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22/97

似ている二人

公爵邸へ到着した馬車が正面玄関の前で止まる頃には、陽はすでに西へ傾き始めていた。


車輪の軋む音が途切れ、代わりに御者台から人が降りる気配が伝わってくる。ほどなくして、扉の向こう側で複数の足音が重なった。先に戻った騎士から、見張り台で起きた襲撃について報告が届いていたのだろう。


負傷者を運ぶための担架。


治療に使う布や薬。


屋敷に仕える治癒術師たち。


待ち構えていた者たちの声が、扉一枚を隔てた外側を慌ただしく行き交っている。


シンクレアは、その音を聞きながらも、すぐには席を立たなかった。


視線の先には、簡易寝台へ横たわるオーレリアンがいる。


そして、寝台の端では、二人の手がまだ重なっていた。


眠っている間、オーレリアンが強く握り返してきたことは一度もない。指先が触れているだけだった。

それでも馬車が窪みを越え、大きく揺れるたびに、離れることを恐れるように僅かな力が加わった。


そのたび、シンクレアは無意識に彼の手を握り返していた。


目を覚ましていないことを確かめてから、また少しだけ指の力を緩める。


それを何度繰り返したのか、数えてはいなかった。


屋敷へ着けば離さなければならない。


人目があるからではない。


オーレリアンを治療のために運び出すには、このままでいるわけにはいかなかった。


分かっている。


それなのに、指を解くという僅かな動作を、どうしてかすぐに選べなかった。


馬車の中で、誰にも聞かれないように口にした言葉が胸へ残っている。


今度は、一人にしないのは私の方かもしれない。


あれは眠る相手へ向けた独り言だった。


オーレリアンが聞いていなかったことには安堵している。もし耳へ届いていたなら、彼はきっと喜びを隠さなかっただろう。もう一度言ってほしいと、金色の瞳を輝かせて頼んできたかもしれない。


その姿を思い浮かべると、困るはずなのに、胸の奥へ小さな温かさが生まれた。


扉が外側から開かれる。


夕方の光が狭い馬車の中へ差し込み、オーレリアンの瞼が僅かに震えた。


シンクレアは反射的に手を離そうとした……が、指を解くより先に、伏せられていた瞼がゆっくりと持ち上がる。


「……着いた?」


掠れた声だった。


寝起きのためか、普段よりもずっと幼く聞こえる。


シンクレアは重なっていた指を、今度こそゆっくりと解いた。


「ああ。公爵邸だ」


オーレリアンは何度か瞬きをした。


まだ意識が完全に戻っていないらしく、焦点の定まらない目で天井を見つめ、それから自分の手へ視線を落とす。


眠る前にはなかった温もりが残っていることへ、気づいたのだろう。


手からシンクレアへ視線が移る。


何かを尋ねようとした顔だった。


シンクレアは先回りするように立ち上がる。


「治癒術師が待っている。動くな」


「今、手を──」


「動くなと言った」


低い声で遮ると、オーレリアンは口を閉じた。


それでも諦めたわけではないらしい。金色の瞳には、明らかな好奇心が残っている。自分が眠っているあいだに何があったのか、確かめたくて仕方がないのだろう。


こういうところが、妙にキララと似ている。


気になるものを見つければ、納得するまで目を離さない。構ってほしいと強く求めるわけではないが、相手が振り向くまで近くに留まり続ける。


嬉しいことがあれば隠せない。


拒まれれば一度は退く。


しかし、完全には諦めない。


そんな考えが浮かんだ直後、開かれた扉の下から白い頭が突き出された。


「わうっ」


噂をすれば──キララだった。


扉を開けた従者の脇へ身体を押し込み、馬車の中を覗き込んでいる。まずシンクレアの姿を確認し、次に寝台へ横たわるオーレリアンを見つけた。


黒い瞳が大きくなる。

その直後、前脚が馬車の床へ掛けられた。


「キララ、待て」


制止するより早く、白い身体が狭い馬車の中へ飛び込んできた。


勢いのままオーレリアンへ駆け寄ろうとする。

傷ついた背中へ飛びつけば、痛みが走る。


シンクレアが腕を伸ばしたが、キララはその手をひらりとすり抜けた。寝台へ飛び乗る寸前で身体を捻り、オーレリアンの顔の横へ前脚をつく。


「キララ、背中は駄目だ」


オーレリアンも慌てて身体を起こしかけた。


直後、痛みに顔を歪める。


それでもキララを遠ざけようとはせず、伸ばされた鼻先を片手で受け止めた。


キララは彼の頬へ何度も鼻を押しつけた。


匂いを確かめるように顔の周囲を嗅ぎ、首元から肩へ鼻先を滑らせていく。舐めようとして顔を背けられれば、反対側へ回り込んだ。


「無事だ。俺は大丈夫だから」


宥める声にも、キララは納得しなかった。


鼻を鳴らし、自分の目で怪我の場所を確かめようと、さらに身体を乗り出す。


オーレリアンが掌で鼻先を押し戻すと、その手へ今度は頬を擦りつけた。


「そこは痛いから駄目だって」


「わう」


返事だけは立派だった。

次の瞬間には、また寝台の奥へ回り込もうとしている。


「絶対に分かってないだろ」


オーレリアンも似たようなものだった。


シンクレアが無事だと告げても、傷がないか何度も確かめた。馬車へ同乗しなくてもよいと言いながら、彼女が乗り込めば喜びを隠せず、眠る前には目を覚ましたときもいてほしいと念を押した。


目の前で並ぶ二人を見つめるうち、シンクレアの胸へ可笑しさが込み上げてくる。


キララはオーレリアンの胸元へ顎を置いた。


オーレリアンも困り果てたような顔で、シンクレアを見上げる。


その表情まで、よく似ていた。


最初は口元が僅かに緩んだだけだった。


だが、二人がほとんど同時に首を傾げた瞬間、堪えきれなくなった。


「ふっ」


小さな笑いが漏れる。


自分の声へ、シンクレア自身が驚いた。


笑おうとしたわけではない。


社交の場で形だけ整える微笑とも違う。家族やキララの前で、ごく稀に零れるだけの、作っていない笑いだった。


オーレリアンの前でそれが出たことへ気づき、すぐに口元を引き締めようとする。


しかし、遅かった。


オーレリアンは痛みさえ忘れたように目を見開いている。


キララまで動きを止め、二人揃ってシンクレアを見つめていた。


「今、笑った」


「笑っていない」


朝と同じ言葉を返した。


今回は、自分でも無理があると分かっていた。


オーレリアンの顔には、訓練場で一本を取ったとき以上の喜びが浮かんでいる。


「いや、笑っただろ。声も聞こえた」


「聞き間違いだ」


「キララも聞いたよな?」


同意を求められたキララが、元気よく尾を振った。


「わうっ」


「ほら」


「お前たちは、いつから共謀するようになった」


眉を寄せると、オーレリアンはますます嬉しそうに笑った。


その隣でキララも口を開き、同じように楽しげな顔をしている。


改めて並べて見ると、本当によく似ていた。


外見はまるで違う。


オーレリアンは黒髪と金色の瞳を持つ長身の青年であり、キララは白い毛並みを持つわんるんもんだ。


それでも、感情の表れ方が同じだった。


嬉しければ全身で喜ぶ。


気になる相手へは迷わず近づく。


少し距離を置かれても、それだけで嫌われたとは考えない。


自分が相手を好いているという事実を、疑うことなく抱えている。


「お前はキララに似ているな」


考えていたことが、そのまま口から出た。


オーレリアンが瞬きをする。


「俺が?」


「ああ」


「どこが?」


真剣に尋ねる顔まで似ている。


シンクレアは再び笑いそうになるのを堪え、キララへ視線を向けた。


白い身体はオーレリアンの脇へ寄り、彼の腕の下へ頭を潜り込ませている。オーレリアンも無意識に首元を撫でており、二人とも満足そうだった。


「人懐っこくて、感情がすぐ顔に出る」


「キララは顔だけじゃなく、尾にも出るだろ」


「お前にも尾があれば、今頃同じように振っていると思う」


馬車の外で、従者が噴き出した。

すぐに咳払いで誤魔化したが、肩が僅かに震えている。


オーレリアンは自分の腰の後ろを確かめるように目を向けた。


「さすがに尾はない」


「分かっている」


「でも、あったら振ってると思う?」


「今は間違いなく振っているだろうな」


シンクレアは真顔で答えた。


オーレリアンはしばらく黙っていた。


怒ったわけではないらしい。


キララに似ていると言われたことを、褒め言葉として受け取ってよいのか迷っている顔だった。


「それは、喜んでいいのか?」


「キララは私の家族だ」


短く答える。

それ以上の説明はしなかった。


けれど、言葉を口にした瞬間、その意味が自分の胸へも返ってきた。


キララは、ただ飼っている存在ではない。


幼い頃から共に育ち、孤独な時間にも寄り添い、幾度も危険から守ってくれた家族である。


誰より信頼し、取り繕わずにいられる相手だった。


そのキララに似ていると告げた。


オーレリアンも、そこに含まれたものへ気づいたのだろう。


金色の瞳から戯れの色が消え、静かな喜びへ変わった。


「それなら、嬉しい」


余計な意味を加えることなく、差し出された分だけを受け取った。


シンクレアは視線を逸らす。


好意を勝手に大きく解釈するのではない。


小さなものでも見落とさず、大切そうに受け取る。


その姿を見ていると、自分も少しくらい正直になってよいのではないかと思えてくる。


「ただし、キララの方が聞き分けはいい」


「それはないだろ」


オーレリアンが即座に反論した。


同時にキララが腕の下から頭を抜き、また背中の方へ回り込もうとする。


オーレリアンは慌てて白い身体を押し止めた。


「ほら。そこは痛いから駄目だって」


「わう」


「返事だけはいいんだよな」


キララは押し戻されると、今度は反対側から覗こうとする。

オーレリアンは痛みを堪えながら身体を捻り、その進路を塞いでいた。


その様子を見て、シンクレアの口元がまた緩む。


今度は隠さなかった。


声を立てるほどではない。


それでも、確かに笑っていた。


オーレリアンが動きを止める。


「また笑った」


「今度は否定しない」


「俺を見て?」


「お前たちを見てだ」


「どちらでも嬉しい」


答えと同時に、顔へ満面の笑みが広がった。


もし本当に尾があれば、馬車の壁へ何度もぶつけているに違いない。


そう思った途端、シンクレアはとうとう堪えきれず、先ほどより明確な笑い声を漏らした。


「本当に、よく似ている」


ごく短い笑いだった。


朝、訓練場で剣を振るう姿は凛々しかった。

魔物と戦う姿は頼もしかった。


それが今、自分とキララを見て笑う彼女は、そのどれとも違う。

肩の力が抜け、目元が柔らかく細まり、普段はきりりと結ばれている唇が自然にほころんでいる。

冷たいと言われ続けた表情はどこにもなく、年相応の女性らしい穏やかさだけがそこにあった。


その笑顔を見つめたまま、オーレリアンはしばらく言葉を失っていた。


見つめられていることへ気づき、シンクレアの笑みが少しずつ薄れた。


「何だ」


オーレリアンは一度視線を逸らしかけたが、途中でやめる。

誤魔化さずに伝えることを選んだらしい。


「もっと見たいと思った」


「何をだ」


「笑っている顔」


言葉を向けられ、シンクレアの表情が固まる。

オーレリアンはすぐに続けた。


「無理に笑ってほしいわけじゃない。今みたいに、自然に笑った顔をまた見られたら嬉しい」


「お前が妙なことをしなければ、そう簡単には笑わない」


「なら、妙なことをすればいいのか?」


「そういう結論へ至るところが、キララに似ていると言っている」


叱られても、オーレリアンは嬉しそうだった。


シンクレアは小さく息を吐く。


呆れてはいるが、不快ではない。


外では、担架を持った使用人たちが待っている。

いつまでも馬車の中で話し続けるわけにはいかなかった。


シンクレアが扉へ視線を向けると、オーレリアンもようやく状況を思い出したらしい。


「自分で歩ける」


「駄目だ」


「玄関から客室までだろ」


「背中を打った負傷者が、無理をする必要はない」


「担架で運ばれる方が恥ずかしい」


「魔角熊へ飛び込むことは恥ずかしくなくて、担架は恥ずかしいのか」


「戦うのと運ばれるのは違う」


オーレリアンは寝台から起き上がろうとした。


肩を浮かせた瞬間、背中へ痛みが走ったのだろう。


呼吸が止まり、眉間へ深い皺が寄る。


それでも何事もなかったように身体を起こそうとするため、シンクレアは片手を彼の胸元へ置いた。


強く押したわけではない。


オーレリアンも本気では逆らわず、すぐに寝台へ戻った。


「言うことを聞け」


「……はい」


先ほどまで反論していたとは思えないほど素直な返事だった。


シンクレアは眉を上げる。


「急に聞き分けがよくなったな」


「クレアが近いから」


一瞬、意味が分からなかった。


次いで、自分がオーレリアンの胸元へ手を置き、顔を覗き込むような姿勢になっていることへ気づく。


距離が近い。


訓練場で一歩退いたときよりも、ずっと近い場所にいる。


金色の瞳へ、自分の顔が映っていた。


それよりも先に、耳へ残った呼び方がある。


クレア。


初めて、彼の口から愛称で呼ばれた。


「誰がクレアと呼んでよいと言った」


シンクレアはすぐに身体を離した。


オーレリアンは叱られた子どものように瞬きをする。


「駄目だったか?」


「駄目だ」


「家族はそう呼ぶんだろ?」


「家族だからだ」


「なら、家族になったら呼んでいい?」


求婚の答えを迫る声音ではなかった。


本当に、ただ疑問へ思ったことを口にしただけなのだろう。


それでも、その問いが持つ意味は大きい。


結婚すれば、オーレリアンも家族になる。


そのときには、彼もクレアと呼ぶ。


彼の中では、それが無理に作った未来ではなく、ごく自然なものとして存在しているらしい。


シンクレアはすぐに否定できなかった。


「……そのときに考える」


ようやく返す。


オーレリアンの表情が明るくなる。


「駄目とは言わなかった」


「今は駄目だと言った」


「今は、だろ?」


言葉尻を拾われ、シンクレアは目を細めた。


やはり聞き分けがよいとは言えない。


キララも駄目だと告げれば一度は止まるが、別の方向から同じことを試そうとする。


オーレリアンも、まったく同じだった。


「キララ」


シンクレアは白い身体へ声を掛ける。


「わう?」


「お前と同じで、面倒な男だな」


キララは同意するように一声鳴いた。

オーレリアンが不満そうに眉を寄せる。


「俺よりキララの方が面倒だろ。さっきから背中を嗅ごうとしてる」


「キララは心配しているだけだ」


「俺だって、あんたを心配しただけなのに怒られた」


「お前はその結果、怪我をしたからだ」


「キララだって血だらけだろ」


「ほとんど魔物の血だ。傷はない」


シンクレアがキララの毛を確かめながら答えると、オーレリアンも心配そうに白い身体へ視線を向けた。


自分が治療を受ける状況でも、すぐにキララの状態を気に掛ける。


やはり、似ている。


互いを心配し、自分のことは後回しにするところまで同じだった。


シンクレアはキララの頭を撫で、そのままオーレリアンへ目を向ける。


「お前も、この程度には大人しくしていろ」


「キララはまったく大人しくない」


「少なくとも、担架から逃げようとはしない」


「担架へ乗せたことがないだろ」


「では試すか?」


「俺を先に運んでくれ」


ようやく観念したらしい。


外で待っていた使用人たちが馬車へ入り、慎重にオーレリアンの身体を担架へ移した。


背中を動かすたび痛むのか、彼は何度か眉を寄せた。


それでも今度は、自分で立とうとはしない。


担架が持ち上げられると、キララがすぐ横へついた。


オーレリアンの顔を見上げながら、歩調を合わせて進み始める。


シンクレアも、その反対側へ並んだ。


正面玄関には、ローゼンタール公爵夫妻とシンクレアの兄、そしてアルベルトが待っていた。


公爵夫人は、まず娘の姿を確認する。


身体に目立った傷がないと分かると、胸元へ片手を添え、安堵したように息を吐いた。


続いて、担架へ横たわるオーレリアンへ視線を移す。


アルベルトも息子の姿を見るなり表情を険しくした。

意識があり、口を利ける程度には元気だと分かると、余計な問いは挟まず治療を優先するよう命じる。


「歩けたんですが、シンクレアが許してくれなくて」


担架の上から、オーレリアンが訴えた。


アルベルトは息子ではなく、シンクレアへ向かって深く頷く。


「正しい判断だ。こいつは昔から、怪我を隠して動こうとする」


「父上まで」


「黙って運ばれろ」


短く切り捨てられ、オーレリアンは不満そうに口を閉じる。


その顔を見た公爵夫人が、口元へ柔らかな笑みを浮かべた。


「キララとよく似ていますね」


思いがけない言葉に、シンクレアは母を見た。


公爵夫人は、担架の脇から離れないキララと、横たわるオーレリアンを交互に眺めている。


「どちらも心配性で、自分の怪我は気にせず、大切な方のそばを離れたがらないところが」


母の指摘は、先ほどシンクレアが感じたものと同じだった。


オーレリアンが驚いた顔で彼女を見る。


「シンクレアにも言われました」


「まあ」


公爵夫人は嬉しそうに娘へ顔を向けた。


「クレアがそのようなことを言うなんて、珍しいわね」


家族の前で愛称を呼ばれること自体は、珍しくない。


しかし先ほどオーレリアンが同じ呼び方をしたばかりだったため、必要以上に意識してしまう。


彼を見る。


担架の上で、明らかに聞き耳を立てていた。


「今はシンクレアだ」


先に釘を刺す。


「何も言っていない」


「顔が言っている」


「やっぱり俺、そんなに顔へ出る?」


「尾がない分、キララよりは分かりにくい」


「少しは分かりにくいんだな」


なぜか満足そうに頷く。


シンクレアはまた笑いそうになった。


今度は家族の目があるため、口元を抑える。


目敏い母には気づかれたらしい。

驚きと喜びが混じった視線を向けられ、シンクレアは追及される前に使用人へ向き直った。


「客室へ運んでくれ。治癒術師の診察が終わるまで、動かさないように」


「承知いたしました」


担架が屋敷の中へ進んでいく。


オーレリアンは運ばれながらも、何度もシンクレアを振り返った。


彼女がついてきていることを確かめているのだろう。


そのたびに、キララも同じように顔を後ろへ向けた。


右からオーレリアン。


左からキララ。


ほとんど同じ瞬間に振り返り、シンクレアの姿を見つけると、安心したように前へ戻る。


それを何度か繰り返す。


あまりにも動きが揃っていた。


シンクレアは、とうとう声を抑えられなかった。


「ふふっ」


今度は、誰の耳にも届く笑いだった。


廊下にいた使用人たちが驚いて振り返る。


父も兄も目を見開き、母は口元へ手を添えた。


シンクレアが人前で声を立てて笑うことなど、家族でさえ滅多に見たことがない。


オーレリアンは担架の上で、身体を起こしかけた。


「今、また笑った」


「起きるな」


「ちゃんと見たくて」


「前を向け」


「運ばれているから、前を向いても天井しか見えない」


そう言いながら、まだこちらを見ている。


その隣ではキララも足を止め、尾を振りながらシンクレアを見上げていた。


また同じ顔をしている。


シンクレアは目元へ残った笑いを隠さず、二人へ告げた。


「本当に、お前たちはそっくりだな」


オーレリアンは一瞬呆けた。


やがて、眩しいほど嬉しそうに笑う。


キララもそれへ応えるように、大きく尾を振った。


二人の姿を見つめていると、戦いのあとから胸へ残っていた冷たいものが、少しずつ溶けていく。


オーレリアンは生きている。


笑っている。


今も、自分のそばにいる。


それだけで、自然と口元が緩んだ。


こんなふうに笑えたのは、いつ以来だっただろう。


シンクレアは答えを探さなかった。


今はただ、並んで進んでいく黒髪の青年と白いキララの背を見ながら、その笑みを消さずに歩き続けた。


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