26. 覚悟
「俺はね、あなたが少しでも罪悪感を持たないためなら、正当に見える理由だって見つけてくる。誰かを救うつもりなんてないし、本音では馬鹿馬鹿しいと思っていても、その姿勢だって突き通して見せるよ。あなたが俺を蔑んだとしても」
エミリアの声が揺さぶる。
あまりにも強い覚悟の声が、リネーネに突き刺さる。
「もうあなたが俺を想っていないとしても、俺はあなたを想うことをやめられない」
「! どうして信じない!」
これほどに、何度も何度も、伝えているのに。
リネーネの顔が歪む。
「愛してると何度言っても、信じないのはお前だろう!」
「何度も言ってるのはこっちだよ。〝ルース〟から離れてほしいってどれほど頼んでも、彼らから離れないのはあなただ」
「彼らを見殺しにはできない。私のせいでこうなったというのに!」
「だからなに?」
冷淡な声に変わったエミリアの声が、銀の向こうで響く。
「あいつらのことなんて放っておきなよ」
「……何を、言ってる。私が触れなければ、〝ルース〟に宿る加護はずっと彷徨い続ける。私がいなければ、彼らは次々と死んでしまうんだよ」
「それでいいけど」
「!」
「あ……ねえ──全員死んだら、きっと俺に戻ってくるんじゃない?」
絶句するリネーネに、姿を見せないエミリアが幸福に微笑んだ気配がした。
うっとりとした声が、リネーネの頭から真っ直ぐに心臓にまで刺さる。
「そうしたら、またあなたは俺だけを想えるよね?」
嫌な予感の隙間に、何かが弾ける。
その気配を感じた途端、リネーネの思考は切り替わっていた。
即座に足元に広がる菱形を、ぐっと小さく閉じる。
「!」
上に伸びていた紫色の光は、エミリアの菱形をも強制的に同化させ、狭めた。
絞られていくそこから銀の光が出てこられなくなったのを見たリネーネは、寂しそうに笑う。
「お前と私も一対であることを忘れたの?」
「……そんなことをすれば、あなたも加護を受け取れない。散り散りになって、あちこちに災害が」
「させませんよ」
冷静な声が割って入る。
その光は、どこまでも透き通っていた。
リネーネの前に着地した途端に、銀の粒子を一つ残らず相殺していく。
包み、圧縮し、消す。
圧倒的なスピードだった。
躊躇いもなければ、昂揚しているわけでもない。
ただ、淡々と。
自らするべきことを見誤らないその冷静さで、打ち消していく。
どこまでも自愛のある光で、満たしてしまった。
「ルース」
リネーネが呼べば、加護を包み消したルースが、少しだけ振り返って微笑んだ。
「約束は、守りましたからね。ギリギリまで我慢しましたから、褒めてください」
「……お前、どうやってここまで」
「リネーネ様には常に座標を固定してますから」
「……」
「なにか?」
「聞かなかったことにするよ」
ルースは無邪気ににこっと笑った。
そうして、空を仰ぐ。
「あれは、どうしますか?」
ルースの声は、リネーネを呼ぶときと打って変わって冷たい。
リネーネは自分の足元をそっと閉じながら、上を見上げた。
「なにもするな」
ルースは黙る。
何もかも悟ったように、けれどリネーネの前からは一歩も引かなかった。
銀の加護が晴れ、金の霞が消え始めて、ようやくそこにあるエミリアの小さな姿が見え始める。
こちらを見下ろす無表情の顔が、責めているように目を細くなった。
もう、去るのだろう。
リネーネは小さく呟く。
「愛してる。お前だけを」
今渡せるすべてを、エミリアへ。
一瞬強張るルースの背中を見ないふりをして、リネーネは続けた。
「お前が信じなくても、私の気持ちは変わらない。昔からずっと」
だから、余計なことをするな。
そう含めると、エミリアは面白くなさそうに笑い──それから最後に大きな銀の光をルースに向かって放って消えていった。
ルースはあっさりと手で弾くが、ひと粒だけ指先に入っていくのを見て顔をしかめる。
「……」
「大丈夫か」
「……」
「ルース?」
「あ。はい」
ルースはハッとしたように、リネーネの腰に手を添えた。
「ここから離れましょう、リネーネ様」
銀の矢と金の矢が、別方向に跳んでいく。
灯台のある岬に戻り着地すると、リネーネの足元を見たルースが子どもを見咎めるように苦笑した。
「靴を、また捨ててきましたね?」
何も変わらない。
何も聞かない。
その気遣いに、リネーネはどこかが締め付けられるような気がした。
それでも、いつものように応える。
「仕方なくね」
「まあ、今回は許してあげます。その代わり、僕が新しい靴を贈りますから」
「いや、それは」
「贈ります」
その確固たる意思が滲む声に、リネーネは「ふ」と笑い出していた。
肩の力も、足の力も抜けそうになる。その前に、さり気なく腕をルースに支えられていた。
「帰りましょうか」
穏やかに提案され、どれほど甘えているのか、自覚する。思ったよりも深く、深く、この大きな懐に甘えていた。
「いや」
リネーネは首を横に振る。
「お前と、少し話したい。あの家に帰るかどうかは、お前が決めてくれてかまわない。だから少し」
「少し、歩きますか?」
ルースはリネーネの髪に、指で触れる。
胸元まで伸びた髪を、そっと後ろに流した。
「街に行って、靴を買いましょう」
「……ルース」
「あなたが話したいのなら、僕は逃げずに聞きます。大丈夫ですよ」
微笑む顔は、どこまでも慈しみに満ちていた。




