第7話 竜神様との初デート
「フローリアは花が好きか?」
「はい。お花、好きです」
食堂のテーブルの上に広げたままの図鑑に視線をやり、エルディオン様がそう言った。
「神域には薬草くらいしか生えていないからな。外に花を見にいくか。竜の魂花ばかり見せられたら気が滅入るだろう」
それは意外な提案だった。
なんとなく、神域に来てからはここにずっといなければいけないと思い込んでたけど、外の世界に行ってもいいんだ。
それならぜひ行きたい。神聖都市エルダシアにはどんな花が咲くのか、この目で見てみたい。
「滅入りはしませんけど……外、出られるんですか?」
「神域に閉じ込めておくつもりはない。あの黒い男が探し回っているだろうが……何かあれば私が守ろう」
黒い男——ガイウス様のことだ。
あの人は夜会で見かけただけの私に執着心を向けていた。
ずっと何故だろうと思っていたけど、今はなんとなく分かる気がする。
ガイウス様は私の中の女神の力を狙っているのではないだろうか。
しかし今度は、何故そのことを知っているのかという疑問が湧く。
背筋が寒くなり、思わず身震いした。
「私、エルダシアに咲くお花が見たいです」
「ならば明日にでも出かけよう」
それでも、エルディオン様がいてくれるならきっと大丈夫だ。
この人は初めて会った日からずっと私のことを1番に考えてくれている。
そう考えて、エルディオン様のことを信頼しているんだなあと気付く。
それは少し気恥ずかしくて、ちょっぴり甘いような気付きだった。
*
「……服、どうしよう」
翌日、私は起きてからずっとクローゼットの前で悩み続けていた。
せっかくのお出かけだから1番可愛い格好をしたい。
でもエルディオン様の隣を歩くと思うと、何が正解か分からない。
エルディオン様の普段の服装を思い出す。
いつも大きく印象は変わらない、上位神官のローブを更に豪華にしたような重そうな服を着ているのだ。
ではあれが竜族の普段着かというとクロトは全然違い、金の刺繍が入った黒地のシャツに下は膝丈のハーフパンツという軽装だ。
そのような服装で来る可能性もある。クロトは可愛いけど、エルディオン様がハーフパンツはちょっと嫌かもしれない。
「エルディオン様、何着てくるんだろう……聞いておけばよかった」
早く準備をしないと部屋まで様子を見に来るかも。
焦りながら悩んで、迷った結果自分が好きだと思う服を着ることにした。
私の髪よりも淡い、光の加減で白にも見える薄桃色のワンピース。
この色は下の姉リリアンお姉様も好きで、真似をするなと言われるので絶対に選べない色だった。
1度、上の姉がこの色のブラウスをお下がりにくれたけど、それも奪われてしまったと苦い思い出が蘇る。
でも今は好きなものを選べるんだ。
嬉しくなっていつもより念入りに髪を梳かし、襟元のリボンとお揃いの赤いリボンで髪を結んだ。
全身鏡の前に立ち、くるりと回転してみる。
ただお花を見に行くだけなのに、ちょっと……浮かれすぎだろうか。
その時、部屋の空気が一瞬だけひんやりと冷たくなった。初めてエルダシアに来た時に感じたミント系のハーブの香りがする。
ピンと来たのでドアを開けると、やはりそこにはエルディオン様が立っていた。
「分かるようになったか?」
「魔力……ですよね」
エルディオン様の魔力を私が感じ取れるようになったのだろう。
近くにいると空気が違うのがなんとなく分かる。これなら突然現れて驚くことはなさそうだ。
「今日も可憐だな。薄い桃色もよく似合う」
「ありがとうございます。というか……」
エルディオン様が、ローブじゃなかった。
清潔感のある白いシャツと、ダークグレーの細身のパンツ。
アウターには春物の薄手のジャケットを羽織り、シンプルな分素材の良さが引き立つ。
長い銀髪もいつもより高い位置でまとめていて、正直、とても、目のやり場に困るくらい、素敵だ。
「その、エルディオン様も、いつもと違って……お似合いです」
「出歩くのにあれでは重いからな」
恥ずかしくて直視できなくなり目を逸らした。
先日のようななりゆきではない状況で、男性と並んで歩くのは初めてだった。
今さらだけどエルディオン様は背が高い。
今はローブのようなゆったりとした服ではないのでスタイルの良さも際立つ。
もしかして、とんでもなくかっこいい人とこれから一緒に歩くってこと……?
そう思うと緊張で足が震えてしまう。
「どうした?」
少し先を行っていたエルディオン様が振り返るので、私は慌てて後を追った。
転送門を抜け、来た時と逆ルートで回廊を通り神殿の外に出た。今日は衛兵たちの視線も気にならない。
神殿のある高台からはエルダシアの白い街並みがよく見えた。
「今日はよく晴れていますね。こんな青空を見るのは久しぶりです」
私が幼い頃はもっと晴れの日が多かった記憶があるけど、ここ数年は曇りの日ばかりだ。
そのせいで植物の育ちが悪く、花とハーブが特産品のモンラヴァンは財政危機に陥っている。
「エルダシアには神域があるからな」
「何か関係あるんですか?」
「ここ数年天候が悪いのも、土地が痩せているのも、魂樹の力が弱まっているのが原因ではないかと考えている」
創世神話ではこの大陸は大きな木の根の上にあると言われている。
その根を持つ大樹が魂樹だ。
全ての命の源であり、人々の魂が生まれそして還っていく場所だと言われている。あくまで伝説上では。
「魂樹って……実在するんですか?」
「神域の最奥は魂樹のある場所へ繋がっている。エルダシアは麓とも言えるから、弱まりはしてもまだ力が及ぶのだろう」
私にとっては伝説の話だったけど、エルディオン様が語ると一気に現実感が増す。
そう考えると、モンラヴァンは魂樹から遠い。
だから魂樹が弱ってしまうと力が届かない。
だから土地が痩せた。ということか。
「それ……問題ですよね」
「神殿の者たちが解決案を模索している所だ。無論、私も」
エルディオン様の瞳は使命感に燃えているようだった。
あまり1人で抱え込まないでほしいけど、だからといって私にできることも今は思い付かない。
ならばせめて今日は楽しく過ごしてほしいと思った。
「行きましょう」
私は勇気を出してエルディオン様の手を握った。
一瞬、彼が驚いたようにわずかに目を見開き——優しく握り返してくれる。
大きな手。温かい手。この手をずっと前から知っているような気がした。




