53. 深い想い
ルースいわく。
あなたはずるい、の繰り返しだった。エミリアは黙って流しながらも「お前こそ」と何度も内心言い返す。
伏せるように身を隠しながらも本音を隠さないそのルースのある種の無邪気さは、恐ろしいほどに無垢だった。
「本当は知ってるくせに。どれほどリネーネ様があなたを想っているか」
「……」
「誰もあなたとの絆に割り込むことなんでてきないのに」
「……」
「あの人のために手を汚せることが──それでも愛され続けることがどれくらいすごいことなのか、あなたは全くわかってない」
「今度は怒るのかよ……」
この状況が何なのか、全くもって理解不能になってきた。
エミリアは飽きて帰ろうとしたが、察知したようなルースに腕を強く掴まれる。
「逃げないでください」
「……もう面倒くさい」
「これからのことを聞いていません」
ぐ、と強く握られ、エミリアはルースの頭を見下ろせば、鋭く睨まれた。
涙を拭った跡すらも、なぜが美しく見える。
「これから。あなた、どうするんですか」
「お前に言わなきゃいけないの?」
「はい」
きっぱりと言われ、面食らう。
「お前嫌い」
「僕も嫌いです」
「……加護を集めるよ。そしたらリネーネに会いに」
「少なくしてください。半年に一度でお願いします。そうなるように、話し合ってください」
「なに? お前、余裕だね」
エミリアの中で、嫉妬というものがぎしりと音を立てる。が、内側で即座にルースの光に包まれた。
まるで、自我によって死へと向かわないように。
なだめるように。
「あのさ。お前、何したの」
「さあ。僕にはあなたの中で何が起きているのかはさっぱりわかりませんけど?」
「凶悪な顔をしといてよく言うね」
「僕はちゃんと言いました。リネーネ様のために手を汚せるのは、あなたしかいない、と。責任を取り続けてください、とも」
「……」
エミリアは笑った。
笑うしかなかった。
この無垢な男は、苦しみ、葛藤し、泣いて、無邪気でありながら、その中に冷徹なまでの愛を持っていたらしい。その判断力は、一瞬も鈍らなかったのだ。そしてそれを、隠しもしない。
「なるほどね。お前──リネーネを生かすためだけに俺を使い続けていこうとしてるんだね。俺がお前を使おうとしたように。最初からそうだった。俺に、リネーネのために一生加護を集めさせたかったんだ? 自分は手を汚さず?」
「あの人が愛しているのはあなただけど、あの人のそばにいられるのは、僕だ」
「……お前が羨ましいよ」
エミリアは軽く告げる。
しかし、ルースは睨むだけだ。
ようやく、この理由のわからない男の純粋な理由に触れられた気がした。最初から身を捧げようとしていたわけではない。ただ──
「お前、俺の中に入ってまで、あの人に愛されたかったんだね」
「そうかもしれません。もう、無理ですけど」
「ふ。素直」
「僕は嘘は言いません」
──リネーネ様に生きていてほしい。世界のためじゃなく、僕のために。
ふと思う。
このルースが、自分だったら。
自分が、このルースだったら。
同じことができるだろうか、と。
「俺だったら、お前を殺すかもね」
「? なんですか物騒な」
「立場が逆だったら、だよ」
「無意味です。僕は僕で、あなたはあなただ」
考える様子もなく、ルースは言い切った。
それが、彼の強さなのだろう。
リネーネを支える、深い想いなのだろう。
そう思うと、エミリアはこの場からさっさと離れたくなった。
生かされた。
自分にできることは、このルースの思惑通りにリネーネのために加護を奪ってくることしかない。
死に怯えることなく、人を死に導くしかない。
「お前さ、結構ひどいことするね」
「なんのことかわかりません」
「いいよ。別に。リネーネのために手を汚せるのは、俺だけだしね?」
煽るように言えば、その可愛らしい顔がまたムッとした。
エミリアは何気なく、その色の薄くなった金の髪を撫でる。
「じゃあな。ルース」
「子ども扱いまで似てるの、本当に嫌いです」
思いの外強い力で、指を捻じ曲げるように掴まれたエミリアの手が、ギュッと握られる。
「忘れないでください」
エミリアの手を握ったまま、ルースはじっと見上げてきた。
まっすぐに、エミリアを刺す。
「あなたがいたから、リネーネ様は生きていることを」
だから何とは言わない。
ただ、エミリアのことを、その存在を、肯定しようとしているのは理解できた。
慰めることなく。
同情することなく。
ただありのままの〝エミリアの存在〟を〝人として〟受け入れているのだ。
「あっそ。本当にお前は馬鹿だね」
「あなたの言葉は、思ったよりダメージになりませんね……優しい人だってわかったからかなあ」
「気持ち悪いから本気でやめろ」
「大丈夫ですよ。嫌いですから──あ」
厭味ったらしく笑っていた顔が、突然ぼんやりと遠くを見た。
エミリアは立ち去ろうとするが、爪が食い込むほど強く腕を掴まれる。
苛立ってその顔を見れば、悔しそうに俯いていた。
「なに」
「……泣いてる。リネーネ様が、あなたを呼んで泣いてる。そこまで走ってきてる。迎えに行ってあげてください」




