表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

第6話 魂花の絵が大人気

「あの、今少しよろしいですか?」


 私が神域に身を寄せてから数日。

 食堂でお茶を飲んでいると若い竜族女性の3人組に話しかけられた。


 3人とも濃紺のローブを身に纏い、鮮やかな赤髪をポニーテールにしている。

 一様に緊張の面持ちだ。何を言われるのかと私もドキドキしてしまう。

 

「は、はい。なんでしょうか?」

「わ、わ、私たちにも、魂花アニマフロラの絵を描いて欲しいです!」


 3人が同じタイミングでばっと頭を下げる。

 顔を上げた彼女たちの顔立ちが似ていることに気付き、3つ子だと直感した。

 彼女たちはお互いに顔を見合わせ、目配せをし合っている。


「あの、クロトの?」


「そうです! 私たち花読みを受けに外に行こうかってずっと相談してるけど、やっぱり勇気が出なくて」

「そうしたらクロト様が絵を見せに来たんですよ」

「エルディオン様の契花ジュメル様に描いていただいたって」


 3人は動きを完全にシンクロさせて、身振り手振りを交え必死そうに説明を始めた。その様子が微笑ましい。


「でも、急に押しかけてしまって、ご迷惑でしたら申し訳ありません」

「ご都合が悪ければ日を改めますし」

「無理にとは言いませんので!」

 

 左側の子の言葉を受け真ん中の子が言い添え、その右に立つ子がこくこくと頷く。

 もとより、断るつもりはなかった。


「私でよければ。ぜひ描かせて下さい」


 早速部屋から画材と図鑑を持って来て食堂のテーブルに広げた。

 向かい側に椅子を3脚並べ、彼女たちを座らせる。


 少し離れたところに立ち3人をひとかたまりに捉えて、透明なカーテンのように揺らぐ空気の向こうを視た。


 存在感のある赤いブーゲンビリアだ。

 面白いことにそれぞれ少しずつ色味が違う。


「とても綺麗な魂花アニマフロラですね」

「本当ですか?」

「早く見たい!」


 紙を3枚横に並べて、下描きを始める。

 薄い花弁が特徴の花だから、細いペンを使い繊細さが出るような筆致を心がけた。


 下描きができたら絵の具で少しずつ色を載せてゆく。


 1人は燃えるように鮮やかな赤。

 もう1人は紫寄りの、深みのある落ち着いた赤。

 そして最後の1人は、淡く光を含んだようなオレンジがかった赤だ。


「できました」


 向かい側から歓声が上がる。

 3人とも花が咲いたような笑顔を浮かべていて、私も嬉しくなった。


「神域にはこんなお花咲いていませんね」

「これ、なんてお花ですか?」


「これはブーゲンビリアです。実はこの赤い部分は葉が変化したもので、中心の小さな白い部分がお花です」


 図鑑を開きブーゲンビリアのページを開くと、3人がわあっと声を上げ覗き込んでくる。


「ピンクやオレンジも綺麗ね、実物を見てみたいなあ」

「花言葉は『あなたしか見えない』だって!」

「そんなこと言われたーい!」


 食堂の一角が盛り上がっている様子に、他の竜族たちが集まって来た。


 赤髪の人が多く、ちらほらと黒髪の人がいるが、エルディオン様のような銀髪の人はいない。


 気付けば数十人ほどに取り囲まれていた。

 神域はいつも閑散としているから、竜族ってこんなに人数がいたのかと驚くほどだった。


「何してるんですか?」

契花ジュメル様に絵を描いてもらったのよ!」


 3人組の1人が誇らしげに絵を掲げた。

 おおっと声が上がり、ざわめきが波紋のように広がっていく。


「クロト様が自慢していたものだ!」

「私も描いて欲しい!」


 なんだか大騒ぎになってきてしまった。

 紙が小さいから1枚描くのにそこまで時間はかからないけど、大勢に詰め寄られるのは困る。


「騒がしいな。何かあったのか?」


 涼やかな声が響いて、空間は水を打ったように静まり返った。

 神殿の方で用事があると朝から出かけていたエルディオン様が戻ってきたようだ。


「すいません、私の絵が——」


「大人気なんです!」

「皆が魂花アニマフロラを描いて欲しくなってしまって」

「こんなに集まっちゃいました」


 別に悪いことをしたわけじゃないけど、なんだか気まずくて謝ってしまった。

 しどろもどろになった私の言葉を3人が引き取ってくれる。


 エルディオン様は少し考えるような表情の後、口を開いた。

 

「花読みを受けたいなら、神殿に話を通そう。絵を描いて欲しい者は順番だ。フローリアに迷惑をかけるな」


 威圧感はないのに、どこか逆らえない強さのある言葉だった。


「承知いたしました! 皆、解散しよう」

「わたくし、希望者を受付しますわ! 邪魔にならないように、こっちに集まって」


 エルディオン様の言葉を受け、竜族たちはいそいそと輪を散らしてゆく。

 絵を描いて欲しい人たちは隅の方で順番決めを始めたようだ。

 何人かが名残惜しそうにこちらを振り返っていた。


「私たちも、もう行きますね」

「ありがとうございました!」

「こちらこそ、描かせてくれてありがとう」


 3人組が嬉しそうに去っていく。私は手を振って彼女たちを見送った。


 先ほどまでの熱気は徐々に落ち着き、食堂が静けさを取り戻す。

 思わず息をついた。


「——驚いたな」

「へっ?」


 さっきの状況を見たエルディオン様に何を言われるかと不安だったけど、驚かれるとは思っていなかった。思わず変な声が出てしまう。


「竜族は長命なだけあり、生きることに倦んでいる。毎日寝ているばかりで他のことへの関心が薄い者が多いが、フローリアの絵には皆、興味を持った。ただ事ではないぞ」


「そんな、大袈裟です」


 思わず首を振った。

 今までは邪魔者かいないものとして扱われるばかりの人生だった。注目を浴びることには慣れていない。


「フローリア。お前は、ここに良い刺激をもたらしているな」


 エルディオン様の言葉が胸の奥にじんわりと広がっていく。

 柔らかな声色。涙が出そうになった。


 私がしたことで誰かが喜んでくれる。それがこんなにも嬉しいなんて——

 

 かつては家族に蔑まれ、感情を殺し心を凍り付かせていた毎日。


 ガイウス様から求婚の手紙が届いたあの日からは、不安と恐怖で押しつぶされそうな日々を過ごしていた。


 今、あの頃の憂鬱さが嘘のように、私の心は穏やかに凪いでいた。

 


「おはよー。あれ、何これ? たくさんの魔力がぐるぐるしてる」


 今回の影の功労者、クロトが今起きた様子で食堂に入って来た。


「クロトおはよう。ありがとうね」

「どういたしまして! ……ってなになに?」


 キョトンとするクロトの様子に、私とエルディオン様はひっそりと微笑み合ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ