表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/16

14. ここに、在る



 パトリシアがランスと婚姻関係を結んでいたのは、たった一年のことだった。


 彼女は幼い頃から、ランスの婚約者としてグアルディ家に受け入れられてきたそうだ。

 それもこれも、ランスが次の「ルース」として育てられ、パトリシアが「ルースの妻」として育てられてきたからだという。

 

 その存在を知らなかったリネーネは、高台の家にパトリシアが訪ねて来たとき、心の底から驚いた。

 なんという無情な秩序が生まれていたのだろう、と。

 

 しかし、当のパトリシアは、幸せに弾けた笑みで「お会いしとうございました!」と開口一番に感動を口にした。

 当時の彼女は十七歳。

 その純真。

 その、偽りのない深い情。

 パトリシアを見たリネーネが、ひと目で絆されたのも無理はなかった。


 それから半年後に、パトリシアは最愛の者と夫婦となり、それから一年後に離れ離れになることになる。

 







「……あら?」


 部屋に入ってきたパトリシアは着替え終えた二人を見て驚いたように目を見張った。


「別の部屋を用意しようかと思っておりましたが……もうお着替えに?」

「ああ」

「そ、そうですか……」


 何故か顔を赤らめるが、リネーネもルースも背を向けて着替えたのであって、照れることなどなにもない。

 なにか勘違いしていそうなパトリシアのやり場のない視線を落ち着かせるため、リネーネはひらひらと手を振った。

 いつもとは違う紫色のワンビースの袖が揺れる。


「部屋も、このままでいい。他の者もいるのだろう?」

「ええ……でも」

「大丈夫だ。な、ルース」

「あ、はい。えーと……あの、僕は外の様子を見たいのですが、少し部屋から出ても?」

「それはもちろん」


 ルースが立ちあがると、パトリシアに感謝を示すようにぺこりと頭を下げ、部屋を出ていった。

 その背中を見ていたリネーネは、呆れたようにため息を吐く。


「気を利かせたつもりだな」

「そのようですね。相変わらず思いやりにあふれた子だわ」

「昔から?」


 リネーネが尋ねると、パトリシアは姉のような笑みでくすくすと微笑んだ。

 彼女の柔らかさは、ルースにとても似ている。

 もしかしたら、ルースがパトリシアに似たのかもしれない。


「わたしはあの子が五歳の頃から見てきましたが、わたしを本当に姉のように慕ってくれていました。まあ、惚れっぽい子で」

「ルースが?」

「ええ。そうなんですよ。誰と会っても〝かわいいね〟と真っ直ぐに言って。小さな淑女たちがあの子を取り合って、大変でした」

「見目も麗しいしなあ」


 リネーネが言うと、パトリシアは口元に手をやって「ふふ!」とおかしそうに笑った。


「何に対しても肯定的な子だったんです。でも、そのせいか広く浅く何でも愛せてしまえるのか……どこか孤独感のようなものを持っていたところもありました。ランスの──いえ、お兄様のことが大好きではあったのですが」


 名前をうっかり出してしまった、とばかりにパトリシアが照れながら訂正する。リネーネは聞かなかったことにして、慈しむようにパトリシアを見た。

 

「ルースは大好きな兄と、慕う姉にそばにいてもらえて幸せだったんだろうね」

「そうだと嬉しいのですが……」

「あの態度は、ただの思春期だよ」

「……確か、もう二十歳を過ぎたかと……?」


 年齢までしっかりと覚えている。

 それもまた、パトリシアの愛情なのだろう。


「ルースはね、家族なのに、何もできなかったことを後悔しているのだと。お前を裏切ったように感じているだけさ」

「まあ……」


 パトリシアは驚いたように目を丸くして何かを言いかけたが、黙り込んだ。

 気持ちを飲み込むように、暖炉の揺らめく火の先を追い、優しく笑う。


「リネーネ様」

「ん?」

「リネーネ様は、昔わたしが突然訪ねたとき、追い返すことなくわたしを受け入れてくださったことを、覚えていらっしゃいますか?」

「もちろんだよ。とても可愛いお客様だった」

「ふふ!」


 パトリシアは無邪気に笑うと、静かに言葉を大切そうに紡ぐ。


「今にして思えば、わたしの行動はリネーネ様に〝妻はわたしだ!〟と宣戦布告に行ったようなものだったな、と思うのです。なんて恥ずかしい真似をしたんだろう、と。でも、リネーネ様はわたしをそのまま受け取ってくださった。わたしと、友人になってくださった。わたしが、加護を授けられたあとも……時折手紙をくださった。恐怖の中で、それがどれほどわたしの支えになったことか」

「パトリシア」

「あの子を、支えてくださっていること、感謝します」


 その声が、震えた。

 気丈に振る舞っていた彼女の何かが、ほろりと崩れる。

 

 リネーネはそっと彼女の肩を抱き、抱き寄せた。

 パトリシアが小さな声で、絞り出す。



「私は、死者になっておりませんか?」



 ぎゅっと身を小さくする彼女を、リネーネは愛情を込めて優しく包む。


「大丈夫。大丈夫だよ、パトリシア。君はここに在る。生きているよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ