事情があり、辺境で暮らすオーレリアンの日々もまた、次第に忙しさを増していった。

剣の稽古が始まり、領地を知り、守るべき人々の暮らしを学び、年を重ねるほどに背負うものが増えていく。


その間にも、森で出会った少女の記憶は少しずつ遠ざかった。

初めの頃は、銀色の髪も、涼やかな目も、パンを割る細い指もはっきりと思い出せた。

眠る前に目を閉じれば、少女の声まで聞こえるような気がした。けれど一年が過ぎ、二年が過ぎ、さらに幾つもの季節を越えるうちに、顔の輪郭から先に曖昧になっていった。

声が薄れ、表情が消え、最後には名前さえ、掴もうとすれば霧の向こうへ逃げていくようになった。忘れたくはなかった。自分を助けてくれた大切な人なのだから、忘れてはいけないと何度も思った。それでも人の記憶は、意志だけで守り切れるほど確かなものではなかった。思い出そうと力を込めるほど、かえって細部が崩れ、いつしか夢の出来事だったのではないかと疑う瞬間さえ生まれた。

そのことが悔しく、情けなかった。けれど、すべてが薄れていく中でも、最後まで消えないものが一つだけあった。


「顔も声も、少しずつ思い出せなくなった。名前も、いつの間にか曖昧になってた。忘れたくなかったのに、時間が経つほど遠くなって……でも、不思議なんだ。頭の片隅では、ずっと思ってた。また会いたいって」


それは記憶というより、祈りに近かった。日々の暮らしの中で常に意識していたわけではない。それでも、ふとした瞬間に胸の奥から浮かび上がった。


森の匂いを嗅いだ時、銀色の髪を持つ誰かを遠目に見かけた時、怪我をした子どもへ手を差し伸べる人を見た時、理由もなく少女の面影を探していた。

今頃どこで何をしているのだろう。幸せに暮らしているだろうか。もう一度会えたなら、あの日言えなかった礼を伝えたい。


そんな願いだけが、十二年という長い歳月の底で、消えずに残り続けていたのである。だからこそ、今この腕の中にいるシンクレアの存在が信じられないほど愛おしかった。

しかも、オーレリアンは彼女があの少女だと知るより先に、今のシンクレアへ恋をしている。記憶に導かれたわけではない。初恋の続きを求めたわけでもない。婚約を破棄されてもなお剣を手放さず、自らの生き方を曲げようとしなかった彼女に惹かれた。強さの奥にある優しさを知り、不器用な誠実さを愛おしいと思い、隣を歩きたいと願った。

その末に求婚し、妻になってほしいと望んだ相手が、十二年前から心の片隅で探し続けていた少女だった。


オーレリアンは抱き締める腕をわずかに緩め、間近にあるシンクレアの顔を見つめた。青灰色の瞳にはまだ驚きが残っているものの、その奥には拒絶とは異なる静かな熱が宿っていた。幼い日の少女はもういない。

けれど、あの時と変わらない優しさは、今の彼女の中にも確かに息づいている。そしてオーレリアンが愛したのは、そのすべてだった。


「俺は、お前があの時の子だったから好きになったんじゃない。何も覚えていなくても、もう一度お前に惹かれた。今のお前を好きになって、妻になってほしいと思った。そのあとで、お前が初恋の人だったって分かったんだ」


言葉にするほど、胸の中の確信は深くなっていった。もし記憶を取り戻さなかったとしても、オーレリアンはシンクレアを選んでいただろう。その事実が何より嬉しかった。十二年前の少女を追い求めた結果ではない。今のシンクレアを愛した先に、過去の彼女がいたのである。長く途切れていた道が、本人たちの知らぬところで再び繋がっていた。

その奇跡を思えば、頬が緩むのを止められなかった。オーレリアンはもう一度シンクレアを抱き寄せ、今度は先ほどよりも穏やかに、その温もりを胸へ収めた。


「やっぱり、運命だったんだな」


シンクレアはすぐには何も答えなかった。ただ、しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと額をオーレリアンの肩へ預けた。その小さな動きだけで十分だった。森を渡る風が二人の髪を揺らし、遠くで小川のせせらぎが絶え間なく続いている。

十二年前、果たされなかった再会の約束は、忘却も距離も長い歳月さえ越え、ようやく今、この王都の森で静かに結ばれた。


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