第23話 解決策とすれ違い
「じゃあ……今回の魔法陣は」
「復活するにはまだ足りない魔力を集めるため、でしょうね」
独り言のような私の言葉にライラさんが反応する。
「あの魔法陣、おそらくガイウス様が仕掛けたものでしょう。ヴァルカイン家は古来より秘密裏に邪竜を信仰していたみたいです」
つまり、ガイウスの独断ではなくヴァルカイン家全体が邪竜の復活を狙っているということだ。
「いずれにしても、このままでは魂樹が枯れてしまうのも時間の問題だ」
エルディオン様の言葉が部屋の空気に重く沈んでいく。
「この国、大陸、ひいてはこの世界は魂樹の根の上にあります。それは伝説などではなく、事実です。樹が枯れたらこの世界はバラバラに崩れてしまうのではないかと、推測してます」
「どうすればいいんですか?」
私の問いにライラさんは黙り込んだ。
口元に手を当て、考えるように視線が揺れる。
「表層の傷を治すような普通の治癒魔法では、魂樹を癒せない。必要なのは、離れかけた魂と肉体を繋ぎ直すレベルの——生命に干渉できるほどの強い癒しの魔力」
その言葉に、胸がざわつく。それは——
「その魔力を持つ者は、世界に1人だけ」
ライラさんの視線が、ゆっくりとこちらへ向いた。
「フローリア様、あなたです」
名前を呼ばれた瞬間、息が止まりそうになった。
心臓がぎゅっと掴まれるような感覚を覚える。
私は、『女神』として世界のために犠牲になったのだと思っていたけど、その役割自体が、私にしか果たせないものだった。
「でも、魂樹を癒せるだけの魔力を注いだら、フローリア様の命が危険に」
「やめろ」
遮ったのはエルディオン様の声だった。
努めて感情を抑えてはいるが、滲む怒気が空気を震わせる。
ライラさんは肩をすくめた。
「事実、ですが……気分を害したのであればごめんなさい」
「その手段は取らない。1000年前と同じことを繰り返すつもりはない」
エルディオン様の言葉に迷いは一切なかった。
——1000年前。彼が何を見てきたのか。何を失ったのか。それを思うと胸が苦しくなる。
エルディオン様の瞳が隣に座る私を捉え、思わず息を呑んだ。
*
「……可能性があるとしたら」
沈みかけた空気の中で、ライラさんがぽつりと呟いた。
その一言に、視線が彼女に集まる。
「魂樹を癒しても枯れないだけの魔力があれば、命は助かるかもしれません」
完全な絶望ではないことが分かり、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
けれど同時に、それは簡単なことではないだろうとも思った。
「魂花が完全な満開なら、魔力は桁違いに増幅されます。その状態なら、あるいは」
そのまま、視線が私に向けられる。
「失礼……花読みを」
ライラさんは神殿の神官ではないけど、花読みの心得があるらしい。
言われるままに左手を差し出すと、彼女は私の手の甲の上に自らの手をかざした。
すると、魂花が淡く光を帯びて、この場にいる全員の目に見えるようになる。
それはまるで、生命そのものが形になったような花だった。
白い花弁は1枚1枚が薄く繊細で、触れたら消えてしまいそうなほど儚く、同時に力強くもあった。
「綺麗なお花です。これは、フルール・モンド。魂樹に咲くと言われる伝説の花ですね」
その時初めて、私は図鑑にも載っていない自分の魂花の正体を知った。
私が『枯れ花』だった時期を知っているディアンヌお姉様は、興味深そうに見入っている。
部屋が静まり返る。ほんの数秒のはずなのに、やけに長く感じられた。
やがて、彼女はふうと息を吐いた。
「まだ……満開じゃない。あとほんの僅かだけ足りません」
「そんな……」
思わず落胆の言葉を漏らす。
左手を見ると、魂花は再び幻影に戻り、見えなくなっていた。
「魂花を満開にするために必要なものは、契花との深い結びつきと言われています。それが何を指すのかは……わたしには契花がいないので分からないけど」
ライラさんが紅茶を飲み干した。
希望と現実の板挟みで、心に冷たい影がさす。この事実をどう受け止めるべきなのだろう。
私の魂花はちゃんと咲いているのに……想いだけでは足りないというのだろうか。
「フローリア」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「満開である必要も、その力を使う必要もない」
エルディオン様はそう言い切った。
その言葉も声色も、いつもと変わらず優しいのに——どこか、突き放すように感じられる。
「私は……」
言い返そうとして言葉に詰まった。何を言えばいいのか、分からない。
「もう1つ、気になっていることがあります」
重い空気の中で、ライラさんがぽつりと口を開いた。
「癒しの魔力を持つ者は、確認されている限り2人以上同時に存在することはなく、世界に1人。——それは、『遺伝』や『譲渡』により『継承』されます」
彼女の三白眼が私を見て、視線がゆっくりと横へ滑る。
「フローリア様の前の持ち主は、エルディオン様ですよね?」
心臓が、大きく跳ねた。
それは確信のある言葉だった。部屋がしんと静まり返る。
「……その通りだ」
ややあってエルディオン様が口を開く。否定は、しなかった。
「さらにその前は、エルディオン様の母君が。これは遺伝により継承されたことが古い記録にありました。エルディオン様が誰に渡したのかが定かではありませんでしたが、今日この目で見て、繋がりました」
「どうして、私に……」
戸惑い、疑問がこぼれ落ちる。
答えは誰も教えてくれず、ただ静寂だけが広がった。
「ここで考えてても答えは出ないだろう。あたしは行方知れずのガイウスを探す」
静寂を破ったのはディアンヌお姉様だった。
そう言って立ち上がったお姉様は一瞬私に何か言いたげな視線を向けたが、すぐに逸らされる。
「わたしも、もう少し調べてみます。分かったことがあれば共有しますので」
ライラさんも立ち上がり、2人は部屋を出て行った。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
*
応接室にエルディオン様と2人残される。
先ほどの話が尾を引いて、空気は重たく沈んだままだ。
胸の奥が冷えていき、嫌な考えが形を持ち始める。
まさか、最初からそのために? そんなわけはないと頭では分かっている。
視線が、ゆっくりとエルディオン様へ向かう。彼の顔を見るのが怖い。
「いざという時、使わせるために」
「……フローリア」
エルディオン様の声が、動揺で震えているのが分かった。
「私を犠牲にするために、この力を与えたんですか?」
空気が、凍りついた。言ってしまった瞬間後悔が押し寄せる。
でも、止められなかった。
「それは違う!」
即座に否定が返ってくる。しかしその先に弁解は続かない。
「では、どうして」
問いかける私の声も震えていた。唇を噛んで、泣きそうになるのを耐えた。
エルディオン様は言い淀んで口を噤む。
答えられない。その事実が重くのしかかり、胸の奥を軋ませた。
自分でも分かる。これは、きっと誤解だ。
でも、この沈黙はあまりにも……苦しすぎる。
「……少し、休みます」
立ち上がり、エルディオン様が何か言う前に踵を返す。
引き止める声は、なかった。




