第28話 光と闇の激突
空間の中心に、闇を凝縮したような巨大な塊が浮かんでいた。
ぼやけた輪郭が徐々にはっきりしてきて、竜の形に変わっていく。
「フローリア、ここにいてくれ。すぐに——終わらせてくる」
今にも邪竜に向かっていきそうなエルディオン様に手を伸ばし、銀の鱗に触れた。
鱗自体は冷たいけど、その向こうには熱い血が巡っていることが分かる。
「どうか無事に戻って下さい」
そう伝えると、エルディオン様が何かを請うように身を低くし頭を下げる。
私は1歩踏み出し、背伸びをして竜の頬に口付けた。
もう言葉はいらない。「行って来る」と私に目配せをし、エルディオン様は闇に向かって飛び立った。
「……久しいな、エルディオン」
声が直接頭に響いてくる。ガイウスの声にどこか似ていて、それよりも低く、くぐもった声。
輪郭が曖昧な翼が大きく羽ばたくと、一面を塗り潰すように圧倒的な闇が溢れ出した。
「お前のせいで、随分と長く眠らされた」
エルディオン様の羽ばたきが周囲の闇を押し返す。
それはまるで意思を持つかのようにゆっくりとうねり、渦を巻いて空間に飲み込まれるように消えた。
「今こそ決着を着ける時。世界を終わらせる前に、邪魔なお前を先に消してくれる」
邪竜が動いた。巨体からは想像もできないスピードでエルディオン様に迫る。
衝突した瞬間、空間が爆ぜたように空気がびりびりと震えた。
牙と牙が激しくぶつかり、火花のように魔力が弾ける。
邪竜の闇が広がっては、エルディオン様の光がそれを押し返す。
漆黒と白銀が、激しくせめぎ合っていた。
邪竜が翼を振り上げる。横薙ぎの一撃がエルディオン様を捉えようとしていた。
その時、一筋の軌跡が空を裂いた。
黒色の流星が猛スピードで邪竜の脇腹に激突する。
あれは——
「クロト……!」
邪竜は大きく体勢を崩すが、立て直しざまに鋭い爪を振り下ろす。
クロトは素早く旋回しかわすと、私の立つ根に向かって羽ばたいた。
信じられないことに、その背の上に誰かが乗っている。
「ディアンヌお姉様!?」
お姉様がクロトの背から飛び降りる。
クロトも空中でくるりと回転し、人間の姿になった。
「王都に行ったら行き違いだったから急いで戻ってきたけど、ちょうどフローリアのお姉さんがいたから連れてきたよ」
「よ、よくあんな飛び方して……無事ですね」
「防壁を張れば平気さ。意外と乗り心地は悪くないね」
猛スピードで飛ぶ竜の背の上で防壁を展開することがそもそも無理だ。
私だったら吐いていたであろうというのに、お姉様はけろりとしている。
「あ、炎撃とうとしてる! 魂樹が燃えちゃうよ」
クロトが上空を指す。圧縮された魔力が、邪竜の口元一点へと集まりつつあった。
「任せな。あたしが防壁を張ろう。フローリア、手伝ってくれ」
お姉様はポケットから魔法陣の図案が描かれた1枚の紙を取り出した。
「ライラに急いで作らせた。広場の魔法陣を分析してアレンジしたものだ。急ごしらえだが、効果はあるだろう」
お姉様が腰の細剣を抜き、少し浮かせて地面の上を滑らせる。
すると、赤っぽい光を帯びて魔法陣が淡く浮かび上がった。
「フローリア、この上に乗ってくれ。あんたの魔力があたしに流れるはずだ」
「分かりました」
恐る恐る足を乗せると、確かに爪先から魔力が抜けていくような感覚を覚えた。
それは広場に描かれた魔法陣より奪う速度が緩やかで、抜いた魔力は陣を描くときに指定した対象に即座に供給されるのだという。
「魂樹相手にどこまで通用するか……」
お姉様が手を伸ばす。空中戦を繰り広げる2頭の竜を大きく包むように炎が燃え上がった。
炎が薄い光のカーテンに変わる。
光は花弁のように重なり合い、魂樹を竜の炎から守る巨大な防壁となった。
闇色の閃光が走る。
咆哮と共に放たれるのは空間ごと焼き払う、邪竜の炎。
飲まれないようエルディオン様が白銀の炎を吐き、2つの力が正面から衝突した。
漆黒と白銀の炎は押し合うが、わずかに邪竜が優勢に見える。
白銀の炎が徐々に押し込まれていく。このままでは、負けてしまう。
「あたしはそろそろ魔力切れだ」
「まだ、大丈夫です」
魔法陣は私の魔力を吸い続けていたが、私の足元は少しも揺らがない。
お姉様は私から供給された魔力でなんとか防壁を維持していた。
私の方はいつまで吸われても平気だと思った。
まるで魔力が底無しになってしまったかのようだ。
その時、押し負けそうになっていたエルディオン様の胸元——心臓のある辺りが光った。
私の魂花が、燃えるように熱い。
「もしかして、お守り……?」
建国祭に行く時に作ったお揃いのお守り。
スカートのポケットに入れていたそれを取り出すと、同じように光っている。
私は祈りを込めてぎゅっとお守りを握った。
呼応するように白銀の炎が一気に膨れ上がり、邪竜が大きく揺らいだ。
炎は邪竜を飲み込み、徐々にその姿を削ってゆく。
消えるかと思った最後の瞬間——邪竜の姿が、人間に変わった。
それを見たエルディオン様は炎を吐くのを止める。
私は息を呑んだ。距離があってはっきりは見えないが、あれはきっとガイウスだ。
眠るように空中に横たわるガイウスの身体が、光の粒子になりほどけていく。
光は連なり、魂樹の中心のさらに奥へ流れるように上っていった。
私は光が遠ざかり見えなくなるまで、それを目で追っていた。
エルディオン様が私たちの元へ戻ってくる。
人間の姿になり、乱れた髪を払った。
息は上がっているが、怪我はしていないようだ。
「エルディオン様!」
私は我慢できずにその胸に飛び込んだ。
元々高い体温が竜態になるとさらに上がるのか、エルディオン様の身体は声を上げそうになるほどの熱を持っていた。
これは生きている証だ。嬉しくなって抱きついた腕に力を込める。
「フローリア、心配をかけたな」
エルディオン様は応じるように腕を回し、私の背中を優しく撫でてくれた。
「クロト、ディアンヌを連れてきてくれて助かった。防壁がなければ炎で魂樹を焼くところだった」
「まあね。ボク、大局見えちゃってるから」
クロトは得意げに胸を張る。
こともなげに振る舞っているが、夜の闇の中で背中に乗せたお姉様を振り落とさないように、かつ猛スピードでここまで飛ぶのは簡単ではなかったはずだ。
しかし、彼はそんな様子は一切見せず、花のような笑顔を振りまいていた。
「まだ、終わったわけじゃありません」
ガイウスの魂が上っていった先を見上げる。
次は私の番だ。
魂樹の根の最深部——
今にも崩れ落ちそうな世界を繋ぎ止めるため、私たちは絡み合う根の道に1歩を踏み出した。




