第20話 夜会と独占欲
「よくお似合いでございます、フローリア様」
私は、侍女に囲まれて今回特別に用意したというドレスを着せられていた。
促されて全身鏡を見るとそこに映る自分は別人のようだ。
柔らかな白を基調としたドレスは、裾にかけて淡い桃色と薄紫が溶け合うように広がる。
胸元には繊細な花弁の意匠が刺繍され、薄く透ける布で仕立てられた袖は動くたびにふわりと揺れた。
ドレスに合わせ結い上げた桃色の髪には、持参した髪飾りを挿している。
普段は髪を下ろしていることがほとんどだから、自分でも新鮮に見えた。
「エルディオン様がお待ちです」
侍女に呼ばれて部屋を出る。
大広間の入り口に、エルディオン様が立っていた。
「あ……」
エルディオン様の隣に立って彼を見上げた私は、思わず言葉を失った。
まるで初めて契花に出会ったかのような、時が止まったような感覚と、胸の高鳴り。
夜会のために正装を身に纏った彼は、息を呑むほど美しかった。
エルディオン様も私を見つめたまま微動だにしない。
大広間の扉が開き、宰相が呼びに来るまで、私たちは無言でお互いに見惚れていた。
*
扉の向こうに広がっていたのは、光に満ちた世界だった。
色とりどりのドレス。楽団が奏でる音楽と、談笑の声。
高い天井には高価な魔道具であるシャンデリアが吊るされ、大広間を照らしている。
「クロトは?」
「人間態を維持できなくなりそうだと、部屋に戻った」
クロトの姿が見当たらないので小声でエルディオン様に問いかける。
そっか、彼は1日頑張ってたんだね。
「竜神エルディオン様と、契花であらせられる婚約者のフローリア・モンラヴァン嬢がいらっしゃいました」
宰相の高らかな声が、広間に響き渡る。
談笑が一瞬止んで、その場にいる人たちの視線が一気に集まるのを感じた。
「あの方が竜神様なの? なんて美しい男性なのかしら」
「モンラヴァンのフローリア嬢があんなに可憐だったとは」
沈黙の後、波紋のようにざわめきが広がる。
品定めするような視線と、ひそひそ話。
俯いてはいけない、私はエルディオン様の隣に立つ者として、胸を張っていなければ。
「ようこそわが夜会へ」
国王が手招きをして私たちを呼び寄せた。
国王はパーティーが好きで、普段から大小さまざまな催しを行なっている。
弱小貴族のその末端にあるモンラヴァン家が何度か夜会に招待されているのも、参加者が多く賑やかな方がいいという彼のお祭り好きによるものだ。
「父の代では1度も参加いただけませんでしたからな。お越しいただき光栄です。竜神エルディオン様」
「竜族は時間感覚が人間のそれとは異なる。寝ているうちに何十年も過ぎてしまうのだ」
「はっはっは、仕方ありませんね。しかしこの記念すべき年に起きていらっしゃるのは僥倖ですな」
別に今までの建国祭を寝過ごしてたわけじゃないのに、エルディオン様さらっと嘘ついてる。しかし国王は気づいている様子もなく嬉しそうだ。
「皆様、今宵はどうぞ存分に楽しんでいただきたい」
国王の言葉を合図にして、奏でられる音楽が変わった。
ゆるやかな旋律に合わせて、広間の中央で数組の男女が踊り始める。
「フローリア」
すでに談笑に戻った貴族たちもいるけれど、それでもなお、こちらへ向けられる視線は消えていない。
踊る男女を眺めていると、エルディオン様が私を呼んだ。
「せっかくここまで来たのだ。1曲踊るか。私の契花」
「エルディオン様、踊れるんですか」
「当然だ」
私もダンスは夜会で恥をかかない程度にお母様に教わっていたけど、実際に踊ったことはなく、自信はない。
それでも、勇気を出して彼の手を取った。
あまりにも完璧なエルディオン様のエスコートに引き上げられ、私の動きも自然と洗練される。
人々の好奇の目が、徐々に驚きに、そして感嘆に変わってゆく。
今この瞬間。私たちが、この夜会の中心にいた。
*
部屋に戻り、心地よい疲労と共にソファに沈む。
一時はどうなることかと思ったけど、案外なんとかなった。
あんまり食べられなかったけど料理は美味しかったし、ダンスも……楽しかったな。
リリアンお姉様が夜会を好んでいたのも今なら分かる気がする。
「フローリア。会いに来たぞ」
カチャリとドアが開く音がして、部屋にエルディオン様が入ってきた。
絶対に来ると思って鍵を開けておいたのだ。
この時間、正式な結婚前に女性の部屋を訪問するというのはあまり褒められた行いではないが、この人には何を言っても無駄だろう。
「ちょうど良かった。今から魔法芸術師のパフォーマンスが始まりますよ。一緒に見ましょう」
エルディオン様を誘ってバルコニーに出ると、遠くに城下町の広場が見えた。
点在する小さな光が不規則に揺れている。明かりを手に人々が集まっているようだ。
やがて広場の辺りが一際明るく光ったと思うと、光の玉がゆったりとした速度で空にのぼっていく。
それは中空でぽんと爆ぜ、燃えながら八方に色とりどりの光を散らした。
「綺麗……」
「成程。見事なものだな」
その様はまさに夜空に咲く火の花だ。
1つ、2つと連続で打ち上がり、真っ暗だった夜空が色と光で満ちてゆく。
決して長い時間ではなかったと思う。その間、私は夢中で見入っていた。
「終わっちゃった……戻りましょうか」
前夜祭の催しが全て終わったようで、点々とした光は広場からそれぞれの帰路へ向かい動き出す。
私は部屋に戻ろうと振り返った。
しかしバルコニーから部屋に続く扉の前にエルディオン様が立っていて、通れない。
「あの、戻りましょうよ」
それには答えず、エルディオン様は私の腰に手を回し、もう一方の手で私の顎を持ち上げた。
何をしようとしているのか察して慌てて彼を押し返そうとしたが、びくともしない。
「まだ人も多いし、誰かが見てるかも」
「見られて困る関係ではない」
「でも——」
反論を口付けで塞がれる。
それは強引だけど優しくて、抵抗ができなかった。
甘い熱に捕らわれ、理性が溶けていく。
「あんなに美しく着飾って——どこかの貴族に見初められたらどうする」
「何言ってるんですか。私、心変わりなんてしません」
「分かっている。だが面白くない」
私が夜会で貴族たちに見られていたから嫉妬したのだろうか。
エルディオン様の声色には、私への独占欲が滲んでいた。
「わ、私だって、令嬢たちがエルディオン様に見惚れてて……面白くなかったですよ」
その言葉に、エルディオン様の表情から余裕の色が消えた。
何か言おうとして、再び唇が重なる。
触れて、離れて——また重ねる。彼は何度も私の唇を啄んだ。
繰り返されるたびに、それは深くなり、逃げ場がなくなっていく。
「んんっ」
思わず甘い声を漏らしかけ、慌てて口元を押さえた。
これ以上はいけないと思いありったけの理性をかき集め、全身で体重をかけてエルディオン様を部屋に押し込む。
「だ、だめです。今は……だめ。もう、終わりです」
「フローリアがそう言うなら、仕方ないな」
部屋の入り口まで押しやられたエルディオン様は、名残惜しそうに私の髪を掬っては撫でている。
最後に私の額に口付けを落とし、そっと扉を開けて去っていった。
1人になると、部屋は一気に静かになった。
この部屋は私には広すぎるし、家具や装飾品も豪華すぎて落ち着かない。
心臓はまだドキドキしているけど、とりあえず寝ようとベッドに潜り込んだ。
そういえば、神域で私の部屋に初めて案内された時、どこか懐かしい感覚があった。
それはきっとラベンダーの香りや、実家で使っていたものに似た木目調の家具のおかげだったと思う。
エルディオン様は、きっと私が寛げるように部屋を整えてくれていたんだ。
そんなことを考えながら、熱の余韻に包まれ私はやがて眠りに落ちた。




