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第2話 竜の住む神域

 私を背に乗せた竜は、はるか上空を飛んでいた。


 街並みや外を歩く人々が豆粒のように小さくなってから、見えなくなるまではあっという間だった。


 落ちたら死ぬ。私は恐怖に震えながら背の突起にしがみついていた。


「だいぶ高度を上げている。寒いか?」

「ひえっ、い、いいえ」


 突然話しかけられて動転する。

 寒いのかもしれないが今はそれどころではない。


 それに背の突起は血が通っているのかほんのり暖かく、しがみついていれば気温の低さには耐えられそうだった。


「もうすぐ着く」


 言うが早いか、高度が一気に下がった。

 身体が浮かび上がるような感覚に襲われ情けない声が漏れる。

 竜の尻尾が私の背中を押さえてくれた。



「着いたぞ」

「ここは……」

「エルダシアだ。初めてか」


 地に降りてすぐ、人間の姿になった竜がごく自然に私の手を取り歩き出す。

 やはり、彼の手は普通の人間より熱い気がする。


「本で読んだことはありますが、来るのは初めてです。神聖都市エルダシア……竜神信仰の総本山ですよね」


 ここは街の入り口だろうか。奥に行くほど高台になっており、遠くに大神殿がうっすらと見える。


 屋根が平らで白く四角い建物が整然と並ぶ街並みは、私の地元である自然豊かなモンラヴァンとは全然違う様相だった。


 どこからかミントのような清涼感のあるハーブの香りが漂ってくる。


「やはり、神殿には竜神様がいらっしゃるのですか? この国を見守っていると言われる」


 ごく素朴な疑問だった。「この国は竜神の加護を受けている」など、創世神話の中だけの話だと思っていた。


 しかし目の前に伝説だと思っていた竜が現れた以上、この国を守る竜神様も実在するのではないかと思える。


 この人は……神殿からの使いか何かなのだろうか。


「ああ、それは私のことだ」

「え」


 当たり前のようにそう言われ、理解が追いつかず呆然とする。

 はたから見ればひどい間抜け面を晒していただろう。


 彼が私に向き直った。

 混乱のあまり時間感覚を失っていたが辺りは夕暮れ時で、夕陽を受けて輝く銀髪が神々しい。


「挨拶が遅れたな。竜神のエルディオンだ」

「な、な、な……」


 彼が微笑む。状況が飲み込めない。


 神話の竜神は本当にいて、今もいて、目の前にいて。——おそらく私の契花ジュメル、運命の人。


 現実感がまるでなかった。

 足元がふわふわしているような感覚のまま、私はエルディオン……様に手を引かれ、導かれるように神殿へと向かった。



「おかえりなさいませ、竜神様」


 神殿の入り口に立つ数人の衛兵達が、エルディオン様を見ると慌てて居住まいを正した。

 隣に立つ私に視線を滑らせ、目を白黒させている。


 驚き、困惑、警戒。様々な感情が混じったような視線が一気に注がれ、緊張で身を硬くする。

 1番端に立つ衛兵が隣の衛兵に何かを囁き、肘打ちをされていた。


「フローリア、気にするな。私が人間を連れてくるのが珍しいだけだ。おいお前たち、持ち場へ戻れ」


 気付いたら衛兵の数が増え、円を描くように私達を取り囲んでいる。

 皆、私を見にきたようだ。


 エルディオン様が追い払うような仕草をすると、彼らは深く礼をして走り去っていった。


「エルディオン様!」


 神殿の回廊をしばらく進むと、奥から神官のローブを身につけた若い女性が駆けてきた。


 私より少し年上だろうか。

 エルディオン様を見つめ頬を染める様子にただの信仰心以外の感情が含まれていることは私から見ても明白だった。視線を感じたのか、目が合う。

 

 彼女は一瞬ギョッと目を見開き、すぐ取り繕うように表情に笑みを貼り付けた。


「そちらの女性は? ずいぶん汚れていらっしゃいますが」

「私の契花ジュメルだ」


 エルディオン様は短く答えると、私の肩を抱き寄せた。彼女には一瞥もくれずに横をすり抜け奥へ進む。

 背中にものすごい視線を感じて、気まずい。


 回廊の突き当たりにあるドアを開けた先は、床に小さな魔法陣が描かれた小部屋だった。


「ここは?」

転送門ゲートだ。私が許可した時にしか起動しない。ここから竜の住まう地、神域に向かう」


 魔法陣の上に立つと、光に包まれ世界が上下反転するような感覚に襲われた。これがあと少し続いたら吐くところだったけど、一瞬で終わり気付いたら違う場所にいた。



「わあ……」


 幻想的な光景だった。

 等間隔に並んだ石柱のあいだから鈍色の空が見える。

 

空はどこまでも続いていて、遠くの方で何匹かの竜が弧を描くように飛んでいた。


 柱を磨いていた女性がこちらに気付き、慌てて向かってくる。

 私のお母様と同年代に見えるけど彼女も竜族なのだろう、実年齢は分からない。


「エルディオン坊っちゃま、おかえりなさいませ。あ、そちらの愛らしいお嬢様は、もしかして……?」

「ああ、ようやく見つけられた。フローリア、侍女のマリエルだ。」

「あの、初めまして。フローリア・モンラヴァンと申します」


 ぺこりと頭を下げると、マリエルさんは「まあまあまあ!」なんて騒ぎながらエルディオン様の背中をばしばしと叩いた。


「なんて可愛らしいの! 愛らしいの! 坊っちゃまには勿体無いくらい!」

「マリエル、うるさいぞ。フローリアは疲れているんだ。部屋に案内してやれ」

「ああ、気の利かない年増で申し訳ございませんねえ。どうぞこちらへおいでくださいませ」


 明日、落ち着いた頃に改めて話そうと言うエルディオン様と別れ、私のために用意したという部屋に通される。


 ドアと開けると故郷モンラヴァンを思わせるラベンダーの香りが漂ってきて、なんだか懐かしくなってしまった。


 結婚式をめちゃくちゃにしてしまったこと、申し訳ないと思う。

 お父様、お母様は怒っているだろうか? それとも、とうに見下げ果てた娘がとんでもないことをしでかしたと、呆れて物も言えない状況だろうか。


 ともかく疲れた。

 一連の騒ぎでズタボロになってしまったドレスを脱いで、用意されていた水桶とタオルで身体を拭いて、これまた用意されていた部屋着に着替えベッドに寝転がる。


 今日は怒涛の1日だった。疲れすぎて頭がうまく働かない。

 どうして私はここにいるんだっけ? 今日はガイウス様との結婚式だったはずだ。


 結婚自体は気乗りしないというか逃げ出したいほど嫌だったから、こうして連れ出してもらえたことに嬉しい気持ちもある。

 

 でも、これからどうなってしまうのだろう。

 破壊された聖堂の損害賠償がうちに来たらとても払えない。

 連れ戻されてどこかに売り飛ばされてしまうかも……


 回らない頭でそんなことを考えているうちに、眠りに落ちた。

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