37. 連絡
四年という月日の長さを、リネーネは初めて知った。
それほどに、夜の庭での話題は尽きなかった。
ルースが、エミリアはシエバの花が咲く季節に来るとリネーネから聞けば「道理で買い物に追い出されていた気がする」と言い、よく街に降りていた理由をリネーネが聞くと「料理が本当は苦手で、教えてもらいに行っていた」と言う。
そんな些細なことが、ほろりほろりと自然と言葉になった。
風に揺れる。
庭の花が、キャンドルの火が、お互いの髪が。
笑う声が、また何かを揺らす。
リネーネは知る。
きっと、ルースは以前から「人として」自分に愛を注いできてくれたのだろう。
一対だからではなく。
勘当されたからでもなく。
依存しているからでもなく。
ただ存在そのものを、ルースの中で大事にしてくれていたのだ。
たとえそれを幼いものとして扱われても、嘆くことなく、憤ることなく、それこそ「人として」向き合い続けてくれた。
怖がらせない、と何度も伝えてくれた。
加護とは違う、なんと優しき愛なのだろう。
二人の視線の向こうには、夜明けの気配が広がっている。
◯
「? なんですか、これ」
夜更かしから昼を過ぎて起きてきたリネーネに、ルースが食事を運んできたとき、テーブルの上のそれに気づいた。
封筒だ。
「あ」
リネーネはサラダに伸びていたフォークを止める。
「ランスからだ」
「え」
「コーファ港へ行く直前に届いた」
「ってことは、二日前ですか」
「そうなるね」
「うわあ……」
ルースは頭を抱えるように席についた。
リネーネはとりあえず、サラダを食べる。オムレツやパンを食べている間に、ルースは恐る恐るというように封筒に手を伸ばした。開け、それからやけに時間をかけて手紙を開く。
「……」
その顔がじわじわと「大変なことになった」と言わんばかりにわかりやすく変化していくが、ルースは黙ったままだった。
そういえば、二人で話したい、と送ったリネーネへの返事は『承りました。弟を隔離する準備をしますので、五日ほどお待ちください』と書かれてあった。詳細もまた後日送る、と。
今になって、リネーネは「後日」がいつなのだろう、とぼんやりと思う。
「……リネーネ様」
「ん?」
「コーファ港の出来事は、バレていないと思いますか」
「そうだね」
恐ろしいことを言い出したな、と思いながらも、リネーネは頷く。
「街も変わりなかったし、何よりかなり離れてたから見えないはずだよ。お前が追ってこれたのも驚いたからね」
「ですよね」
「そもそもその手紙、コーファ港に向かう前に届いてるよ」
「ですよね」
「大丈夫か?」
繰り返すルースに尋ねると、ルースは手紙をいそいそとしまって、にこりと笑った。
「大丈夫じゃなさそうです」
「お前……顔と言葉が違いすぎるぞ」
「……兄から〝話がある。首を洗って次の連絡を待て、読んだら返事を〟と」
「それは大丈夫ではないな」
「こういう冗談を言う人ではないので、本当に何か用事があるんだと思います。呼び出しかなあ……僕、何したんだろう……」
ぼんやりと言いながら、ルースは食事に手を伸ばす。
リネーネは明らかに自分の「頼み事」の結果であると察していたが、正直に「ランスと二人で話す段取りを取ってもらったからだ」とは言えなかった。
ランスにはルースが後継者となった経緯を聞くつもりだったが、今はそれ以上に話さなければならないことができてしまっている。
それもやはり、ルースに言えないことだった。
リネーネは食事をのろのろと進めるルースの手をさり気なく見る。
あの日。
身を引いたエミリアが、最後に放った銀の粒子を、ルースは手で払った。
けれど、ひと粒だけ指先に入っていくのを、リネーネは確かに見たのだ。
「二日返事してないとなるとなあ……」
「叱られそうか」
「はい。一度黙って家を出たので、自業自得ですけど」
「お前が家出していた数日間、向こうは大変だったんだろうね」
聞かれたルースは「兄が僕の行動を予想して抑えていてくれたみたいです」と思い出すように呟いた。
「なのに戻った僕は〝これで兄さんは再婚しなくていいんだから、何が不満なんだ〟って暴言を」
「……ふ」
「笑いました?」
「うん。少し。可愛かっただろうなって」
「できれば愛でてほしいです」
「じゃあそうするよ」
「ありがとうございます」
そう軽く流し合いながら、ルースは封筒をちらりと見た。
「褒められるとは思いませんでしたし、心配させたことはわかってたんですけどね。けど、僕もう同行者になったあとだったし〝どうにもできません。僕のことはもう諦めてください。姉さまのように〟って家族に向かって言っちゃって。まさか泣きながら、勘当だって、兄に言われるとは思っていませんでした。それから、まあ、少し微妙です。信頼関係をまた作らなきゃ、きっと安心してもらえないんだろうなあ」
「お前……反抗期あったんだね」
「あったらしいんです。僕もびっくりしました」
大きく頷くルースは「とりあえず、わかりました、って手紙を送ります」と項垂れる。
その頭を、リネーネは申し訳ない思いを隠しながら、指先で撫で、励ますのだった。




