↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/56

37. 連絡



 四年という月日の長さを、リネーネは初めて知った。

 それほどに、夜の庭での話題は尽きなかった。


 ルースが、エミリアはシエバの花が咲く季節に来るとリネーネから聞けば「道理で買い物に追い出されていた気がする」と言い、よく街に降りていた理由をリネーネが聞くと「料理が本当は苦手で、教えてもらいに行っていた」と言う。


 そんな些細なことが、ほろりほろりと自然と言葉になった。

 風に揺れる。

 庭の花が、キャンドルの火が、お互いの髪が。

 笑う声が、また何かを揺らす。



 リネーネは知る。

 きっと、ルースは以前から「人として」自分に愛を注いできてくれたのだろう。

 一対(いっつい)だからではなく。

 勘当されたからでもなく。

 依存しているからでもなく。

 ただ存在そのものを、ルースの中で大事にしてくれていたのだ。


 たとえそれを幼いものとして扱われても、嘆くことなく、憤ることなく、それこそ「人として」向き合い続けてくれた。

 怖がらせない、と何度も伝えてくれた。


 加護とは違う、なんと優しき愛なのだろう。


 二人の視線の向こうには、夜明けの気配が広がっている。








「? なんですか、これ」


 夜更かしから昼を過ぎて起きてきたリネーネに、ルースが食事を運んできたとき、テーブルの上のそれに気づいた。


 封筒だ。


「あ」


 リネーネはサラダに伸びていたフォークを止める。


「ランスからだ」

「え」

「コーファ港へ行く直前に届いた」

「ってことは、二日前ですか」

「そうなるね」

「うわあ……」


 ルースは頭を抱えるように席についた。

 リネーネはとりあえず、サラダを食べる。オムレツやパンを食べている間に、ルースは恐る恐るというように封筒に手を伸ばした。開け、それからやけに時間をかけて手紙を開く。


「……」


 その顔がじわじわと「大変なことになった」と言わんばかりにわかりやすく変化していくが、ルースは黙ったままだった。


 そういえば、二人で話したい、と送ったリネーネへの返事は『承りました。弟を隔離する準備をしますので、五日ほどお待ちください』と書かれてあった。詳細もまた後日送る、と。

 今になって、リネーネは「後日」がいつなのだろう、とぼんやりと思う。


「……リネーネ様」

「ん?」

「コーファ港の出来事は、バレていないと思いますか」

「そうだね」


 恐ろしいことを言い出したな、と思いながらも、リネーネは頷く。


「街も変わりなかったし、何よりかなり離れてたから見えないはずだよ。お前が追ってこれたのも驚いたからね」

「ですよね」

「そもそもその手紙、コーファ港に向かう前に届いてるよ」

「ですよね」

「大丈夫か?」


 繰り返すルースに尋ねると、ルースは手紙をいそいそとしまって、にこりと笑った。


「大丈夫じゃなさそうです」

「お前……顔と言葉が違いすぎるぞ」

「……兄から〝話がある。首を洗って次の連絡を待て、読んだら返事を〟と」

「それは大丈夫ではないな」

「こういう冗談を言う人ではないので、本当に何か用事があるんだと思います。呼び出しかなあ……僕、何したんだろう……」


 ぼんやりと言いながら、ルースは食事に手を伸ばす。

 リネーネは明らかに自分の「頼み事」の結果であると察していたが、正直に「ランスと二人で話す段取りを取ってもらったからだ」とは言えなかった。


 ランスにはルースが後継者となった経緯を聞くつもりだったが、今はそれ以上に話さなければならないことができてしまっている。

 それもやはり、ルースに言えないことだった。


 リネーネは食事をのろのろと進めるルースの手をさり気なく見る。

 あの日。

 身を引いたエミリアが、最後に放った銀の粒子を、ルースは手で払った。

 けれど、ひと粒だけ指先に入っていくのを、リネーネは確かに見たのだ。


「二日返事してないとなるとなあ……」

「叱られそうか」

「はい。一度黙って家を出たので、自業自得ですけど」

「お前が家出していた数日間、向こうは大変だったんだろうね」


 聞かれたルースは「兄が僕の行動を予想して抑えていてくれたみたいです」と思い出すように呟いた。


「なのに戻った僕は〝これで兄さんは再婚しなくていいんだから、何が不満なんだ〟って暴言を」

「……ふ」

「笑いました?」

「うん。少し。可愛かっただろうなって」

「できれば愛でてほしいです」

「じゃあそうするよ」

「ありがとうございます」


 そう軽く流し合いながら、ルースは封筒をちらりと見た。


「褒められるとは思いませんでしたし、心配させたことはわかってたんですけどね。けど、僕もう同行者になったあとだったし〝どうにもできません。僕のことはもう諦めてください。姉さまのように〟って家族に向かって言っちゃって。まさか泣きながら、勘当だって、兄に言われるとは思っていませんでした。それから、まあ、少し微妙です。信頼関係をまた作らなきゃ、きっと安心してもらえないんだろうなあ」

「お前……反抗期あったんだね」

「あったらしいんです。僕もびっくりしました」


 大きく頷くルースは「とりあえず、わかりました、って手紙を送ります」と項垂れる。


 その頭を、リネーネは申し訳ない思いを隠しながら、指先で撫で、励ますのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。