第22話 邪竜と転生の理
エルディオン様はクロトを連れ、魂樹を確認するために急ぎエルダシアに戻った。
危険かもしれないというので、私は1人王都に留まっている。
一夜明けてからも、広場には昨日の惨状の爪痕が色濃く残されていた。
地面に描かれた魔法陣の名残を、騎士団に所属する魔術師たちが調べている。
私も手持ち無沙汰では落ち着かないので、壊された屋台の後片付けなどを手伝っていた。
「フローリア、まだいたのか。あんたの桃髪は目立つからすぐ見つけられるね」
振り返ると、ディアンヌお姉さまが立っている。
赤みがかった金髪をショートカットにし、騎士団の制服に身を包んだ彼女は気高く、美しい。
実家にいた頃、魔力を持たない私を蔑むばかりだった家族たちと違い、ディアンヌお姉様は魔法や魔道具の使い方を特訓してくれた。
結局何1つこなせず、厳しく叱責され涙することもあったけど、私はディアンヌお姉様を慕っていたのだ。
「お姉様、ご無事で何よりです」
「驚いたよ。あんたがまさか竜神の契花だったとは」
「え、なんでご存知なんですか?」
「夜会の警備をしてる時見かけた。見事なダンスを披露してたね」
顔がサッと赤くなる。あの時は無我夢中であまり覚えていない。
お姉様がいたなんて、全然気付かなかった。
「ていうか、あんたヴァルカイン家のガイウスと結婚するんじゃなかったのか?」
「色々、ありまして」
「ま、しなくて良かったのか」
お姉様は魔法陣を眺めてそう言った。
この魔法陣はガイウスが仕掛けたものだと、調べがついているのだろうか。
「あ、怪我してますよ」
ふと気づいた私はお姉様の手を取った。
小さな擦り傷がいくつかあったので、癒しの魔力でそれを治す。このくらいなら身体に負担はない。
「これは……ちょっとライラ、こっち来てくれないか」
私の手から注がれた魔力で傷が治ってゆく様子を見て、お姉様は魔法陣を調べていた魔術師の1人を呼び寄せた。
ライラと呼ばれた女性が小走りでこちらに向かってくる。
「隊長、何か?」
「フローリア、さっきのもう1回やってみな」
「え……これですか?」
促され、手のひらに癒しの魔力を発現させる。
それは黄金色の柔らかな光そのもので、手の甲側に咲く魂花と共鳴するようにわずかに揺らめいていた。
「黄金色の癒し……なんて綺麗な魔力」
ライラさんがどこか眠そうな表情で私の手のひらをぼんやりと眺める。
しばらくしてお姉様と二言三言交わし合い、また魔法陣の方へ戻って行った。
「何かありましたか?」
「エルディオンだっけ。あんたの契花は王都に戻ってくるのか?」
「そうですね。魂樹の様子を確認したらまた来るはずです」
「あとで呼ぶことになる」
それだけ言い残すと、お姉様は背を向けて行ってしまった。
私はまた1人になってしまう。今日は朝から片付けを手伝っていたから少し疲れた。
エルディオン様はそろそろ来る頃だろうか。
迎えにいこうかなと思い、城下町から少し歩いた所にある森の方へ行ってみることにした。
ここは、2日前王都に訪れた時降り立った場所だ。
まだ2日しか経っていないのに、なんだかずいぶん長い時間王都にいるような気がする。
しばらく空を見ていると、銀色に輝く竜がこちらへ向かってくるのが見えた。エルディオン様に違いない。
踏み潰されないように距離を取って離れた所で待つ。
エルディオン様からも私が見えていたのか、空中で早めに人間の姿を取り、見えない階段を降りてくるようにゆったりと地面に立った。
長い銀髪が風圧を受けて舞い上がる。その姿はまるで絵画のようだ。
「エルディオン様!」
「フローリア、待っていたのか」
待ちきれなくてエルディオン様のもとへ駆け寄ると、彼は柔らかく微笑みを向けてくれた。
魂樹の状況はまだ分からないけど、とりあえず最悪ではなさそうだ。
エルディオン様も無事で良かった。
「クロトはエルダシアですか?」
「ああ。マリエルと共に神域を任せてきた。クロトはまだ子供だが、いざという時の判断力は私より優れている」
それは少し意外だと思ったけど、クロトはエルディオン様が眠っている間、ほとんど1人で過ごしていた。
きっと、私が思っているよりずっとしっかりしているのかもしれない。
*
エルディオン様と王城へ戻ると、待ちかねたように侍女が出迎えた。
ディアンヌお姉様とライラさんが訪ねてきているらしい。
案内されるまま廊下を進む。磨き上げられた床に靴音が静かに響き、その音だけがやけに大きく感じられた。
応接室に通されると、そこにはすでに2人が待っていた。
「フローリアの長姉のディアンヌだ。こっちはうちの隊の魔術師、ライラ」
「どうも……」
ライラさんが気怠げにぺこりと頭を下げる。
彼女は私より年下にも、お姉様より年上にも見える、なんだか不思議な女性だ。
「ライラ、あたしの妹のフローリアと、契花の竜神エルディオンだ」
「よろしくお願いします」
私たちも挨拶をし、椅子に座る。
侍女が紅茶を運んできたが、とても飲む気にはなれなかった。
「魂樹はどうだった?」
「まだ持ち堪えてはいるが……やはり、王都から送られた魔力で呪いが進行しているように見えた」
お姉様の問いかけにエルディオン様が答える。
状況は最悪ではなさそうだが、決して楽観視はできなさそうだ。
「呪いが進行しきったら、どうなるんですか?」
「邪竜が復活する」
きっぱりと言い切ったライラさんの言葉で、部屋の空気に緊張感が走った。
彼女はそんなピリピリとした空気を気にも留めず、のんびりと紅茶のカップに手を伸ばす。
「熱っ」
カップを置いたライラさんは紅茶を飲むのを諦め、ヴァルカイン家の本宅から押収したという古びた紙を1枚テーブルに広げた。
そこには、簡単な図が描かれている。
中央に大きな樹の絵が描いてあり、そこから伸びたいくつかの線が繋がる先に小さな円。
ライラさんが指先で、円のひとつを指し示す。
「魂花——これは、人間の魂と、それに紐づく魔力の象徴」
次に、その線をなぞり、中央の樹の絵に触れた。
「魂樹は、魂の集合体みたいなものですね」
ライラさんは片手で頬杖をついて、中央の樹の絵——魂樹の絵に指先で円を描く。
「人が死に魂が肉体を離れると、魂は魂樹に還り、やがて別の肉体へ転生します。しかし悪しき魂は転生の輪には入れず、弾かれる」
その話は私も本で読んだことがあるけど、悪しき魂は転生できないというのは初めて知った。
魂樹が、転生する魂を選別する役割を担っているということなのだろうか。
「だから邪竜は死の間際に、呪いという形で自らの魂を根に留めた」
ライラさんの指が、今度は樹の根にあたる部分をゆっくりとなぞった。
1つ1つ、確かめるように言葉を続ける。
「1000年かけて魔力を蓄え、魂樹を通した転生ではなく、『復活』するために——」
心臓が、大きく脈打った。




