表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/80

俺と結婚してください 7

扉が勢いよく開く。

真っ白な毛並みが、応接室へ飛び込んできた。

ふわり、と風が舞う。

春の野を吹き抜けるような優しい風だった。

紅茶の香りへ、どこか草花を思わせる清々しい匂いが混ざる。

応接室にいた全員の視線が、一斉に入口へ集まった。


「わふっ!」


嬉しそうな鳴き声がもう一度響く。


わんるんもん。


柔らかな白い毛並み。

耳元と背中に淡い青色を宿し、大きな尻尾には光の渦を思わせる模様が揺れている。

オーレリアンは思わず目を見開いた。


(……綺麗だ)


王都でも魔物を見る機会はある。

軍人として討伐へ赴くことも少なくない。

だが、目の前のわんるんもんは、魔物という言葉から連想する姿とはあまりにも違っていた。


警戒心は感じられない。

敵意もない。


大きな瞳は好奇心に満ち、今にも尻尾を振り回しそうなほど嬉しそうだった。


その視線は──。

真っ直ぐ、オーレリアンだけを見つめていた。


「……え?」


思わず小さく声が漏れる。

初対面のはずだ。

それなのに、わんるんもんは迷うことなくこちらへ駆けてくる。

たったったっ、と軽快な足音。

床を滑るように近付き、そのままオーレリアンの膝元でぴたりと止まった。

黒く潤んだ鼻先が礼服へ近付く。


くん。


くんくん。


匂いを確かめるように、小さく鼻を鳴らした。

オーレリアンは身じろぎ一つできなかった。

こんなに近くで見るのは初めてだ。

腰より少し高い位置にある頭。

ふわふわの毛並み。

思わず触れたくなるほど柔らかそうだった。


その時だった。


わんるんもんの耳が、ぴん、と立つ。

丸い瞳がさらに大きく見開かれた。


「……わふ?」


不思議そうな声。

次の瞬間。


「わふぅぅぅっ!!」


応接室中へ響くほど嬉しそうな鳴き声が弾けた。

大きな尻尾がぶんぶんと左右へ揺れる。

あまりの勢いに風が巻き起こり、テーブルクロスの端がふわりと浮いた。

尻尾へ浮かぶ淡い光の模様も、楽しげに明るく輝き始める。


「お、おい……?」


オーレリアンが戸惑っている間にも、わんるんもんは身体をすり寄せ、鼻先で腕をつつき始めた。

甘えるように。

確かめるように。

まるで、ずっと会いたかった相手へ再会したかのように。


「キララ?」


穏やかな男性の声が響く。

ローゼンタール公爵だった。

その声を聞いても、キララは振り向かない。

視線はオーレリアンから一瞬たりとも離れなかった。


「珍しいな」


公爵が小さく笑う。


「キララは誰にでも懐く子ですが、ここまで喜ぶことは滅多にありません」


オーレリアンは困ったように笑うしかなかった。


「俺……何かしましたか?」


「いいえ」


公爵夫人も不思議そうに首を傾げる。


「初めて見る反応です」


その時だった。

廊下から、今度はゆっくりとした足音が近付いてきた。

先ほどまでの軽やかな足音とは違う。

規則正しく。

落ち着いた足取り。


一歩。


また一歩。


近付くにつれ、応接室の空気が少しだけ静まっていく。

キララもぴくりと耳を動かした。

扉の前で足音が止まる。

控えめなノックが三度。

公爵が静かに口を開いた。


「入りなさい」


ゆっくりと扉が開く。

差し込んだ光の中へ、一人の女性が姿を現した。

銀色の長い髪が、窓から吹き込む風を受けてさらりと揺れる。

黒を基調とした礼装。

女性らしい華美な装飾はなく、騎士を思わせる端正な立ち姿。

背筋は真っ直ぐ伸び、その青灰色の瞳は静かに部屋を見渡していた。

その姿を見た瞬間、オーレリアンの時間が止まる。

忘れるはずがなかった。


一年前。


王城の大広間で見送った、あの背中。

胸へ焼き付いた姿が、そのまま目の前に立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ