7. 嗅覚
「満月の夜に、コーファ港……」
考え込むように、ルースが神妙な顔で席につく。
「次の満月なら、三日後ですね」
「そうだったか?」
「そうです」
きっぱりと言うルースは、じっとリネーネを見た。
「その情報屋に僕は会ったことがないのですが……信用できるんですよね?」
「情報は正確だな。お前も、一度彼の情報をもとに行った先で、加護の解放を見ただろ」
「破壊、の間違いじゃないですか?」
ルースの声には明らかに「嫌いだ」という感情が籠もっている。
ちらりと見れば、その澄んだ青空色の目がほんの少し陰っていた。
「ひどいものでした。周りを吹き飛ばすような勢いで……もしあれが海でなければ、あの一体は光に飲み込まれて、消えていたと思います。リネーネ様がいなかったら……」
「だから、彼は知らせに来るんだよ。信用できるかできないかの前に、その情報が正しいことが重要だろう?」
「じゃあ、なぜ知らせに来るんです?」
もっともだ。
以前彼が来たときは、まだルースが務めにいっぱいいっぱいだった十七歳。
リネーネが指定した座標に跳んだあとの出来事に、ショックを受けていた。その衝撃に、当時は疑問も浮かばなかったのかもしれないが、今のルースは違う。
「なぜ、その情報屋は、銀の反逆者を僕らに突き出すんです」
「エミリア」
「!」
「名前はエミリア。知ってるだろう?」
試しに嫌がりそうな言葉を使ってみれば、穏やかなはずの表情が年相応に歪んだ。
「情報屋は、あいつの……」
「エミリア」
「それの……仲間なんですか」
「まあ、そんなものだ」
頑なに名前を言わないルースは「なんで仲間が知らせに来るんですか」とか「エミリアの目的はなんですか」とも言いたそうな顔はしていたが、名前を呼ばされると察しているのか、むすっと口を閉じた。
「そんなに嫌いか」
「はい」
ふふ、とリネーネが笑うと、訝しむような目が向けられる。
「その辺の事情を、祖父は……知っていましたか?」
「知っていた。付き合いが長かったからね」
なんで、と言われる前に先に理由を話せば、今度はむくれたような顔になる。
「なぜ僕には教えてもらえないんですか」
「私の覚悟がないから」
リネーネは窓の外から見える真夜中の星空を見ながら、今言える精一杯を言葉にした。
「お前に、私とエミリアの話をする覚悟がない。申し訳ない」
目を見て言うこともできない。
言うことで何かが大きく変わるとも思えないが、それについて言葉にすることは、大きな負担となることは確かだった。
何よりも、言えない。
生者から加護を奪い取り、死に追いやっているエミリアを大切に想っている、だなんて。
「……わかりました」
ルースは静かに引いた。
「すみません。つい、問い詰めるようなことを」
「ふふ。本当だね。まあいいさ」
「だって、男性が来るなんて。誰だろうって思ったら、なんかもうモヤモヤして」
「……本当にすごい嗅覚だね……」
苦笑するリネーネは、テーブルに頬杖をついて話題を変える。
「で。実家はどうだった?」
「……リネーネ様の予想取り、兄がすでに〝加護を授かったことによる消滅〟であることを突き止めていました。こちらに連絡をする寸前だったそうです。王城付近は、捜索隊があちらこちらに……」
「そうか」
「久しぶりに見て、少し、驚きました」
ルースがテーブルの上でギュッと手を握る。
「加護を持った人が死を迎えたとわかったら、みんな家に閉じこもってて──加護を持つ人は一箇所に集められていました。加護を持たぬ人々に死者かどうか疑われて……攻撃、されるから、と」
「王都は変わらないね。ここは長閑だから忘れてしまうけれど、それが普通の反応だよ」
「……はい」
死者は、自分が死んだことにも気づかないが、周囲もそれに気付けない。
不可解な力である加護が作用して初めて「加護持ちが暴走を始めている」ことがわかる。今朝会った少女の死者も、あのままであれば無邪気に加護を使い、その反作用を世界にもたらしたことだろう。
加護を持つ者は、常に疑われ続ける。
もう、死んでいるんじゃないだろうか。
生者か死者かを確かめるために、胸を貫いてみようか、と。
「リネーネ様」
「……ん?」
「彼女のご両親に、すでにリネーネ様が浄化されたことをお伝えしたら、心から安心されていました。感謝を伝えてほしい、と」
「わかった」
短く答えると、ルースはほっと息を吐いて、背を正した。
「僕はリネーネ様を信じて、三日後にコーファ港にお連れします。それで、いいですか?」
「ありがとう」
「いえ。では、兄に連絡を」
「だめだ」
リネーネは鋭く止めた。
「お前の兄には、連絡するな」
「……リネーネ様」
「誰かに知られれば、あいつは絶対に来ない。そうなると、あいつが保持する加護がどこかで暴発する可能性もある」
半分本当で、半分は嘘だった。
エミリアは警戒されると絶対に来ない。むしろ、嫌がらせのように王都に出向いて、そこで集めた加護を解放しかねない。
手を出すな、という警告のためならば、間違いなくやるだろう。
それどころか、復讐の機会を得たとばかりに微笑むに決まっている。
リネーネは懐かしいその顔を思い浮かべる。
試しているのだ。
情報を与えるのは、それを王城の関係者に流すかどうか、見定めるためなのだろう。
ならば答え続けなければならない。
決して、お前を裏切らない、と。
決して、お前を見放さない、と。




