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第18話 刺繍とカモミールティー

 刺繍糸と布をテーブルに並べ、私は自室で唸っていた。


 やると言ったものの、私は刺繍が苦手だった。

 というか、ちまちまとした細かい作業全般に苦手意識がある。


 建国祭まではあと大体1ヶ月。

 それまでにエルディオン様が納得する効果のあるお守りを作らないと。


 気合を入れ、私は作業に取り掛かった。



「あっ」


 ぱきん、と小気味良い音と共に金の刺繍針が折れた。

 魔力を込めすぎてしまったようだ。


 針に魔力を込め、糸に魔力を込め、布に魔力を込め、1針1針丁寧に魔力を込めながら刺繍していく作業は思ったより大変だった。


 真っ二つになってしまった刺繍針を見てため息をつく。

 この調子で折り続けていたら針が何本あっても足りない。


「これ、直せないかな」


 左手に咲く魂花アニマフロラを見る。


 私のエルディオン様への想いに呼応するように咲いた花は花弁を大きく広げ、黄金色の光を発してゆらゆら揺れていた。


 私の魔力には癒しの力がある。


 枯れた花を咲かせることができるなら、折れた針だって元に戻せるのではないだろうか。

 刺繍針1本くらいなら魔力の消費も少ないはずだ。


 試しに折れた箇所を繋げるように指で押さえ、魂花アニマフロラから指先へ向けて意識を集中させる。


 能動的に癒しの力を行使する方法が分からなかったから、とりあえず「直れ、直れ」と念じてみた。


 すると手にした針が一際眩しく光り、光が落ち着くと折れた箇所が繋がっていた。


「できた……」


 ほっとして作業に戻ろうとした時、ふわりと空気が変わるのを感じる。

 エルディオン様だ。


「マリエルに教わって、茶を淹れてみたぞ」

「本当ですか? 嬉しいです」


 そう言って部屋に入ってきたエルディオン様は、2つのカップをテーブルに置いて私の向かい側に座った。


 カモミールの香りが優しく広がり、心を落ち着かせてくれる。

 せっかくだし、少し休憩しよう。


「ポットを1つ割った。難しいな」

「え、お怪我はありませんか?」


「大丈夫だ。だが触った瞬間に粉々になったぞ。マリエルもフローリアも簡単そうにやっていたじゃないか」


 魔道具は基本的に人間が使うことを想定し作られている。

 竜族と人間は行使する魔力の量も違うので、エルディオン様が魔道具を使うのはきっと簡単ではない。


「私も……実家で何百回も練習しました」

「これではクロトにもうるさく言えないな」


 エルディオン様はカップに口を付けて、顔をしかめた。

 私もお茶をひと口飲む。ちょっと渋いけど体が温まる味だ。


不味まずいな」

「美味しいですよ」


 なんだか私たち、揃って苦手なことや初めてのことに挑戦しようとしている。それはきっと、すごいことだ。


「建国祭には……参加することにした」

「そうなんですね、私もご一緒します。楽しみです」


「私もやはり、自分の勝手知った空間から出ることをいとうきらいがある。フローリアはいつも、私を外に連れ出してくれるな」


「行ったことがない場所に行って、知らないことを知るのは楽しいですから」


 そう言って微笑むと、エルディオン様は満足げに微笑みを返してくれた。



 結局、あれからも刺繍針を数えきれないほど折った。

 その度に癒しの力で直し、作業を再開する。


 不思議なことに針は直すほどに少しずつ耐久力が上がるような気がした。

 それでも何十回も折ってしまったけど。


「できた……」


 テーブルの上には手のひらサイズの布袋が3つ。

 黒、白、桃色と、練習がてら3人分作ったのだ。


 刺繍糸はそれぞれ私たちの瞳の色から、金、紫、緑を使った。

 クロトの分は本で調べた魔力制御の魔法陣を簡略化した図案で、私とエルディオン様の分はお花の模様だ。



 あとは、中に入れる魂花アニマフロラの絵を描く必要もある。


 絵の方は、もう竜族の皆の絵を描くことが日常になっていたので慣れたものだった。


 描き始める前にも紙に魔力を込め、絵の具を塗り重ねるたびに薄く層を作るように魔力を重ねていく。


 仕上がりはさながら光のミルフィーユのよう。

 何層にも重ねられた魔力は、柔らかに絵を包む黄金のカーテンとなり優しく揺らぐ。とても、綺麗だ。


 絵の具が乾いたら絵を丁寧に折りたたんでそれぞれの袋に入れる。

 あとはこれをクロトに渡して、エルディオン様に見てもらうだけだ。



「わあ! ありがとう!」


 2人を呼び出し、クロトにお守りを渡す。

 彼はそれを喜んで受け取り胸ポケットに入れた。


 光のカーテンがクロトの身体を包み込む。

 すると、僅かながらにそこにあった、音もなくうねる魔力の流れが止んだ。


「わ、すごい! 頭がスッキリする」

「これは……想像以上だな」


「あとこれ、エルディオン様の分です」


 感心したようにクロトを眺めていたエルディオン様は、私が差し出した白いお守りを見て驚いた様子だ。


「私の分?」

「ほら、お揃いですよ」


 自分の分として作った桃色のお守りを掲げて見せる。

 刺繍は花弁と茎の部分に紫と緑の糸を使い、2つとも同じアイリスの図案を刺している。


 エルディオン様は私の手に載せられたお守りをしばらく見つめ、うやうやしい手つきで受け取った。


「そうか、ありがとう。……大切にしよう」


 あまりにまっすぐで熱の籠った視線に絡め取られそうになり、咄嗟にうつむく。


 それは私のことを指したのではないかと勘違いしそうになるほど、甘やかな声色だった。



 あとは神域の外でも魔力が落ち着いているかを確かめるため、転送門ゲートを通って外ヘ行ってみることになった。


「やったー、ボク神域の外に出るの初めてだよ」

「遊びに行くわけではないぞ」


 無邪気にはしゃぐクロトと、諌めるエルディオン様を微笑ましく眺める。

 3人で建国祭に行けたらいいなと願った。きっと楽しい思い出になるはずだ。


「神官の人だ、こんにちは!」


 クロトはすれ違う神官たちに元気いっぱい挨拶をし、彼らを当惑させていた。エルディオン様以外の竜族の顔はあまり知られていないらしい。


 神官たちはエルディオン様に頭を下げるのも忘れ、ぽかんとした様子で私とクロトを交互に見ていた。


 

 花畑のある町外れの丘までやってきた。


 エルディオン様は、はしゃぎまわるクロトを引き止め、竜態になるよう促した。


 クロトの身体からすみれ色の光が溢れる。


 光が収まると、小柄な黒竜がそこにいた。

 漆黒の鱗は黒曜石の輝きを放っている。


「どう? どう?」

「まあ、危なげはなさそうだな」


 エルディオン様が呟いた。

 クロトの竜態はエルディオン様より2回り以上小さく、私でも頑張ればよじ登れそうだ。


「いいだろう。建国祭に行くことを許可する」

「やったー!」


 その言葉にクロトは弾かれたように人間の姿に変わる。

 私の元に勢いよく駆け寄ってきて笑顔を見せた。


「フローリアのおかげだよ! ありがとう!」

「良かったね。私も頑張った甲斐があったよ」


 穏やかな春風が花を揺らす。

 私は、あたたかな達成感に包まれていた。

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