42. 脅威
ランスに首を傾げながら問われたリネーネは、まじまじとその生真面目な顔を見た。
「なんて言った?」
「ですから、弟はあなたに恋でもしているのですか、と」
「違うよ」
リネーネは即答する。
「そういうものではない」
「弟は惚れっぽいのです」
「それはパトリシアから聞いた」
「……」
ランスが黙るであろう言葉を言えば、リネーネを見る目を穏やかに伏せた。
触れられたくないのだろう。
こういうところは、兄弟でよく似ている。
「ルースのことは心配しなくていい。彼は私よりも大人だから」
「……弟が?」
「そうだよ」
「……そうですかね。弟はお節介で、馬鹿みたいに情が深い甘ったれなんですよ」
「愛の言葉にしか聞こえないね」
リネーネが言うと、ランスは少しだけ笑った。
窓から差し込む光が、よく似た金色の髪を照らす。
「本題は? なんの要件でしょうか」
「エミリアのことを、ルースが知った」
ランスはすぐに悟ったように視線を窓に向けた。その向こうに、アルゼ山が見える。
「そういえば数日前にシエバが咲いたと……彼が来たんですか?」
「お前、何もかも知っているんだね」
「ええ……次の同行者は私の予定でしたので。名前も、近い音をつけられていますしね」
「名前」
長く〝ルース〟に関して無関心だったことを、リネーネは思い知る。
パトリシアが訪ねてくるまでは、幼い頃から婚約者を用意されていることすら知らなかった。まさか引き継ぎのために名前まで似せていたなど、知る由もない。
黙るリネーネに、ランスはゆるく首を横に振った。
「気にすることはありませんよ。生まれる時期も場所も誰も選べませんし、それが私の役目ですから。まさか弟が、感情のままに持っていくとは思ってもいませんでしたが。それについては、すべてこちらに非があります。ご迷惑をおかけしました」
「いや」
「彼は、弟に接触を?」
話を戻したランスを、リネーネは静かに見つめた。
穏やかで、真面目で、しかしそれだけではない強靭な精神を感じる。
彼が今の今まで、こうなった経緯にどれほどの折り合いをつけてきたのかがわかるようだった。
ならば、誤魔化してはならないだろう。
「私に加護の解放を告げに来た」
「聞いておりませんが?」
「ルースには私から口止めをした。お前から言い含められていたとしても、私が頼めば断れない。ルースは何一つ悪くない」
思案するような目でリネーネを見ていたランスは、ただ黙って頷いた。
「では、手紙の返事が二日来なかったのは、そのせいですね。すでに加護を受け取られた、と」
「すまない」
「私に謝ることではありません」
私はあなたに関しては部外者なので、と、ランスは冷静に言う。その声が優しげにすら聞こえるのは、ランスの内側がどこまでも凪いでいるからなのだろう。そうであるように、自分を律してきたのだ。
それが役目だったから。
「被害は」
「ない。遠くで受け取った」
「弟は」
「私が危険になるまでは動かない約束を守って大人しくしていたが、来てくれた」
「危険……? 彼が、あなたを殺そうとしたのですか?」
「いいや。ルースを傷つけようとしていた」
あの、いつもではありえない量の加護を受け取らなければならなかったとき、エミリアは言った。
──俺が、あなたを殺すと思うの?
その言葉で理解した。
あれは、加護を受け取る痛みをリネーネに負わせているのではなく、その向こうの、ルースに負わせているのだ、と。
「ルースが来たおかげで、事なきを得た」
「……どういう意味です」
「ルースがエミリアの加護を相殺して──」
「ありえません」
ランスに鋭く遮られ、リネーネが尋ね返すように見ると、ランスもどこか疑うような目でリネーネを見てい。もう一度言った。
「ありえません。私たちの間を彷徨う加護は、彼のものなのです。私たちは彼を傷つけられないどころか、止めることもできない。彼は今も最初の同行者であり──〝ルースの反作用〟の中で生を与えられている。でなければ、あなたと同じ時を生きることなどできない」
──ルースの反作用は一つ。リネーネのために存在するならば、強力な加護と、生を与えられる。
「彼は自分の加護を全ては手放していないのです。きっと、新たな加護を更に授けられてもいない。ただ、死の淵でもあなたのために生きることを選んだからこそ、生を与えられ続けているのだと思います。こちらが彼以上に加護を扱うことができないのも、その証明であると、祖父は考えていました。どうにか彼の加護をわずかに跳ね除けることはできても、攻撃されればひとたまりもなく殺されてしまうだろうから、必ず撤退するように、と。彼は無慈悲な殺戮者ではないはずだ、と」
ランスは淡々と話す。
「それが、相殺? だとすると、相当相性がいいとしか思えません。弟は、彼にとって脅威となるのでは──」
言いかけたランスが、リネーネを見て口を閉ざす。
きっと、今の彼の内側には嫌な予感が溢れているのだろう。リネーネと同じように。
「彼は──ルースから加護を取り戻そうと考えているのかもしれない」




