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枯れ花令嬢は竜神の愛で咲く〜落ちこぼれの私は、千年待たれた運命の花でした〜  作者: 水澄カオリ
【第3章】邪竜の再来と掴み取る未来

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第29話 巡りゆく生命

 クロトとお姉様を残し、エルディオン様と2人で上に向かって坂のように伸びる根の道を登る。


 まるで導かれているように道はただ一方向へと続いていた。


 周囲には淡い光が漂っている。

 無数の粒子のようなそれは、集まったり離れたりしながらゆっくりと流れていく。


 やがて、道の先に光の収束する場所がぼんやりと見え始めた。

 根が集まって小さな部屋のような空間を形作っている。


 その空間に足を踏み入れた瞬間、空気が一段重くなった。


 小さな空間の奥には絡み合う根でできた壁。行き止まりだ。


 壁の一部分が不自然にぽっかりと空いている。

 屈めば人間1人くらいは収まりそうな穴だった。


 穴の中は赤黒く濁った痕跡が残り、瘴気の残滓が感じられる。


 ここが——魂樹《アニマアルブル》の最深部。


 そして、邪竜の呪いがあった場所。

 もう呪いはない。しかし、癒えきらない傷が残っていた。


 怖いと思った。

 触れた瞬間に死ぬかもしれない。また、同じことを繰り返すのかも。


 エルディオン様を振り返る。

 彼は頷いてくれるが、その表情は固かった。


「もしダメだったら、また私が生まれ変わるまで、待っていてくれますか?」


「そうはならないと信じているが……1000年でも2000年でも待とう。そして何度でも迎えに行く」


 恐れが消えたわけじゃない。けれど、それでもいいと思えた。


 たとえ終わりが訪れたとしても、彼はきっと何度でも私を見つけてくれる。

 ——だからどうなっても平気だ。



 大きく息を吸う。

 癒されるのを待ち侘びるように疼く傷口に、左手で触れた。


 枯れかけた世界を繋ぎ止めるための光が、指先から静かに広がる。


 私の手から流れる黄金色の癒しの魔力は、脈打つように波紋を広げ奥深くへと染み渡っていく。


 猛烈な勢いで魂樹《アニマアルブル》に魔力が飲まれる。

 しかしその全てを満たすには、まだまだ足りなかった。


 指先に震えが走る。体温が下がっているのを感じる。

 傷が広すぎる。深すぎる。1人では、とても——


「フローリア、大丈夫か」

「まだ、なんとか……」


 エルディオン様が私の右手を握ると、あたたかな魔力が流れ込んでくる。


 このぬくもりと共に死ねるのだとしたら、それも悪くないなんて考えが過《よ》ぎった。

 弱気になってしまっている。


 ふいに、流れて来る魔力の中にエルディオン様のものとは異なるものが混じっていることに気づいた。


 それも1つではなかった。2つ、3つ……いくつもの気配が、重なり合うようにして流れ込んでくる。


 流れ込む魔力は尽きることなくひとつの流れとなって私の中へと満ちていく。

 震えていた指先に、もう一度力が戻った。


 人々のあたたかな想い、祈り、願い。魂花《アニマフロラ》の輝き。

 その全てが、私へと繋がってくる。


 体中を満たす魔力をひたすらに魂樹《アニマアルブル》へ送り続ける。



 それまでは放出するそばから飲まれていた光が、ある瞬間に指先から溢れた。


 癒しの魔力が根を満たす。

 幹を駆け上がる。枝を巡る。


 強く、確かな脈動を感じる。


 崩れかけた部分が再構成される。

 瘴気が洗い流される。


 辺り一体が生命の輝きで満ちていく。


 魂樹が、息を吹き返していく。


 生命の輝きは魂樹の内側から、外へ。

 エルダシアへ。大陸全体へ。


 そして世界中へ広がっていく。


 花で。光で。命で——世界が満ちていく。


 やわらかな風が吹いた。

 色とりどりの花びらが舞っている。


 あたたかく優しい光の中、私は確かに生きて、根の地面を踏み締め立っていた。


 

 役目は果たしたと言わんばかりに、空間を形作る根が光と共にほどける。

 足元の根も光に変わり、落下しそうになった私をエルディオン様が抱き止めた。



「あ、皆……!」


 抱きかかえられたままエルディオン様の翼で下層に降り立つと、そこには神域で過ごしていた竜族の皆が集まっていた。


 その足元には一様にあの魔法陣が描かれている。

 私に魔力を送ってくれていたようだった。


「フローリアお嬢様!」


 駆け寄ってきたマリエルさんが私を抱き締めた。

 そのぬくもりに触れた瞬間、張り詰めていたものが緩む。


「クロト坊っちゃまに呼ばれたんです。力を貸して欲しいって」

「ありがとう。すごく、助かりました」

「こんな老いぼれでもお役に立てて光栄ですよ。良かった良かった」


 私たちは2人とも泣いていた。顔をぐしゃぐしゃにして喜び合う私たちのそばで、クロトが嬉しそうに笑っている。


「魔法陣っていうのは、描くのにも魔力を使うんだね。気づかなかった」


 ここにいる竜族全員分、数十個の魔法陣を描いたであろうディアンヌお姉様は肩で息をしている。


「お姉様、大丈夫ですか?」

「ああ平気だよ。でもちょっと……疲れた」


 お姉様の身体からがくりと力が抜け、慌てて支える。

 気絶してしまったのかと覗き込むと、お姉様は安らかな寝息を立てて眠っているようだった。


「マリエル、神域に部屋を増やしておくから休ませてやれ」

「お任せ下さい」


 マリエルさんはハンカチで素早く涙を拭うと私からお姉様を引き受け、背負って立ち去った


 エルディオン様が私の隣に立つ。


「フローリア、よくやったな」

「私だけの力じゃありません……皆の、おかげです」


 エルダシアに戻るため空間の外に出ると、ちょうど夜明けが訪れていた。

 風が、綻び始めた花の香りを運んでくる。


 朝と夜の混じり合うラベンダー色の空を、私は晴れやかな気持ちで見上げた。

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