俺と結婚してください 9
「さて」
アルベルトがティーカップを静かにソーサーへ戻した。
陶器が触れ合う小さな音が、応接室の静けさへ溶けていく。
「本日は、お忙しいところお時間をいただき感謝いたします」
「こちらこそ」
ローゼンタール公爵は穏やかに頷いた。
「辺境の警備状況について直接お話を伺える機会は貴重です。ぜひ参考にさせていただきたい」
「近頃は北方でも魔物の動きが活発になっております。国境付近の巡回頻度も以前より増やしました」
アルベルトの言葉に、公爵も神妙な面持ちになる。
「こちらでも報告は受けています。幸い領内への被害はありませんが、備えは必要でしょうな」
そこからしばらくは、当主同士の話が続いた。
街道警備の配置。
魔物の生息域の変化。
王都から届く通達について。
領主同士だからこそ交わせる情報交換だった。
オーレリアンは静かに耳を傾ける。
シンクレアもまた、必要な時だけ短く言葉を添えながら話を聞いていた。
やがて話題が一段落する。
穏やかな沈黙が応接室を包んだ。
その空気を破ったのは、アルベルトだった。
「……もっとも」
その一言に、全員の視線が自然と集まる。
アルベルトは柔らかな笑みを浮かべたまま、公爵を見つめた。
「本日伺った理由は、それだけではありません」
ローゼンタール公爵が僅かに眉を上げる。
「ほう?」
「もう一つ、息子から直接お話ししたいことがあるそうでして」
そう言うと、アルベルトは隣に座るオーレリアンへ静かに視線を向けた。
「リアン」
突然名前を呼ばれたオーレリアンは、ゆっくりと背筋を伸ばす。
胸の鼓動が大きく鳴る。
兄たちの言葉が頭をよぎった。
──飾るな。
──いつものお前で行け。
アルベルトはそれ以上何も言わない。
ここから先は、自分の役目ではない。
そう信じて送り出す父の眼差しだった。
オーレリアンは小さく息を吸うと、静かに立ち上がる。
部屋中の視線が集まる。
ローゼンタール公爵。
公爵夫人。
シンクレア。
そして、足元で見守るキララ。
誰一人として口を開かない。
静寂の中、オーレリアンはシンクレアを真っ直ぐ見つめた。
王城の大広間で、遠くから見送ることしかできなかった女性。
その人が今、自分の言葉を待っている。
オーレリアンは一歩前へ進み、深く一礼した。
「突然このようなお時間をいただき、申し訳ありません」
ゆっくりと顔を上げる。
金色の瞳に迷いはなかった。
「今日は、シンクレア様にお伝えしたいことがあって参りました」




