↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/56

52. 本音


 


 ただ見ていた。

 そばを離れればいいと思うのに、エミリアは座ったままその場から離れられなかった。


 草の上に倒れる薄い金色の髪が、風に揺れる。

 シエバの花の香りはしないのに、どうしてかその背中から、ひだまりの匂いがしてくるように感じる。花の香が混じっているのに気づくと「ああ、そういえばこいつは花の手入れを狂ったようにしていたな」と、エミリアは思い出した。


 今となって、自分が去る準備をしていたことがわかる。


 心が読めればよかった。

 そうすれば、()()などせずにさっさと力ずくで踏ませたのに──そう思ったところで、エミリアは空を見上げた。

 その髪は青白くはなく、ルースと同じ薄い金色となっている。


 馬鹿馬鹿しい。

 

 そう思うが、内側に満ちる()()が、エミリアを包み、苛立つ感情すらも抱きしめられていく。

 諦めるしかない。

 そう思うほどの、圧倒的な()()だ。


 エミリアはため息を吐きながら、手を振り上げると、隣で潰れるその頭に拳を落とす。


「いい加減起きろ」

「……、いったあ……!」


 ルースは間抜けな声とともに頭を抑えると、ハッとしたように起き上がった。


「……え。生きてる?」

「お前ね、俺に全部渡す前に疲れ切って倒れたんだよ」

「つ、疲れ切って……?」


 そんな、と言わんばかりに頭を抱えるルースは、しかしエミリアの髪を見ると「少しは返せたんですね」とほっと笑った。

 その顔は青白い。相当消耗したのだろう。


「本当に苛つく」

「なんでですか」


 なんで、と聞き返されること自体が苛立つ。

 加護を「返せた」ということも、自分に笑いかけてくることも、これに苛立たなければおかしいのは自分だ。

 エミリアの顔を見ていたルースは、なぜか俯いて「ふ!」と笑った。


「なんだよ」

「だって。あなた、僕が気を失ってる間に、無理やり踏ませれば目的は達成できたのに」

「馬鹿を言うな。俺はあいつらと同じことはしないよ」


 遠い昔、エミリアの影を踏ませるためにリネーネの足が捻り上げられたあの光景は、どれだけ経っても忘れられない。表情をしかめるエミリアを、ルースはまじまじと見た。


「そうですか? あなた、リネーネ様に同じことしてきましたけど」

「……」

「無理やり加護を渡してますよ。似たようなことです」

「……」

「あ。でも、謝れば許してくれますよ。リネーネ様はそういう人ですから」

「うるさい」

「いたっ」


 また頭に降ってきた拳を、ルースは肩をすくめてやり過ごす。

 そうして頭を擦りながら、不満げにエミリアを見てきた。


「……本当に、僕にすべてをくれるつもりだったんですか」

「そうだよ。お前にあっけなくやり返されたけどね」

「……必死、だったので」


 途端にトーンが低くなるルースの顔は、何かを必死に抑えているようでもあった。

 エミリアは無視しようとしたが、何かに押し負けるように、結局口を開く。


「なに」

「……」

「嫌だよ。俺もお前と同じ。お前が目の前で俺の加護を相殺したとき、俺の代わりができるのはお前しかいないと思った。けど、吐き気がするほど嫌だった。彼女のそばに他の男がいるなんて、昔からずっと嫌だった」


 言おうとしないルースの表情を読めば、わずかに動揺するのが見て取れた。

 エミリアは笑う。

 こいつはどこまでも素直だ。


「今までの〝ルース〟は、自分が死なないための役目として彼女といたけど、お前は違う。俺もお前なんか嫌いだよ」

「じゃあどうして」

「お前しかいないからだ」


 こいつしかいない。

 あとにも先にも、自分のしていることを引き継げるほど、リネーネを想う者などいない。

 そう思った。

 あの見合いの様子をここで眺めていたときに、ああ、こいつは逃がしてはならない、と思ってしまった。


 自分の感情よりも、リネーネの「生」を優先できた。これが最後だとわかったのだ。この最後の理性を逃せば、限界は超えてしまうと。それだけだった。


「……なら、僕も同じです」


 ルースが呟く。


「あなたなんか嫌いです。でも、あなたしかいない」

「……あの人をずーっと独り占めできるぞ。今からでも遅くないが?」

「あなたの加護は踏みません」


 きっぱりと言い、睨まれる。


「それに、僕には踏めません。やっぱりこの加護は、あなたを愛してるものなんです。僕のもとに残ってくれているのは、きっと慈悲みたいなものなんでしょう。あなたを生かそうとしたご褒美だ」


 手を握って開くルースは、自分にできることが少なくなったことを察したらしかった。


「あなたはどうですか?」


 聞かれ、エミリアは自分の手を見た。

 自分の加護が戻ってきたというよりは、ルース自身の光を取り込んでしまったような感覚に近かった。今まで自分の弟の子孫に幾度も引き継がれてきているが、一切擦り切れていない。むしろ、このルースによって増幅されたような、満ちて発光するような、理由のわからない幸福感すらあった。


「お前、怖いね」

「……同じこと言わないでくださいよ。本当にそっくりだなあ」

「俺と、あの人が?」

「そうですよ。不器用で怖がりなところがそっくりです」


 その声に、なんとも言えない苦しみが滲む。

 エミリアがルースの歪む表情を見る前に、ルースはべしゃりと沈んだ。


「あなたなんか嫌いだ」

「……」

「本当は羨ましくてたまらないんです」


 エミリアはただその伏せられた頭をじっと見つめる。


「あなたは否定するけど。否定しなくちゃんならないんだろうけど、でもリネーネ様はあなたしか愛せないんだ。それくらい、あなたがリネーネ様の希望なんだから。僕じゃどうにもならない」

「……泣くなよ」

「泣いてません!」


 そう言うが、ぐすぐすと聞こえてくる恨みつらみに、エミリアは遠くを見ながら付き合うしかなかったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。