第21話 建国祭の異変
翌朝、私たちは広場で行われる建国祭の式典に参加するため、王城を後にした。
城下町は建国祭に訪れた人々の活気に溢れ、前夜祭以上の賑わいを見せている。
「クロト、今日は大丈夫なの?」
「昨日の夜の間はずっと竜でいたから、今日の夜ぐらいまでは人間で平気! 魔力制御とはまた別で、どっちかの姿で居続けられないんだよね」
一晩経ってすっかり元気を取り戻したクロトは相変わらずはしゃいでいた。
昨日は夜通し1人でカード遊びをしていたと、エルディオン様に話している。
「昨日は眠れたか?」
「いえ……部屋が広すぎて、なんだか落ち着かなくて」
エルディオン様が私の隣に来て、さりげなく手を握った。
広すぎる部屋と緊張と疲れと慣れないコルセットで固まった身体と、それからエルディオン様のせいで結局昨日はあまりぐっすり眠れなかった。
今も、恥ずかしくてエルディオン様の顔を直視できない。
式典まではまだ時間があるので、昨日とは違う路地を通りそこで開かれている市場を見て回った。
クロトが何か面白いものを見つけたようで、買って欲しいとエルディオン様を呼び寄せる。
「フローリアじゃないか、元気そうだな」
夜会で彼を見かけなかったことを不審に思うべきだったかもしれない。
私がふと1人になる瞬間をずっと狙っていたのか、ガイウスがどこからともなく現れた。まるで、影のように。
「なんの用ですか?」
「そんなに怖がらなくても今は何もしない」
1歩後ずさり、ガイウスを見据える。彼は口の端を歪めて笑みを作った。
やはり、この人の目は私を見ていない。私の向こうの、過去を見ている。
「なあ、俺はお前の知りたいことを知っているぞ。チャンスをやる。俺と一緒に来ないか」
知りたいこと、というのは魂樹のことだろう。
しかしそれはあまりにも空々しい言葉だった。
この人は今更何を言っているんだろう。
それとも、何か別の目的があるの——?
「い、嫌です。どうせ嘘でしょう」
「お前はいつもつれないな」
そう言ってガイウスは私に背を向ける。
そして、思い出したように芝居がかった動きで振り返る。
「ああそうそう。後悔させてやるって言ったこと、忘れてないからな」
そのまま路地裏に入り、暗闇に溶けるようにして消えた。
「エルディオン様! 今、ガイウスが……」
エルディオン様を呼ぼうとした時、突然空が暗くなった。
見上げると暗雲が垂れ込め、昼のはずなのに一帯に影を落としている。
さっきまで髪を揺らしていたそよ風がぴたりと止み、あたりに空気が固まったような違和感が満ちていく。
「ねえ、広場の方、魔力の流れがおかしいよ」
クロトがいち早く異変を察知し声を上げる。嫌な予感がした。
広場の方には式典を待ちわびる人々が集まっている。
私の横を、騎士服を身に付けた女性が疾風のように駆け抜けていった。
記憶の中に残る、赤みがかった金髪——
「ディアンヌお姉様?」
はっとした時にはもう、騎士の女性は走り去っていた。
*
広場に駆けつけると、地面が点々と淡く光っているのが見えた。
何が起こっているのか分からないまま人々は右往左往していて、騎士団の人たちが騒ぎを収めようと声を張り上げる。
光はやがて、点と点を線で繋ぎ始めた。
光の線は円を描き、交差し、重なり合い、複雑な紋様を形作っていく。
「魔法陣……?」
「これはまさか、邪竜ヴァルカインの——」
エルディオン様が呟いたその瞬間、見えない何かが一斉に引き剥がされるような感覚に襲われる。
これは、私が魂花を見る時に感じている透明なカーテン……? それが、一斉に剥がされていく。
人々の左手に、魂花が浮かび上がった。
魔力の流れに揉まれた魂花は激しく花弁を散らし、急速にしぼんでいく。
花が枯れ切った人から、1人また1人と、その場に崩れ落ちた。
魔法陣から離れようとして、逃げ切れず倒れる人たち。
辺りに悲鳴が満ちてゆく。
エルディオン様が魔法陣の元まで走り、地面に触れた。
バチンと弾けるような音がして、火花が散る。
彼の周りを囲むように咲いていたアイリスの魂花が1輪散るのを見て、背筋が冷える思いがした。
「厄介だな」
「あ、あれ見て!」
クロトが指差す先——はるか遠く、おそらくエルダシアの方角だろう。
雲の切れ間から巨大な、あまりにも巨大な樹が見え隠れしていた。
樹がある方角へ向かうように、膨大な魔力が流れていくのを感じる。
「魂樹……」
広場に仕掛けられた魔法陣が集まった人々の魂花から魔力を吸い上げ、魂樹に送っているのだと理解した。
エルディオン様はこの魔法陣をヴァルカインの、と言っていた。
これは、根に巣食う呪いを進行させるための魔法陣だ。
「ディアンヌお姉様!」
先ほど走っていった女性騎士が倒れている姿が私の視界に入った。
やはり私の上の姉、ディアンヌお姉様だった。
慌てて駆け寄り容体を確かめる。息は、ある。
私が禁域で昏倒したときと同じように、一気に大量の魔力を失って気絶しているだけだ。
お姉様の魂花、真紅のカサブランカが枯れている。
私は彼女の左手を取り、癒しの魔力を注いだ。
「う……」
ディアンヌお姉様は私たち4姉妹の中で1番魔力が強い。
魔力を分け与えたことで貧血に襲われたような眩暈が起こり意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって耐えた。
もう無理かもしれないと思った時……お姉様が目を開けた。
「そこにいるのは誰だ……」
「フ、フローリアです。妹の」
お姉様に会うのは5年ぶりだ。
最後に会った当時は13歳だったから、成長した私のことは分からないかもしれない。
「フローリア……?」
焦点の定まらなかったお姉様の視線が、ゆっくりと私を捉える。
「ずいぶん大きくなって——いつの間に役立たずを卒業したんだ?」
「えっと……」
声はまだ弱々しいが、少し皮肉めいたその言葉は確かに5年前と変わらない。
口を開きかけた私の言葉を遮るように、お姉様は身体を起こした。
まだ完全ではないはずなのにその動きには迷いがなかった。
「すまないが、あたしはもう行かないと。機会があれば、また会おう」
「分かりました。どうかご無事で」
「隊長ー!」
遠くからお姉様を呼ぶ騎士の声が聞こえる。
お姉様は最後に1度だけ私を振り返り、未だ混乱を極める人々の輪に向かい走り出した。
広場に展開された巨大な魔法陣の光は、時間と共に弱まった様子を見せている。
倒れた人々の中にも、徐々に意識を取り戻す人が現れ始めた。
『この場』の混乱は収束に向かい始めたように思えるが——
「フローリア」
辺りの様子を見て戻ってきたエルディオン様が、私のそばに立った。
視線はエルダシアの方角——雲の向こうの魂樹を見ていた。
「邪竜の復活が近いかもしれない」
エルディオン様の声が硬く緊張を帯びている。
運命が、1000年越しに動き出そうとしていた。
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次話より第3章、物語は結末に向けて走り始めます。引き続きよろしくお願いします。




