11. ルース
加護を持つ者たちの中で、異質な存在──それが、リネーネであり、リネーネと一対である「ルース」だった。
どの時代の「ルース」も、役目を終えると、彷徨う死者となることなくそのまま消えていく。
加護が、次の者に宿るためだ。
そうして次の「ルース」が決められた手順通りにリネーネもとにやってくる。リネーネが触れることで加護は定着し、彼らは黄金の矢となって跳び、影を縛るさざなみを作り出すようになる。
それらはすべて、リネーネという存在のための加護だった。
加護の歪みを正す反作用は、一つのみ。
リネーネのために存在するならば、強力な加護と、生を与えられる。
もし、リネーネが橋の上にやってきた者を認めなければその者は生を終え、加護は次の「ルース」へと向かうのだ。
彼らはそれから逃げることなどできない。加護は代々「ルース」たちの血脈の中を漂い、彷徨い、必ず一人に宿る。
死を迎えるまで。
金の髪をした青年「ルース」との強制的な再会を幾度となく繰り返していても、リネーネは彼らの生への責任を握る瞬間は、なんとも言えない気持ちとなった。覚悟とも、罪悪感とも──安堵とも違う。複雑で、一生整理のつかない感情だった。
「……」
リネーネは浅く息を吐く。
この少年が来たとき、もっと冷静になるべきだったのかもしれない。
そうすれば、違うことに気づいて、こうして近い距離で過ごすことは恐らくなかっただろう。数日に一度来て、街を見廻り、帰っていく。そんな、会話もない距離に。
「なんですか、リネーネ様」
便箋を腕で徹底ガードしているその腕が強張るように身じろいだ。
「なにか、後悔していらっしゃいます?」
嗅覚がすごい。
リネーネは悟られないように笑ってみせるが、胡乱な目を返されるだけだ。
仕方ないので、言葉にする。
「いや。後悔はしていないよ」
「では、僕で良かった、と思っていますか?」
「……」
「……」
「そうだね。思ってるよ」
「本当ですか?」
「意外と本当だ」
リネーネは負けを認めるように笑った。
後悔、というものとは少し違う。確認を怠って、加護を定着させてしまったことについて反省している。
今まで幾人もの「ルース」の人生を掴まえてしまったが、今までになかったこの時間は、どこかおかしくて──それでいて愛おしい。
そう思うことを許されるのであれば、だが。
リネーネの顔を見つめるルースは、本心であることを受け取ったあと、むくれるように目を伏せた。
「じゃあなんで兄に手紙を書く必要があるんです」
「伝えたいことが」
「だめです」
「……ルー」
「それで呼んでもだめです。手紙なんて……僕ももらったことがないのに!」
不機嫌の理由を聞いたリネーネは、思わずカップを落としそうになったが、どうにかテーブルに置くと、そのまま突っ伏して笑い出した。
「ふ! ふふふ! おま、お前……!」
「笑わないでくださいよ!」
「……ふ、……うん、ああ、ごめんごめん。悪いって。可愛くて」
可愛い、という言葉に、ルースは微妙な表情で呼吸を落ち着かせるリネーネを見る。
「かわいい、ですか」
「ん、嫌だったら取り下げる」
「僕の他に可愛い〝ルース〟はいましたか?」
「いや? いないよ。いない、いない」
リネーネが手を振ってまで否定すると、微妙な表情は何かしらのプライドを噛み砕くように顰められ、そして飲み干した。
「わかりました。僕は可愛くていいです」
「……そうか」
「はい」
「そうか」
「どうぞ、愛でてください」
愛でる。
飛んできたその言葉に、リネーネは虚を疲れたように目を丸くしたが、ルースが本気で言っていると気づくと、とりあえず「わかった」と返事をした。なぜかルースも一緒に頷く。
「ですので、兄への手紙はだめです」
「……うん、どこからどう繋がってそうなるのか全くわからないな」
「僕が可愛くなくなります。いいんですか?」
「ごめん、どうした?」
リネーネが首を傾げても、ルースはじとっと便箋を睨み「だめです」と言うのを見たリネーネは、やっと理解した。
手を伸ばして、ルースが腕で防衛する便箋の一つに、指を乗せる。
「だめです」
「お前に手紙を書くのも、だめなの?」
「えっ」
ルースの顔が、わかりやすく晴れていく。
これで、二十歳。もしかしたら自分はルースの育て方を間違ったのかもしれない。
そんなことがリネーネの頭に一瞬よぎったが、すぐさまその考えを放った。
「お前に手紙を書きたい」
「あっ、なら、とっておきの便箋があるのでそれにお願いします! 部屋から持ってきますね」
「……じゃあ、その間にランスへの手紙を書いても?」
「一枚以内ならいいですよ!」
あっさりと折れたご機嫌なルースは、「あと、僕が戻ってくるまでに終わらせてください」と制限時間まで設けて軽やかに部屋へ向かっていく。
あれでは即戻ってくるだろう。
リネーネはすぐにペンを取ると、一枚の便箋に簡潔に書き記す。
『話がしたい。忙しいお前には申し訳ないが──』
時間を作ってくれたら向かう、と書こうとして、止める。
これでは確実についてくる。
そして、絶対にそばを離れない。
無邪気な青年の顔を思い浮かべたリネーネは、なんとも言えない顔でペンを走らせた。
『お前の弟にバレぬように、もしくは絶対に聞かれぬように、二人で話す機会をどうにか作ってほしい。頼む』
手紙は、なぜか切実な嘆願書となっていた。




