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第19話 王城へ

 私は竜の姿になったエルディオン様の背に乗って、王都への空を飛んでいた。


 私たちは3人で建国祭へ向かっている。

 今日は前夜祭があるので、1泊2日で滞在する予定だ。


 目的地に向かってまっすぐ飛ぶエルディオン様の周りを、ぐるぐると小さな黒竜姿のクロトが飛び回っている。


 エルディオン様の背に乗るのはもう3回目だ。

 飛ぶことにも慣れてきて、眼下に広がる景色を楽しむ余裕もある。


 やがて王都が見えてきた。

 城下町の建物のカラフルな屋根と、威厳ある佇まいの王城がどんどん近づいてくる。


「翼よし、尻尾よし!」


 着地し、竜のパーツが残っていないかを確認したクロトが駆け出した。

 私のお守りはどうやらきちんと効果を発揮しているようだ。



 遠くから聞こえてくる喧騒、行き交う人々の足音。


 王都には、人の気配が満ちていた。

 ここに来るのはガイウスとの結婚式ぶりだ。

 

 整えられた石畳の道。規則正しく並ぶ建物と、色とりどりの看板。

 城下町の奥には、白く高い城壁と——その向こうにそびえる、王城の尖塔が見える。

 

「わあ、すごいね!」


 隣ではクロトが、目を輝かせてあたりを見回している。


「ようこそおいでくださいました、竜神エルディオン様」


 王都の入り口で、待ち構えていたように豪奢なローブを身に纏った神官の一団が出迎えた。


 上位の神官であろう壮年の男性の声に、周囲の空気がぴんと張り詰める。


「馬車を待たせております。どうぞこちらへ」


 馬車の中、私は緊張で俯き気味だったが、クロトは興味津々で外を見ている。

 時おり私に『あれを見て』と声をかけてくるので、そのたびに顔を上げて外を伺った。


「フローリアは王都に来たことあるの?」

「夜会に参加するために、2、3回くらい」


「夜会ってなあに?」

「貴族の子女たちが、契花ジュメルを見つけるために参加するパーティかな」

「へー」


 結婚式のことは言えなかった。ガイウスのことを思い出して気持ちが沈みかけたが、クロトが話しかけてくれるおかげで気が紛れる。


 長いようで短いような時間が過ぎ、やがて馬車の揺れがゆっくりと収まった。

 

「着いたようだな」

 

 エルディオン様の声に、はっと顔を上げる。

 

 王城は圧倒的な存在感を放ち、そこに存在していた。

 高くそびえる白亜の城門。その奥に続く長い石畳の道。

 さらにその先には、空へと伸びる尖塔が見える。

 

 先にエルディオン様が馬車を降りる。

 差し出してくれた彼の手を取り、私も馬車を降りた。

 

 左右に整列した使用人たちと、その奥に控える騎士たち。


 すべての視線が一斉にこちらへ向けられる。

 どこか好奇と……わずかな畏れが混じった視線だ。


 私は、ここにいていいのだろうか。そんな不安が胸をよぎった。


「こちらへ」


 神官に導かれ、私たちは広間に案内された。

 中には数名の人物が控えているようだ。

 

 中央に立つのは父親と同じくらいの年齢で、威厳ある装いの男性。

 その左右には、格式高そうな衣を纏った者たちが並んでいる。

 

「竜神エルディオン様。お目にかかれて光栄に存じます」

「ああ。丁寧な出迎え痛み入る」


 宰相だと名乗った中央の男性が1歩進み出て、深く頭を下げた。

 エルディオン様が短く応じる。

 

「そちらのお二方は——」

「婚約者のフローリアと、弟のクロトだ」


 紹介されたクロトがぴょこんと頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。モンラヴァン領主の娘、フローリアと申します」


 私も名乗り、丁寧に礼をした。視線が集まってくるのを感じる。

 この場にいる人たちには私はどう映っているのかと思うと不安でいっぱいだ。


「あの女性、ヴァルカイン家のガイウス様の——」


 宰相のそばに控えていた貴族の一団からヒソヒソと囁く声が聞こえ、ヒヤリとする。

 声が聞こえる方をエルディオン様が鋭く一瞥すると、囁きは止んだ。

 

「今宵は夜会がありますので、夕刻までにはお戻り下さいませ。客室をご用意しておりますのでごゆっくりお過ごしいただければ」


 先ほどの囁き声が聞こえていたのかいないのか、宰相はあくまでにこやかな笑みを崩さずそう告げた。



 挨拶を済ませた後は案内に従い広間を後にする。

 思っていたより丁重な扱いを受けて、すっかり恐縮してしまった。


 1人1部屋ずつあてがわれた客室に通され、私は気が抜けてため息をついた。


 夜会があることは分かっていたけど、また注目を浴びるのかと思うと少し気が重い。


 でも、エルディオン様だって気乗りはしていないだろう。

 ここは2人で乗り越えよう。


「ねえねえ、お祭り見にいこうよ!」


 部屋の外からクロトが私を呼ぶ。軽く返事をして私は立ち上がった。


 

 夕刻まで自由に過ごせる時間ができたので、私たちは城下町まで出た。


 建国祭の本番は明日だが、今日は前夜祭だ。

 大通りにはすでに屋台などが並び盛り上がりを見せている。


 夜は広場で魔法芸術師たちによる、夜空に火の花を咲かせる催しが行われると聞いた。


 火の花は王城からも見えるだろうか?

 初めて聞くのでどんなものなのか、ぜひ見てみたい。


「疲れたか?」


 お店を見て回った後、エルディオン様が私を気遣いそう聞いてくれた。

 クロトは少し離れた場所で串に刺さった果物を楽しそうに齧っている。


「恥ずかしながら……少し、びっくりしました」

「あまり気負わなくていい。隣にいるだけで十分だ」


 その言葉が、優しい目が心強い。

 彼の隣で、何があっても堂々と胸を張っていようと思った。



「あの、初めて会った時の聖堂、どうなったんですか?」


 ずっと引っかかっていたことを思い切って聞いてみる。


 私が知る限り、銀の鱗を持つ竜はエルディオン様1人だけだ。


 聖堂は竜神——つまり本人を祀る施設だった。

 『自分側』の建物とはいえ、あれだけ派手に聖堂を破壊した張本人が建国祭で貴賓扱いは、疑問に思う貴族もいるのではないか。


「しばらくは騎士団による調査が入ったが——最終的には『事故』として処理された。聖堂は修繕されている」


「事故ですか」


「《《たまたま》》近くを飛んでいた私が、《《うっかり》》墜落して聖堂を壊してしまった。結婚式は中止、ガイウスは心変わりをして、私はフローリアと偶然出会った」


 その筋書きはやや強引だが、エルディオン様はあくまで淡々と語る。


「私も焦っていて早急な行動に出たとは思っている。しかしああでもしないとフローリアを連れて行けなかった。後先は、考えていなかった」


 さっきまで淡々と語っていたエルディオン様の言葉に、熱が篭る。

 まっすぐ私に向けられた熱に、思わずどきりとしてしまう。


 その時、夕刻を告げる鐘が鳴った。


 そろそろ準備のために王城に戻らなければ。


 もうすぐ——夜会が始まる。

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