51. 責任
「理想論なんか語るなよ。見苦しい」
エミリアが吐き捨てるように言うと、ルースは腹を抑えながらも、なぜか小さく笑った。
「あなたとリネーネ様は似てる」
地に手をついていながら、その目には嫌悪もなければ苦しみも葛藤もない。
ただ、エミリアを貫くような強い目がこちらを見ていた。
先程までぐらぐらと揺れていたものが、急速に彼の中で静まっていくのがわかる。
どこまで美しい心なのだろう。
そう思うと、腹が立つと同時に同情が湧き上がってくる。
「お前馬鹿なの」
エミリアがゆらりと銀の粒を纏っても、ルースは怯えの片鱗すら見せない。それどころか、エミリアを説き伏せるように見上げてきた。
「僕がもし、あなたの立場だったなら、同じことをしたと思う」
「……」
「それでリネーネ様が生きられるのなら、僕だって沢山の人を殺した。そんなことくらい、平気だと思えるくらい、あの人が大切だ」
ルースがゆらりと立ち上がる。
おぼつかない足も、吹けば飛ぶような華奢な身体も、エミリアの脅威にはならない。
それでも、どうしてか、ただルースを見ていることしかできなかった。
「あなたが死んだら、困る。僕だって、リネーネ様に生きていてほしい。世界のためじゃなく、僕のために」
「なら」
「でも僕はあなたじゃない」
ルースの表情が、苦痛に歪んだ。
「あなたになりたくても、なれない」
エミリアの銀の粒に、ルースの金の粒子がそっと迫る。
「!」
「リネーネ様が愛しているのはあなただ」
「やめろ」
「僕はあの人のそばにおいてもらえる。大切にもされている。だけど、あなたにはなれないんだ」
エミリアは後退する。が、すぐにその足は止まった。
ルースの金の粒子が、エミリアを囲うように漂っている。逃さないと言わんばかりに──抱きしめるように。
「あなたも同じだ。あなたは、僕にはなれない」
エミリアは笑った。
妙なことを言う。
彼はなんと幼く、純真なのだろう。
「俺がお前になるんじゃない。お前が俺になるんだよ」
「違う。あなたは僕になって、リネーネ様のそばにいたいだけだ。怖がりだから、そう言えないだけ」
「……幼稚だね、ルース」
「あなたはいつも自分の感情を認めないね」
なぜか憐れむような目をされ、エミリアのどこかが焦げた。チリチリと、焦がされるような匂いがする。
「……」
「そうやって怒ればいいのに。リネーネ様に寂しいって言えばいい。きっとリネーネ様は、あなたを喜んで受け入れる。泣いてしまうかもしれない」
「……」
「あの人が愛しているのはあなただけだ。それは一生変わらない。それがどれほど長いことなのか、僕には想像がつかない。今までもこれからも、ずっとずっと、ずっと、あの人の愛はあなたにしか向かないよ」
そこにある事実を眺めるように。
そして、愛おしむように。
悲しみのないその澄んだ声は、エミリアを殴りつけた。
身体の中は焦げ、頭は殴られ、いつも押さえつけている感情が吹き出す前兆を感じる。
ああ、いやだ。
こういうのは、いやだ。
「死ぬよ」
「死なせません。リネーネ様も──あなたも」
青い目が、エミリアを射抜く。
その途端に、エミリアの銀の加護は、ルースの加護に縁取られるように包まれはじめた。
「!」
侵入してくる。
じわりと染み込むように、粒子越しになにかが流れ込んでくる。
満たされたあたたかさを感じるほどの、なにか。
ルースの輝かしいほどの髪はふわりと浮き──少しずつ輝きを失っていく。
「やめろ! 馬鹿!」
「馬鹿はあなただ」
ルースが笑う。
まるで、子どもをあやすように。
「僕は、これ以上この加護を引き継がせたくない。家族の誰かが命を握られるのが怖いんじゃない。他の誰かがリネーネ様を支えることが嫌なんです。あの人が、たくさんの〝ルース〟とともに生きていくのが嫌なんです。なら、あなたに返すしかない。それで僕が死のうとも、これが最後なら意味はある。僕にとっての救いだ」
エミリアが「見合いを断るはずだな」と吐き捨てると、ルースは一歩近づいてきながら穏やかに笑った。
「はい。あなたに返そうと思っていたから。できれば、もう少し長くリネーネ様といたかったけど……時間は長くても短くても、尊いことには違いないでしょう? 僕のすべてをあなたに返すから、リネーネ様のそばにいてください。お願いします。今なら、あなたを拒否しないはずだから」
確信めいた言い方に、エミリアの不快指数が跳ね上がる。
なぜこんなにも、すべてを通り越したような顔をしているのかわからない。
わからない。
これほど、リネーネを愛しているというのに。
険しくなるエミリアの表情から心を読んだように、ルースは首を横に振った。
「だめなんですよ。僕まであなたと同じことを始めれば──リネーネ様はどれほど傷つくか、わかりますか? きっと、立ち直れない。僕は、あの人を怖がらせたくないんです。そう、約束もした。どれだけあなたの誘いが魅力的でも、そうしたくても、リネーネ様のために乗るわけには行かない」
ぐ、とルースが手を握る。
共鳴するように、エミリアの加護を侵食するスピードが上がった。
「リネーネ様のために手を汚せるのは、あなたしかいないんです。あなたが始めたことだ。責任を取り続けてください」
ルースの額に大粒の汗が浮かぶ。
目が霞み始めたのか、焦点がふわりとエミリアをすり抜けた。
ルースはエミリアに向かって、ぐらりと倒れ込む。




