49. 限界
「僕を、使う?」
前髪の隙間どれだけら睨まれようと、エミリアを揺らすことはない。ただ、可愛い顔をしてるにしては、そうではない目つきだな、と思うだけだった。
踏みつけた手を痛がる素振りでもすれば、面白いものを。
「そう。使いたい。お前を」
ぐ、と更に踏みつけても、顔色は変わらない。
「目的は?」
それどころか、屈しないと書いた顔で睨み続けてくる。
「リネーネのため」
「……」
「と、そうしたい俺の気持ちを優先してる」
「……黙って見てて楽しかったですか」
「何を言ってるんだよ。気づいてただろう?」
「……」
口を閉ざして睨むその顔を掴みたい衝動に駆られながらも、エミリアは微笑んだ。
「俺に、リネーネは俺を心から想っているのだと教えてくれていた。親切だね。それとも、俺への慈悲かな? 優しいことだね」
「僕はあなたなんか嫌いだ」
「いいね。そういう本音は、大好きだ」
優しい声色で言えば、青年は不気味そうに見上げてきた。ようやく、もう片手でエミリアの足を払い、踏みつけられていた手を振る。
「僕を殺したいんですか」
物騒なことを言いながら立ち上がるその顔は、きっとリネーネが見たことがないものなのだろう。
そう思うと、エミリアは途端にこの青年が好ましくさえ思えてきた。
こいつは間違いなく、愛している。
リネーネを。
「人として、以上に」
「!」
「〝女性としての愛情を僕に注いでほしい、というわけではない〟? 嘘を言うなよ」
エミリアは風に靡く金の髪を見つめる。
美しい。
きっと、リネーネの目も、心も、奪われるほどに。
「想われたいという気持ちを、そんなもので隠せるわけがないだろ」
隠せない。愛したい想いはどうやっても失えない。隠すふりすら許されない。忘れることもできない。
それを、エミリアは痛いほどに知っている。
気が遠くなるほどの時間の中で、身体に刻み込まれてきたのだから。
「お前ね、限界が来るよ」
心から同情するように、エミリアが言う。
「どうしてもすべてが欲しくなる。欲望に底はない。一度落ち始めたら、もうどうにもならない」
「僕は違う」
「違わないよ」
「僕は落ちはしない」
「……そうかな?」
問いかけても、その目は一切揺れない。
エミリアは笑った。
笑うしかなかった。
ルースは信じているのだ。
人として愛し続けることができると。
それはとても愚かで、そして眩しいほどだった。
──あの子が眩しいよ。
リネーネもそう言った。
自分の加護を踏み、エミリアの中で保持してほしい、と。
そうすれば、リネーネは目に見えぬ場所で存在し続けることができ〝ルース〟が必要無くなる。
解放しようとしているのだ。
エミリアは、不思議とそれを裏切りだとは思わなかった。
「お前を助けることは意味があることのように思えるんだろうね」
「……なんのことです」
「リネーネはお前を助けたいんだって」
「違う」
ルースははっきりと否定した。
そのまま立ち上がって、エミリアの胸を拳で強く叩く。
「違う。リネーネ様は、あなたのことを愛してるんです。ただ、あなたといたんですよ!」
「……わかんないな」
エミリアは首を傾げた。
カッとなりそうなルースの腕を掴む。
「なぜ、お前はそれを許せるの?」
「……許すとか、許さないとか、そんなの関係ない。あれは、リネーネ様の気持ちだ。あの人の、尊い愛だ」
「そうか」
一言で受け入れたエミリアは、その腕を更に強く掴んだ。
「強いね、ルース」
「!」
「うん。君なら長くもつんじゃないかな。俺より」
「……何を言ってるんです」
「俺ね、そろそろ死ぬと思うんだよ」
エミリアは表情を変えることなく言う。
表情を変えたのは、ルースの方だった。
「死ぬって」
「俺の反作用も、お前の反作用も、同じ。意味、わかる?」
「……リネーネ様のために生きるのなら、」
「強力な加護と、生を与えられる」
エミリアは続きを奪って言うと、にこりと笑った。
「もう俺はだめ。リネーネのために生きているつもりなんだけど、お前の家族を全員殺そうと思っちゃったからね」
「……どうして」
「俺の加護が俺に戻ってくるように。そうしたら、リネーネはまた俺だけを想えると思った──俺はね、自分のために加護を使おうとしたんだよ。無意識で。だとすると、限界だ」
エミリアはルースの腕から手を離すことなく、じっと見据えた。
戸惑い、初めて恐れているルースをあやすように優しく語る。
「そのとき、お前が俺の前に来た」
あの圧倒的な光。
加護が許しているのか、自分に近いのかはわからない。
けれど、エミリアは理解できてしまった。
この〝ルース〟は、きっと今までと違う。
そしてこれからも、これほどの〝ルース〟は出ては来ないだろう。
なによりも、リネーネを笑わせている。
たとえリネーネが「お前だけを愛している」と言ってくれたとしても、エミリアが自分の殺意でしか動けなくなってしまえば、加護は自分を見放す。エミリアは自らの死期が近いことを悟った。
それは困る。
「困るんだよ。俺が死ねば、誰がリネーネに多くの加護を渡すの? 俺と同じ事ができる者は今はいないのに」
「……まさか」
「察しが良いね。ルース」
エミリアは仮面を外したように、穏やかに笑んだ。
「お前が俺になって。俺の加護を、渡すから」




