最終話 幸せな花嫁
「フローリアお嬢様、とてもお綺麗です」
私の髪を結っていたマリエルさんが、涙ぐみながら語りかけた。
鏡に映る私は光を織り上げたような花嫁衣装を身に纏っている。
胸元から腰にかけて銀の糸で花の意匠が刺繍され、縫い付けられたビーズは光を受けてやわらかくきらめく。
瑞々しい輝きを湛える若草色の瞳と、小さな花飾りをいくつも散らして結い上げた桃色の髪。
今日の私は確かに綺麗かもしれない。
鏡に向かってにっこりと微笑む。心からの笑顔だ。
魂樹が息を吹き返して半年ほど経った。今日は私とエルディオン様の結婚式だ。
一度はもうダメかもしれないと諦めかけたけど、皆のおかげで私は生きてここにいる。
そしてこれからもこの世界でエルディオン様と生きていく。その事実が、何よりも愛おしかった。
「枯れてなくて良かった……」
左手を見る。
あの時力を使い果たしてまた枯れてしまったのではないかと心配だったが、私の魂花は生き生きとして、光のような白い花弁を揺らめかせていた。
最後の仕上げに頭の上にヴェールを載せ髪飾りで留める。
マリエルさんが感嘆のため息をついた時、控室のドアが開けられた。
「そろそろ時間だ。準備はできているか?」
「エルディオン様」
振り返った先のエルディオン様は、白を基調にした婚礼用の正装を纏っている。
長い銀髪は一本の三つ編みにして横に流し、私とお揃いの小さな花飾りを着けていた。
エルディオン様の着付けには王室お抱えの髪結い師を特別に手配したのだとマリエルさんが自慢げに言っていた。
「フローリア、とても綺麗だ」
「エルディオン様も……素敵です」
お互いに見惚れるように微笑みを交わす。
エルディオン様が1歩近づき、私の前にある鏡を覗き込んだ。
「しかし、変じゃないか? 私がこんな花飾りなど着けて」
「似合ってますよ。お揃いで嬉しいです」
鏡を眺め渋い顔をするエルディオン様が微笑ましくてくすくす笑う。
そんな私を見て、彼は「フローリアがそう言うなら」と嬉しそうに目を細めた。
「本当にフローリアが私の妻になるのか……まだ夢を見ているようだ」
「夢じゃありませんよ」
私たちは時が止まったかのように見つめ合う。
マリエルさんが「あらあらあら」と呟きながら満面の笑みで退出したのが見えた。
*
あたたかな陽の光の下、あの日と同じように花びらが舞っている。
空は雲ひとつなく澄み渡り、世界は静かに息づいていた。
神聖都市エルダシア。大神殿の大広間は儀礼用に整えられ、色とりどりの花と磨かれた装飾品で飾られていた。
それらはひとつひとつが輝きを宿し、私たちの門出を祝福してくれている。
式の始まりを告げる鐘の音が高らかに鳴り響いた。
今日は私の家族たちが全員揃って出席してくれている。
お父様とお母様。何度か挨拶のため実家を訪問し、まだぎこちないながら私たちは少しずつ歩み寄れていると思う。
ディアンヌお姉様は自分の持つ部隊のメンバーも連れてきてくれた。その中には、ライラさんもいる。
やっと先月結婚したばかりのリリアンお姉様と契花の辺境伯様。
彼がリリアンお姉様を見つめる瞳は優しくて——思ったよりずっと幸せそうで安心した。
末の妹ロゼッタは領地経営に興味を持ちすでに頭角を表していると小耳に挟んだ。
マリエルさんは最前列で号泣し続けている。
彼女の隣には可愛い義弟のクロト。
2列目には私の1番のファンと言って憚らないゾイエ、レーネ、アンナの3姉妹。
それから神域の竜族全員。この場にいる全ての人が、私たちを祝福していた。
舞い落ちる花びらが1枚、導かれてきたように私の手のひらに載った。
それは、黒い薔薇の花びらだった。
「ガイウス……なのかな」
魂樹へと還った彼が生まれ変わるのも、そう遠くない未来かもしれない。
私たちは並んで、1歩ずつ確かめるように未来へと歩き出す。
もう迷わない、もう離れない。
光に満ちた世界の中で、私たちは永遠の愛を誓った。
*
夢のような式の喧騒はあっという間に遠のき、静かに夜の帷が下りる。
寝間着に着替えた私は、エルディオン様の私室を訪れた。
「1000年前の私は竜族としてはまだ未成年だったから、こうしてフローリアと正式な夫婦になるのは初めてだ」
エルディオン様はベッドに座らせた私の指輪に口付けると、感慨深そうにため息を漏らした。
「私たち、ずっと一緒にいられますか?」
前世の私はエルディオン様から癒しの魔力を譲渡されたことで成長が遅くなったようだが、今の私は人間として生まれ、18歳まで成長した。
このまま人間の速度で歳を取っていくのか、竜族と同じ速度で長い生を歩めるのかは気がかりなことだった。
「それは、老いる速度というものは目に見えて分かるわけではないから、なんとも言えないが……」
エルディオン様は歯切れ悪く口籠り、どこか気まずそうに目を泳がせた。
こんな彼の様子を見るのは初めてだ。
「なんだかはっきりしないですね」
「そうだな、なんというか……これから時間をかけて私の魔力を取り込んでいけば、いずれは……同じ速度になる、だろう」
途切れ途切れに語られる言葉。
どう言う意味だろうかと少し考え——理解した瞬間さっと顔が赤くなり、恥ずかしくて俯いた。
そんな反応すら愛おしいという風に抱き寄せられる。
「嫌になったか?」
「なってません……」
囁く声が耳元を甘くくすぐる。
エルディオン様は喜びを噛み締めるように、腕の中に収めた私の髪を指先で漉いた。
「フローリア、愛している。言葉では伝えきれないほど」
「じゃあ、どうやって伝えてくれるんですか?」
私はそっと彼の胸元に手を添えて、上目遣いでそう告げた。
その一言で、空気が変わる。
自分でも驚くほど大胆な言葉を言ってしまったと思う。
エルディオン様の瞳は、抑えきれない熱を帯びていた。
「自分が何を言っているか分かっているのか?」
「分かっているつもりです。子供じゃありません」
私を抱きしめる腕にぎゅっと力が込められる。
目を閉じると、そのまま唇が重ねられた。
腕を首の後ろに回し甘い口付けを受け入れると、押し倒されシーツの海に沈められる。
今夜、1000年越しの想いは抑えきれないほどの熱と共に花開く。
重ねたぬくもりは、やがてひとつに溶け合った。
私たちのこれからの足跡は、長い時を経てやがて神話となるだろう。
私の契花、私の運命の人。
繋いだこの手はもう、二度と離さない。
〜終〜
最後までお読みいただきありがとうございました。
お楽しみいただけましたら、ぜひブックマーク、★評価、コメントなどで応援いただけると励みになります。
それでまた、次の作品でお会いしましょう!




