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第12話 リリアンの憂い

 ラベンダー色の屋根と、クリーム色の壁。お屋敷とは言い難いこぢんまりとした家が、私の実家だ。


 誰かいるかと思ったが、両親も姉妹たちも留守にしているようだった。


 実家は、言ってしまえば貧乏だ。

 今は雀の涙ほどの税収と、王都の騎士団に所属する上の姉、ディアンヌお姉様からの仕送りでなんとか保たせている。


 私の身柄を引き取るにあたって、エルディオン様は実家に金銭的支援を申し出たのではないかと思っているが、両親はプライドが高く、ヴァルカイン家への体面もあり断っただろうと推測している。


 使用人を雇う余裕もなかったので、基本的にお母様が家事全般を取り仕切り、姉妹たちがそれを手伝っていた。


 私は魔道具が使えずろくに家事を手伝うこともできなかったので、家族と顔を合わせるたびため息と共に嫌味を言われていた。

 苦い思い出が蘇り、胃がキリキリする。


「ちょっと裏庭のお花の様子を見てきますね。狭いので、その辺を散歩でもしていて下さい」

「何かあったらすぐ呼ぶんだぞ」


 エルディオン様に声をかけ、私は裏門側に回った。裏庭の一角には私が世話をしている花壇がある。


「やっぱり、枯れちゃってる」


 玄関先のお花は世話がされているようだったけど、ここのお花は放置され枯れてしまっていた。


 枯れた花を引き抜こうと触れた時、私の魂花アニマフロラが輝き出した。

 黄金に輝く魔力が左手から枯れ花に流れ込み——お花が、息を吹き返した。



「これって……」

「物音がするから猫でもいるのかと思ったけど——フローリアじゃない」


 先ほどの出来事に驚く間もなく、背後から声が浴びせられた。


 棘を含んだ、凛とした声。リリアンお姉様だ。

 ウェーブがかった金髪が風に揺れ、深緑の瞳が私を見つめる。


「リリアンお姉様……お久しぶりです。お父様とお母様、ロゼッタは?」

「仕事で留守。ロゼッタは学校。私は留守番」


 リリアンお姉様は1年以上前から自身の契花ジュメルと婚約中の身ではあるけど、結婚式の費用やドレスのこと、持参金のことなどがまとまっておらず挙式の目処が立っていない状態だった。


「よくも、ぬけぬけと戻って来られたわね」


 ぎゅっと唇を噛んだ。昔からリリアンお姉様は私がやることなすこと全てが気に入らないようで、ことあるごとに逐一嫌味を言ってくる。


 何か言われるたびに心が凍りついていくようだった。やがて私は反論をすることを諦めていった。


 お姉様の魂花アニマフロラは白い鈴蘭だ。

 不思議なことに、私を罵っている今この瞬間も清廉な光を放ち凛とした佇まいで咲いている。それは、彼女の魂が本来高潔であることを示していた。


「なんか言いなさいよ」

「お姉様」


 私の中の何かが弾けた。

 自分さえ我慢すればそのうち嫌味を言うのにも飽きて立ち去る。そう思って耐える日々だった。


 でも、もうこの家は私の帰る場所ではない。

 家族にどう思われようと、もう構わない。


「どうして、私に辛く当たるのですか。お姉様ほど美しく、強い魔力があり、素敵な契花ジュメル様がいるなら、私のことなど取るに足らないはずなのに」

「なんですって! もう1度言ってみなさいよ」


 カッとなったお姉様が声を荒げた。私の言葉の何かが刺さったようだった。


「お姉様は美しくて——」

「私は美しくなどないわ」

「いいえ、美しいです」


 私の言葉を遮り、被せてくる。私も負けじと被せ返した。


「……そばかす」

「え」

「そばかすが! あるでしょう!」


 言われてみれば、色白で肌が薄いリリアンお姉様の顔にはそばかすがある。

 だが言われないと分からないくらいで、目立つものではない。


「流行のドレスも、宝石も、白粉おしろいも買ってもらえない! 型落ちのドレスを着たそばかすだらけのこんな醜い女を、誰が愛するというの」


 お姉様がしゃがみ込む。

 ドレスの裾が汚れるのも厭わず顔を手で覆い嗚咽した。指の隙間から大粒の涙がこぼれ、地面に染みを作る。


「私だって王都で魔法を学びたかった! でも、ディアンヌお姉様が既に王都の学院に通っているから2人分の学費は出せないって言われた!」


 嗚咽混じりの叫ぶような言葉。

 私に向かって話しているというより、抑えられない思いを爆発させているようだ。


「分かってるのよ、八つ当たりだって。アンタに当たるのはお門違いだって。こんな自分は最低だって……でも、シミ1つない陶器みたいな肌のアンタが、ドレスも宝石もなくても堂々としていられるアンタが、許せなかったのよ」


 呆気に取られた。

 一見完璧に見えるリリアンお姉様がそんなことを考えていたなんて思ってもみなかった。


 私はドレスや宝石より本が好きだったから、流行りのドレスを買ってもらえなくても何も気にならなかった。


 でも、流行に乗り遅れ夜会で孤立することを恐れていたお姉様にとっては、無神経にすら映ったかもしれない。


契花ジュメル様……辺境伯様だってとても年上で……私のような小娘はきっとすぐ飽きられてしまう」


 お姉様は最後にぽつりと呟くと、それきり黙ってしまった。

 裏庭には啜り泣きだけが響いている。



「どうした、大丈夫か?」

「あっ、エルディオン様。その、リリアンお姉様、が——」


 様子を見にきたエルディオン様が、おろおろする私と泣きじゃくるお姉様を交互に見やる。


「アンタ、フローリアの契花ジュメルね。いたなら言いなさいよ」


 お姉様が立ち上がり、ドレスの袖で涙を拭いた。


 涙は拭いたそばからこぼれ落ちているけど——強い意志を宿した瞳はエルディオン様を見据えている。


「盗み聞きするつもりはなかったが……お前の契花ジュメルは何歳なんだ」

「12歳年上だから、32歳よ」

「私とフローリアは2700歳差だ」


 その言葉に、一拍置いてお姉様が吹き出した。

 泣き腫らした瞳は真っ赤になっているが、涙は止まっている。


「ふふっ、慰めてるつもり? 変な人。竜と人間は歳の取り方が違うのよ」


 お姉様は大きく息を吐いた。

 空を仰ぎ、諦めたような微笑みを浮かべる。


「——まあいいわ。ねえアンタ、妹のこと、幸せにしなさいね。これは『意地悪な姉』からの命令よ」

「無論だ」


 強がるようなお姉様の言葉に、エルディオン様はまっすぐに答えた。


「フローリア、今まで悪かったわね。……私は、アンタの人生を台無しにしたかしら」


 お姉様は私に向き直って、視線は逸らしたままそう言った。

 声は震えていて、答えを恐れているのが分かる。


「いいえ。私の人生は私のものですから」


 きっぱりと答えた。その言葉に嘘はなかった。

 お姉さまが私にしてきた仕打ち。正直、許してはいない。

 でも、それが私の人生をダメにしたかといえばそうとは思っていない。


「言うじゃない。せいぜい幸せになるのよ」

「お姉様も」

「私は無理よ」


 お姉様が力なく笑う。

 彼女は、歳の離れた婚約者が自分を愛することはないと思い込んでいるようだ。


「辺境伯様に離縁されたら、私がエルディオン様とお迎えに行きます」

「バカね。でも……ありがとう」

 

 お姉様と別れた後、スカートのポケットに入れていたペンを紙と小さな紙を取り出し、簡単に風景のスケッチをした。


 次に来られるのはいつになるかわからない。

 それまで忘れないように、モンラヴァンの風景を目に焼き付けようと思った。

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