41. 恋情
ランスが戻ってきたのは、すぐのことだった。
部屋がノックされ、窓から外を眺めていたリネーネは「ああ」とだけ返事をする。
「お待たせしました」
「いや。忙しい中すまないね」
リネーネがそう言うと、ランスは「ええ、まあ」と曖昧に笑った。
真面目な男にしては含みをもたせた笑い方に、リネーネは首を傾げる。
入ってきたランスは、窓際のテーブルに着席するようにリネーネに促した。
「あれにくどくどと文句を言われまして。相変わらずあなたに甘えているようですね」
「ふ。私が甘えているんだよ」
「……」
ランスは少しためらったように黙ると、リネーネを見た。
「顔を見て話す必要があるなど、何があったのです?」
「……ルースが私の同行者になった経緯を聞きたかったが、それはもういいんだ」
「ということは、もうご存知で?」
驚いたように、目が見開かれる。
「ああ。この間聞いた。若者らしい優しさというか……お前やパトリシアのことが大好きなんだろうね」
「……そうですか」
「今もだよ」
リネーネがそう声をかけると、ランスは目を伏せ、小さく笑った。
「余計な世話だったのに」
「だが、もうどうにもできないからね。勘当も解いてやってくれないか?」
「……弟が素直にこの家に戻るとお思いですか?」
「見合いに、大人しく行っただろう?」
聞き返せば、ランスはそっと窓の外を見た。
庭が少しだけ見え、そこで華やかなドレスがちらりと見えた。可愛らしいお嬢さんであることは察しが付く。
「私ね。前に、ルースに結婚するように言ったんだよ。結婚しなければ、ランスの子が私の次の同行者になるだろう、って」
今思えば、なんと酷いことを言ったのだろう。
リネーネは庭から目をそらさずに、ランスの沈黙に答える。
「誰を思って私のもとに来たのかなど知らなかったとはいえ、ルースに〝お前が結婚しなければ、兄は再婚を迫られるよ〟と脅したようなものだった」
だめです、とルースは言った。
賛成できない、と。
そのときはいつもの反応に思えた。兄にやきもちを焼く弟のようなものだろう、と。
けれど、理由を知れば、彼にとっては一番痛む場所を刺激していたことを知る。
愚かだった。
リネーネは、ぼんやりと見つめていた庭からゆっくりと目をそらした。
ルースが振り返る前に。
「そうでしたか」
ランスが息を吐きながら呟く。
「勘付かれないよう大袈裟に脅したのですが……来るかどうかは賭けであった部分も大きいかったのです。素直に来て驚いたくらいですから。あなたが説得してくれたのかと」
「いや。お前の味方をすると、ルースが拗ねるから」
「……」
何度目かの奇妙な沈黙を、リネーネは慣れたように流した。
「ルースは今度の見合いを受けるだろうね。そもそも、合うお嬢さんを選んでおいたんだろう?」
「……ええ。あとはどうやって会わせるかを家族総出で悩んでいたところです。ですが」
そこで言葉を切ったランスは、きっと無理強いするつもりはなかったのだろう。
もしかしたら、盾になっているのかもしれない。
「黙って守り続けるのは、大変なことだね」
「何がです?」
「ルースのこともだけど──パトリシアのこと。お前、手を回して守ってるだろう」
ランスが口を閉ざす。
無垢に驚くような目に、リネーネは答えた。
「会った。ほんの数日前に。ルースと一緒にね」
「!」
「元気にしていたよ。お前が手を回していることには気づいていないだろう。危ないことはしているが、場の収め方も知っているし、彼女なら大丈夫だ」
「……」
「お前が元気にしているかも、気にしていた」
「弟とは?」
聞かれた言葉に、リネーネはやわらかに笑む。
「二人でちゃんと話していたよ。パトリシアは……ルースが同行者になった経緯に気づいていて、黙ってくれているんだろうね」
「ええ。そうです。彼女は昔からそういう人ですから」
愛しているのだ。
ランスはパトリシアを。
パトリシアが、今もランスを想っているように。
その声には、隠す気もない深い愛の響きがあった。
ランスが穏やかに目を細める。
「あなたが一番、愛は一生消えないと知っているのに。ご自分だけが例外だとでも?」
「キツイね」
「私もかなり、一途なもので」
ランスが整理がついているように深く頷く。
「リネーネ様──謝罪は不要です。私や弟や彼女のことを侮辱してすまなかった、など、知らなかったあなたに言われたら、私はそちらのほうが許せませんから」
ランスが〝ルース〟となっていれば、今も昔と変わらない同行者としての距離感を保っていたのだろう。
ルースとは、まるで違う。
「正直に言いますと、私はあなたがたの泥沼に巻き込まれるなど、たまったもんじゃないと思っていたのです」
言葉は穏やかで、どこまでも威圧感はない。
けれど、それがコントロールされているものであることは理解できた。
リネーネはランスを見つめ返す。
「正しい感覚だよ」
「祖父からは、決してあなたに飲まれてはいけない、と言われていました。弟はそれを知らない。あいつは……あなたに恋でもしてるのですか?」




