第27話 星なき空の果て
ドタバタと誰かが階段を駆け降りてくる足音が聞こえてくる。
「ガイウスめ、どこを探してもいないぞ」
地下室に降りてきたのはディアンヌお姉様だった。
「……おっと、邪魔したかな」
「い、いいえ、滅相もない」
揶揄うようなお姉様の言葉に私は赤面しつつも立ち上がり、誤魔化すようにスカートの埃を払った。
「隊長さすがに人使い荒すぎですよ。手当出ます?」
遅れて、ライラさんがのろのろと降りてくる。
元々眠そうな目が今は半分しか開いていない。
今は深夜だ。もしかして寝ているところをお姉さまに叩き起こされたのかもしれない。
「わっ、すごい。こんな部屋が隠されてたなんて」
地下室の壁に貼られた魔法陣の図やテーブルの器具を見て、眠気が覚めたようにライラさんが目を見開いた。
「ん? ていうかこの部屋……すごく魔力が濃い」
キョロキョロと部屋を見回していたライラさんの三白眼と目が合う。
彼女は合点がいった様子で私に近づいて来た。
「ちょっと、魂花を見せて下さい」
「あ、はい」
左手を差し出す。ライラさんの『花読み』により、再び地下室に魂花の花畑が浮かび上がった。
読まれているのは私だけなのに、契花との結びつきによるものなのかエルディオン様の紫のアイリスも見える。
離れた所でディアンヌお姉様が感嘆の声を上げるのが聞こえた。
「なにこれすごっ……あのあとエルディオン様と何があったんですか?」
真ん中から2つに割れたテーブル、粉々になったガラス製の実験器具。
ライラさんは荒れた地下室をぐるりと眺めた。
「このひどい有様……まさか、せ」
「ご、ごごご誤解です! 違いますから」
何かに気付いたのかライラさんがボソリと言いかけるのを、咄嗟に遮る。
「まだ何も言ってませんけど。まあいいや、あとでじっくり聞かせてもらいます」
彼女は怪訝そうに眉をひそめたが、興味の対象が移ったのか私に背を向け、テーブルに散らばる魔法陣が描かれた紙を調べ始めた。
「お姉様」
ディアンヌお姉様の元へ向かう。
ポケットから畳まれた絵を取り出し、広げてお姉さまに見せた。
「ガイウスからの手紙に入っていました。ずっと大事にして下さっていたんですね」
『姉を人質に取っている証拠』として同封されていたこの絵は、拙いが私にとって思い出深いものだ。
それを見たお姉様は、気まずそうに目を伏せた。
「可愛い妹からのプレゼント、紙切れでも捨てられるわけないだろ」
「じゃあどうしてあんな態度取ったんですか。私嫌われてると思ってました」
怒っているわけではない。ただ、今の今まで迷惑がられていたと思っていた。
そうでないならそうと分かるように振る舞ってくれていたら良かったのに。
「悪かったよ。でも、親の機嫌を損ねて、進学が取りやめになったらと思ったら……庇えなかった。最低だろ」
「それは……その気持ちは、分かります」
「もし来世で立場が逆転したら、あたしを思う存分いじめるがいいさ」
「そんなことしませんよ。誰かさんじゃないので」
お姉様の真似をして皮肉っぽく、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「こいつめ」とお姉様に肩を小突かれ、小さく笑い声が重なった。
「行くぞ。ガイウスは——邪竜は魂樹だ」
エルディオン様の声が地下室に静かに響く。
彼はすでに立ち上がり、階段の上に視線を向けていた。
「あたしも行く、と言いたいところだが……あんたの背中はフローリア専用だろ?」
「まあ、その通りだな」
「まだやることもある。どうせ足手まといだろうし、留守番しておくよ」
お姉様は「やること」であるテーブルに向き直る。
その目線の先では、ライラさんが眠い目をこすり魔法陣の図案が描かれた紙をめくっていた。
地下室から地上に戻ると、遠く視線の先に巨大な影が見える。
「魂樹……」
それは建国祭の騒動の時よりも、はっきりと見えていた。
恐れも不安もある。それでも、隣にはエルディオン様がいる。
だから大丈夫。そう思えた。
「急ぐぞ」
「はい。行きましょう」
エルディオン様の言葉に頷く。もう、迷いはない。
私たちは、魂樹を目指し飛び立った。
*
「邪竜は、どうして世界を滅ぼそうとしているんですか?」
夜の空は真っ暗で目印になるような明かりもないが、方向感覚が正確なのか、エルディオン様は迷わず飛んでいた。
背中の上で、ずっと疑問だったことを聞いてみる。
私は世界を滅ぼしたいなんて思ったことがないから、邪竜にどんな事情があるのか見当もつかなかった。
「1400年前、フローリアをモンラヴァンから連れ出した私は、両親と生まれたばかりのクロトが過ごすエルダシアの神域に身を寄せた」
エルディオン様が語る、神域の過去。
かつてエルダシアの神域は今よりもっと小さく、そこに住んでいる竜族も少なかった。
魂樹に近いことで魔素が濃く、居心地が良かったのか長い時間をかけ徐々に住み着く者が増えたらしい。
その中の1人が、のちに邪竜となったヴァルカインだったのだという。
「奴は美しく成長したフローリアに懸想するようになったが、フローリアは……すでに私と、恋仲だった。奴の想いが果たされることはなかった。それがきっかけの1つだ」
「それって、私のせいじゃ……」
「フローリアのせいではない。元々竜の長い生に絶望して、歪んでしまった破滅主義者だった。魂を魂樹による転生の輪から解放する。そのような大義面分を掲げ、思い通りにならない世界を初期化しようとしたのだ」
好きな子が振り向かないから自棄になって全部壊そうとした。
それは、ずいぶんと身勝手な都合に思えた。
しかし、現ヴァルカイン家のように邪竜の思想を信奉する者たちがいたのもまた、事実だ。
ほどなく、エルダシアの大きな神殿と街並みが見えてきた。
上空は淀んだ魔力で黒く濁っている。
空間には大きな裂け目ができており、魂樹がその隙間から見えていた。
裂け目の中に入ると、広がっていたのは言葉を失う光景だった。
全貌が視界に入りきらないほどの巨大な樹。幾重にも重なる枝。
本来ならば生命の輝きに満ちているべき存在の魂樹——魂が還る場所。
しかし今、枝は枯れ、葉は色を失っている。
幹には幾重にも黒い亀裂が走り、そこからは邪竜の瘴気が滲み出ていた。
エルディオン様が高度を下げる。
幹と根の境目のあたりに、根が絡み合い内側へと口を開けている箇所があった。あれは魂樹の中心へと続く穴だ。
穴を抜けた先で、エルディオン様が私をそっと根の上に降ろした。
不思議な場所だった。
ここは根に開いた穴の向こう、つまり樹の中のはずなのに空がある。
足元には大地のように無数の根が絡み合い広がっていて、それは同時にゆるやかな坂道のように空間の上方向にも伸びていた。
空を見上げても伸びる根の先には終わりがない。
きっとここから根が世界中に伸びてゆくのだろう。
人の世の理を超えた、世界のはじまりとも言える場所に、私は立っていた。




