第17話 建国祭に行きたくて
「フローリア様、おはようございます」
食堂で朝食を食べていた私に、赤髪をポニーテールにした若い竜族の女性が話しかけてきた。
後ろには同じ顔をした女性が2人。
以前私が絵を描いた、見事なブーゲンビリアの魂花を持つ、3つ子たちだ。
彼女たちは私の描いた絵のファンになったと言ってくれて、こうして会えば挨拶や雑談を交わす仲になった。
名前はそれぞれゾイエ、レーネ、アンナだと聞いたが、正直見分けられないし、彼女達も覚えなくて良いと笑っていた。
「あれ、フローリア様その指輪……」
「もしかして、エルディオン様と?」
私の左手に光る指輪を見つけた彼女たちが色めき立つ。
私が照れながら肯定すると黄色い歓声が上がった。
「おめでとうございます! 結婚式はいつですか?」
「私たちも招待して下さいますか?」
「プロポーズの言葉は?」
3人がかりで質問攻めにされ、困ってしまう。
でも決して嫌ではない。彼女たちの表情からは、心から私を祝福してくれているのが伝わる。
「結婚式はまだしばらく先かな。色々落ち着いてから……」
そう、私が犠牲にならずに魂樹の呪いを消す方法がまだ見つかっていない。
懸念がなくならないことには気兼ねなくお祝いもできないと、私たちの意見は一致していた。
「でも、もうすぐ建国祭ですよね?」
「エルディオン様は貴賓として招待されておりますし」
「婚約発表くらいされるのでは?」
「えっと……」
建国祭、それは王都で毎年春の終わりに行われる、この国が無事に1年を超えたことを祝い、また新たな1年が始まること祝うお祭りだ。
かつて邪竜との戦いでこの世界が滅びかけた時、女神は自らの生命と引き換えに世界を救った。
人々は女神の加護を失い、そこから新たな歴史を刻み始めたのだ。
今年は1000年目の節目となる年。例年より盛大な祭りになることは確実だ。
でも、建国祭の場でエルディオン様が私との婚約を公にするのではないかというのは——私はまだ、聞いていない。
「フローリアを困らせるんじゃないぞ」
私の隣でことの成り行きを眺めていたエルディオン様が見かねたように声を上げた。
彼の指にも、私とお揃いの白銀の指輪が嵌められている。
「きゃー、すいません、もう行きましょ!」
「フローリア様、また今度です!」
立ち去る3人を見送る。
振り返ると、エルディオン様は疲れたように目を閉じていた。
「あの、さっきの建国祭の話って……」
「建国祭には毎年招待されているが、断っている。竜族は信仰の対象なれど、政治や人の営みには極力関わらないようにしているのだ。しかし今年は特別だからどうしてもと、国王を筆頭者に有力貴族たちが連名で招待状を送ってきた。ここまでされてはな」
エルディオン様が大きなため息をつく。
「行くならばフローリアも連れていくつもりだ。そうなると、貴族たちにも紹介しないわけにはいかない」
「私なら大丈夫ですよ。紹介していただいても」
ガイウスとの婚約は正式に終わった。
私が誰の隣にいようと、非難される謂れはない。
「ただでさえ愛らしく可憐で人目を惹くフローリアが、見せ物にされるのは耐え難い」
目元を手で覆ったエルディオン様が、ぼそぼそと呟いた。
そこにあるのは、私への少々過保護な愛情だった。
「建国祭といえば……邪竜との戦いで、エルディオン様は傷を負って眠っていたんですよね。いつ、お目覚めに?」
「ずっと意識を失っていたわけではない。目覚めてフローリアがいないことを思い出し、またまどろみに戻るということを繰り返していた。完全に覚醒し人間態で出歩くようになったのは、人の暦で50年ほど前だったと思う」
エルディオン様はそう淡々と語る。
まどろみの中の950年、目覚めてからの50年。途方もない時間だ。
その間、彼はただひたすらに、私の転生を待ち続けていたんだ。
「50年でも、かなり長いですね」
「人間にとってはそうかもしれないが、私にとっては長い時間ではない。建国祭の誘いも、断るそばからすぐ次のものが来る」
「せっかくなので、行きましょうよ。私は、エルディオン様がいてくださるなら大丈夫です」
「フローリアがそう言うなら、前向きに検討すると返事を出しておこう」
ここまで来てまだ『検討』なんだ。
建国祭に行きたくないと言うエルディオン様の少々我儘な一面を垣間見て、内心微笑ましく思った。
*
「あ、兄上いたいた!」
食堂の扉を開けて現れたのはクロトだ。
金の瞳を輝かせ、弾んだ足取りでこちらへ駆け寄ってくる。
「ねえねえ、今年の建国祭は行っても良い?」
「駄目だ」
エルディオン様は考える様子も見せず、クロトの申し出を跳ね除けた。
「えー! なんで! なんでいつもボクだけダメなの?」
「クロトはまだ魔力制御が不十分だ。人が集まる中で竜態になったらどうする」
「服に制御の印を刺繍してるよ。今はできてる」
「神域の中だけだ」
反論できないクロトが口ごもる。
彼の着ている服には全面に金の糸で魔法陣のような複雑な紋様が刺繍されていた。あれはただの装飾ではなく、魔力制御のためらしい。
竜族は基本的に怠惰で人間に興味が薄く、内に篭りがちな気質を持つが、クロトの性格は真逆だ。
せっかく彼が興味を持って出かけたいと言っているのだから、その望みを叶えてあげたいと思った。
「その、魔力制御っていうのを上乗せするはどうですか? 例えば、お守り……とかで」
「試してみる価値はある。フローリアは私の契花だ。私の血縁であるクロトとも魔力の親和性はあるだろう」
私がおずおずと提案すると、エルディオン様は一瞬考えたがすぐに了承してくれた。
「じゃあ私、作ります」
「ほんと? フローリアありがとう! じゃあボクも魔力制御の練習頑張る!」
ぱっと顔を輝かせたクロトが、テーブルの向こうから勢いよく身を乗り出す。
その無邪気な笑顔に、思わずこちらまで頬が緩んだ。
「あ、そうだ」
身を翻し食堂を飛び出そうとしたクロトが一瞬止まる。
視線の先は私の左手だ。
「婚約おめでとう、義姉上!」




