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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第8章 第6話:白鐘紙工房の透かし


 透かしは、光にかざさなければ見えない。


 机の上に置かれているだけなら、それはただの薄い紙だった。


 少し黄ばんだ、古い記録紙。


 端に小さな破れがあり、表面には何も描かれていないように見える。


 けれど、クラウス・ヴァイゼルがそれを慎重に持ち上げ、窓から差し込む午後の光に重ねた瞬間、紙の内側から細い線が浮かび上がった。


 白い鐘。


 蔦。


 半分の盾のような輪郭。


 白鐘紙工房の透かし。


 アルト・レインフォードは、その模様が現れた瞬間、左手首に熱を感じた。


 痛みはない。


 声もない。


 だが、布の下の銀環が、小さく呼吸するように温かくなる。


「痛みなし。熱少し。声なし。透かし確認で反応しました」


 アルトが言うと、隣のリゼ・グレイスが頷いた。


「確認しました」


 生徒会室には、静かな緊張があった。


 今日の机の上には三種類の資料が並んでいる。


 一つ目は、白鐘紙工房の透かしが入った古い紙片の写し。


 二つ目は、戦時接収物記録に残っていた白布端の刺繍模写。


 三つ目は、エリアナ・ルクス・ヴェルグラントの母方の記憶に基づく意匠再現図。


 いずれも完全ではない。


 紙片は断片。


 布端模写は不鮮明。


 記憶に基づく再現図は、エリアナ本人が何度も「確定ではありません」と言ったものだ。


 それでも、三つの意匠は似ていた。


 白い鐘。


 蔦。


 半盾。


 そして、鐘を囲むように曲がる細い線。


 それらが並ぶと、別々の資料が同じ方向を向き始める。


 その感覚が、アルトには少し怖かった。


 自分の出生記録に関わる白鐘紙工房。


 エリアナの母方の白布。


 リゼが護衛したかもしれない荷車列。


 すべてが一枚の机の上に集まっている。


 同じ箱には入れない。


 何度も確認してきた言葉が、今また必要になっていた。


 エレオノーラ・ヴィンスフェルトが記録板を開いた。


「本日の確認対象。白鐘紙工房透かし資料、白布刺繍模写、エリアナさんの母方意匠記憶の比較。アルトさんの出生記録関連性、エリアナさんの母方記録関連性、リゼさんの戦時移送記録関連性は、それぞれ分けて扱う。銀環反応は参考情報。意匠一致の根拠にはしない」


 クラウスが頷く。


「そこは重要だ。銀環が反応したから同一、とはしない」


 リゼも静かに言った。


「情報の性質を間違えません」


 エリアナはその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。


 薄紫の瞳は、机上の三つの意匠を慎重に見ている。


 淡い亜麻色の髪は整えられているが、今日はいつもより表情が硬い。


 それも当然だった。


 彼女の母方の記憶が、アルトの出生記録や白鐘紙工房と繋がるかもしれない。


 そのことは、彼女の故国の記憶がアルトの謎を解くための材料にされる危険を持っている。


 ミリア・ファルネーゼが、エリアナの斜め横で静かに声をかけた。


「状態は」


 エリアナは自分の手を見る。


「身体異常なし。感情、緊張。母方の記憶が、別の目的に使われることへの警戒があります」


 ミリアは頷いた。


「言えたわ」


「はい」


 アルトは左手首に触れた。


「僕も、怖いです」


 全員の視線がアルトへ向く。


 アルトは少しだけ息を吸う。


「僕のことを知るために、エリアナさんの故国を使っているみたいになるのが怖いです」


 エリアナの瞳が揺れる。


 アルトは続けた。


「でも、僕の出生記録に白鐘紙工房が関わっているなら、そこを見ないことも違うと思います」


 言いながら、自分の声が少し震えるのを感じた。


 リゼが静かに隣にいる。


 ミリアが見守っている。


 カイ・ロックハートは椅子に座って、今日はやけに真面目な顔で聞いている。


 アルトは続けた。


「だから、分けたいです。僕のことを知るための情報と、エリアナさんの故国の記憶を、同じものにしないでください。でも、繋がるところがあるなら、確認はしたいです」


 エリアナはアルトを見ていた。


 しばらく黙り、それから静かに頷く。


「私も、同じです」


「はい」


「私の故国を、あなたの鍵情報にされたくありません」


「はい」


「でも、私の故国を知らないまま、白鐘やあなたの銀環だけを扱われるのも嫌です」


 エリアナの声は、少しだけ強くなった。


「それでは、また私たちの記録だけが消えます」


 アルトは頷いた。


「はい」


 クラウスが低く言う。


「難しい線引きだな」


 ミリアが答える。


「だから、今日はその線を引きながら進めます」


 エレオノーラが記録する。


「確認方針。アルトさんの出生記録解明と、エリアナさんの故国・母方記録の回復を同一目的化しない。ただし重なる情報は、双方の本人確認を取りながら照合する」


 ロウ教師が窓際で腕を組んだ。


「良い。便利な謎解きにするな。人の記憶を鍵穴に詰めるな」


 カイが小さく呟く。


「鍵穴に詰めるなって、すごい言い方だな」


 ロウ教師が見る。


「覚えておけ」


「はい」


 クラウスは資料を中央へ寄せた。


「まず、白鐘紙工房の透かしから説明する。この紙片は、以前確認された白鐘紙工房製と推定される記録紙の写しだ。王国北部で流通していた特殊紙で、正式記録や出生記録、契約文書などに使われた可能性がある」


 アルトの左手首が淡く熱を持つ。


 出生記録。


 その言葉は、今も少し胸に触る。


 クラウスは続けた。


「白鐘紙工房の特徴は、半盾形の中に白鐘と蔦を入れる透かし。肉眼では見えにくく、光に透かすと浮かぶ。偽造防止と、記録管理家の識別を兼ねていた可能性がある」


 エリアナが小さく言う。


「紙は記録を残す家」


 クラウスが顔を向ける。


「前回の話だな」


「はい。母は、紙は記録を残す家、布は鐘を覆う家、香草は灯と一緒に扱う家、と話していました」


 エレオノーラがその発言を記録済み資料と照合する。


「記録あり。前回発言と一致」


 クラウスは頷いた。


「なら、この白鐘紙工房は“紙の家”に近い役割を持つ可能性がある」


 リゼが資料を見る。


「王国側では、白鐘紙工房は旧領北部の紙工房として記録されていました。儀礼管理家としては扱われていません」


「その通りだ」


 クラウスの声は少し苦い。


「王国資料では、生産者、流通元、記録紙工房として扱われている。だが、エリアナさんの母方伝承と照合すると、白鐘儀礼の紙管理家だった可能性が出てくる」


 ミリアが静かに言う。


「また、役割名が変わっているのね」


 ロウ教師が頷く。


「紙工房。記録管理家。白鐘儀礼の家。同じものを、どの名で見るかだ」


 アルトはノートへ書く。


 紙工房。


 記録管理家。


 白鐘儀礼の家。


 同じ箱に入れない。


 けれど、関係を見る。


 クラウスは次に白布端刺繍の模写を指した。


「こちらは、戦時接収物記録に残る白布端の刺繍模写だ。白布包み三のうち、一点に刺繍あり。模写は不鮮明だが、白鐘紙工房の透かしと蔦の巻き方が似ている」


 リゼが言う。


「同一工房とは断定できません」


「もちろんだ。布と紙で制作技術が違う。だが、同じ儀礼体系の意匠としては十分に比較対象になる」


 エリアナが白布の模写を見る。


「白布は、鐘を覆うためのものです」


 声は小さいが、はっきりしていた。


「母の話では、鐘を鳴らさないために布をかけます。鐘を隠すためではなく、鳴らさない意思を示すためだと聞きました」


 アルトの左手首が温かくなる。


 怖くない熱。


 灯と香りの白鐘に近い熱。


「痛みなし。熱少し。声なし。白布の意味で、怖くない反応です」


 エリアナがこちらを見る。


「怖くないのですか」


「はい。鳴らさない意思、という言葉は怖くありません」


 エリアナの表情が少しだけ緩む。


「私も、そう思います」


 リゼが静かに言った。


「敵勢力が使った小鐘とは逆です」


 クラウスが頷く。


「そうだ。白布は鳴らさないための手順。第6章で見つかった小鐘は、反応を起こすための仕掛け。白鐘の意匠を使っていても、意味は逆だ」


 エレオノーラが記録する。


「白布、鳴らさない意思を示す儀礼物。小鐘、反応誘発装置。意匠類似の可能性あり。ただし意味は逆」


 カイが腕を組みかけて、途中でやめた。


「同じ白鐘っぽいものでも、全然違うんだな」


 ミリアが頷く。


「ええ。だから“白鐘だから危険”でまとめてはいけないの」


 カイは真剣に言った。


「白鐘も同じ箱に入れない」


 ロウ教師が少しだけ口元を動かす。


「今日はよく理解しているな」


「今日だけですか」


「今日も、にしておく」


 カイは少し満足そうだった。


 エリアナも小さく笑いかけた。


 その笑みが残っているうちに、クラウスは三つ目の資料を出した。


 エリアナの母方意匠記憶を元に、ミリアとエレオノーラが清書した再現図だ。


 エリアナ本人が横で何度も確認し、違う部分に印をつけた。


 鐘の輪郭。


 蔦の本数。


 半盾の角度。


 完全ではない。


 紙の端には赤字で大きく書かれている。


 本人記憶による再現。原本確認ではない。


 クラウスはその注意書きを指した。


「この扱い方は良い。王宮資料だと、ここが抜けることがある」


 エレオノーラが少しだけ眉を動かす。


「抜ける、とは」


「“エリアナ証言により意匠確認”とだけ書かれる。すると、記憶の不確実性が消える。後から原本同等に扱われる危険がある」


 エリアナの表情が硬くなる。


「私の記憶が、原本にされるのですか」


「なり得る」


 クラウスは隠さなかった。


「だから、ここでは不確実性を大きく書く」


 エリアナは再現図の赤字を見る。


 本人記憶による再現。


 原本確認ではない。


 それを見て、少しだけ息を吐いた。


「その方が安心します」


 ミリアが柔らかく言う。


「確かではないと書くことは、あなたの記憶を軽く扱うことではないわ」


「はい」


 エリアナは頷く。


「間違った確定にされるより、安心します」


 リゼが小さく言った。


「正確さは、冷たさではありません」


 エリアナがリゼを見る。


 以前ミリアが言った言葉。


 今、リゼが受け取っている。


「はい」


 エリアナは静かに頷いた。


「今日は、その言葉がよくわかります」


 クラウスは三つの意匠を横に並べた。


「比較する。白鐘紙工房の透かし。白布端刺繍。母方意匠記憶。共通点は三つ。白鐘、蔦、半盾状の輪郭」


 エレオノーラが記録する。


「相違点は、蔦の本数、鐘の舌の有無、半盾の閉じ方。白鐘紙工房透かしでは半盾が開いている。白布刺繍では閉じている可能性。母方記憶では蔦が鐘を覆うように多い」


 セレナ・アイゼンベルグが今日は資料確認補助として後方に座っていた。


 彼女が手を挙げる。


「発言しても?」


 ユリウスが頷く。


「どうぞ」


 セレナは資料を見たまま言った。


「紙、布、香草、灯がそれぞれ別の家の役割なら、意匠の違いは役割差を示す可能性があります。紙は記録を開くために半盾が開いている。布は鐘を覆うために閉じている。母方意匠は複合管理家か、複数役割を継承した家のものかもしれません」


 室内が静まる。


 クラウスが目を細めた。


「面白い見方だ」


 エリアナは少し不安そうに言う。


「それは、断定ではありません」


 セレナはすぐに頷いた。


「もちろん。意匠読みの仮説です。あなたの母方の役割を決めるものではありません」


 エリアナは少しだけ安心したようだった。


「はい」


 リゼが言う。


「仮説として記録」


 エレオノーラが頷く。


「記録します。意匠差は役割差を示す可能性。断定不可」


 アルトは資料を見た。


 白鐘紙工房の透かし。


 自分の出生記録に関わるかもしれない紙。


 白布の刺繍。


 エリアナの母方の記憶。


 それらが繋がることは怖い。


 でも、今日の部屋では、無理やり一つにされていない。


 紙の家。


 布の家。


 香草の家。


 灯。


 役割は近くにある。


 でも同じ箱には入れない。


 アルトは左手首に触れた。


「痛みなし。熱少し。声なし。今は、少し安心しています」


 クラウスが見る。


「理由は」


「全部が一つにされていないからです」


 アルトは答えた。


「僕の紙と、エリアナさんの布と、白布の子の記憶が、同じものにされていない。でも、関係があるかもしれないことは見ているから」


 ロウ教師が頷いた。


「良い」


 エリアナが小さく言った。


「私も、少し安心しています」


 ミリアが微笑む。


「状態は」


「身体異常なし。緊張はまだあります。ですが、記憶を奪われている感じは、今はありません」


 エレオノーラが記録する。


 カイが小声で言う。


「記録の仕方で、そんなに変わるんだな」


 ユリウスが答える。


「変わる。記録は人を守ることも、傷つけることもある」


 カイはしばらく考え込んだ。


「じゃあ、料理記録も大事なんだな」


 エリアナがカイを見る。


「はい。大事です」


 カイは真剣に頷いた。


「次の香草パン、ちゃんと記録する」


「はい」


 エリアナは少しだけ目元を緩めた。


 クラウスは資料の束から別の紙を取り出した。


「ここで、もう一つ確認しておきたい。白鐘紙工房の透かしが使われた紙は、王国側資料では出生記録にも使われた可能性がある」


 アルトの左手首が強く熱を持った。


 痛みは少し。


 声はない。


 リゼが即座に見る。


「状態」


「痛み少し。熱中。声なし。出生記録で反応しました」


 ミリアが問う。


「続けられる?」


 アルトは息を吸う。


 胸が少し重い。


 出生記録。


 エルディア。


 アルト。


 王家の血。


 鍵。


 でも、今は逃げたくない。


「聞けます。でも、ゆっくりお願いします」


 クラウスは頷いた。


「ゆっくり進める。アルト、君の出生記録そのものがここにあるわけではない。ただ、以前確認された白鐘紙工房の紙が、出生記録保管に使われた可能性がある。つまり、白鐘紙工房は単なる紙工房ではなく、血統や名を記録する役割にも関わっていたかもしれない」


 アルトは左手首を押さえる。


 痛み少し。


 熱中。


 声なし。


「名前を記録する紙」


 アルトは小さく言った。


 クラウスが頷く。


「そうだ」


 エリアナが静かに続ける。


「紙は記録を残す家」


「はい」


 アルトはエリアナを見る。


 怖い。


 でも、どこかで繋がる。


 名前を残す紙。


 鐘を覆う布。


 灯と香草。


 白鐘は、鍵を作るためだけのものではなかったのかもしれない。


 人の名前や帰る音を失わないための仕組みでもあったのかもしれない。


「僕の出生記録も」


 アルトはゆっくり言った。


「誰かが、消えないように紙に残したものかもしれないんですね」


 室内が静かになる。


 クラウスはすぐには答えなかった。


 断定できないからだ。


 代わりに言う。


「可能性だ」


 アルトは頷いた。


「はい。可能性として」


 リゼが静かに言う。


「鍵情報としてだけでなく、名前を残す記録として扱います」


 その言葉に、アルトの左手首の痛みが少し下がった。


「はい」


 エリアナがアルトを見た。


「私の母方の記録も、白鐘情報としてだけでなく、名前を残す記録として扱ってください」


 リゼはすぐに頷いた。


「はい」


 アルトも言った。


「僕も、そう扱いたいです」


 エリアナは少しだけ頷く。


「受け取ります」


 クラウスは資料を閉じる前に、最後の一文を口にした。


「まとめる。白鐘紙工房の透かし、白布刺繍、母方意匠記憶は、同じ白鐘周辺儀礼体系に属する可能性がある。紙は記録、布は鐘覆い、香草と灯は鳴らさない祝祭。これらは分業されていた可能性がある」


 エレオノーラが記録する。


 クラウスは少しだけ声を低くした。


「そして、封信蔦」


 アルトの左手首がぴくりと熱を持つ。


 通信塔を歪めた術式。


 第5章から第6章にかけて、アルトたちを孤立させようとした術式。


 クラウスは続けた。


「封信蔦の意匠にも、蔦が使われていた。あれを旧王宮式の一種として見ていたが、もしかすると白鐘周辺儀礼の“紙と声を扱う手順”を歪めたものかもしれない」


 生徒会室の空気が変わった。


 リゼの瞳が鋭くなる。


 ミリアの表情も引き締まる。


 エリアナが小さく言った。


「祈りや記録を、声を奪うものに変えたのですか」


 クラウスは苦い顔で頷く。


「可能性だ。まだ断定はしない。だが、白鐘紙工房の透かしと封信蔦の蔦意匠には、比較すべき点がある」


 アルトの胸が冷える。


 声を届ける紙。


 名を残す記録。


 それが歪められれば、声を届かせない術式になる。


 静かにすることと、声を奪うことは違う。


 第7章で確認した言葉が戻ってくる。


 アルトは左手首に触れた。


「痛みなし。熱中。声なし。封信蔦の話で反応しました」


 リゼが言う。


「中止しますか」


 アルトは少し考えた。


「今日は、ここまでがいいです」


 ミリアがすぐ頷く。


「賛成」


 ロウ教師も言った。


「止めろ。次回に回せ」


 クラウスは資料を閉じた。


「了解した。今日は可能性の提示まで。封信蔦の解析は次回以降にする」


 エレオノーラが記録する。


「封信蔦と白鐘紙工房意匠の関連可能性提示。詳細解析は次回以降」


 資料が閉じられると、生徒会室に少しだけ息が戻った。


 アルトの左手首の熱も、ゆっくり下がる。


 痛みはない。


 声もない。


 だが、胸の奥には新しい不安が残っている。


 白鐘は、紙、布、香草、灯、鐘、声へ広がっていく。


 そして、それらを歪めた誰かがいる。


 生徒会室を出ると、廊下には夕方の光が差していた。


 窓の外で、青い布が揺れている。


 鐘は鳴らない。


 遠くから、生徒たちが部活へ向かう声が聞こえる。


 普通の声。


 届く声。


 それが今は少し大切に感じられた。


 アルトは左手首に触れた。


「痛みなし。熱少し。声なし。確認終了後」


 リゼが続ける。


「身体異常なし。感情、重い。白鐘紙工房、白布、封信蔦の関連可能性を確認しました。断定しません」


 エリアナも言った。


「身体異常なし。疲労あり。感情、緊張。母方の記憶が奪われた感じは、今はありません。ですが、封信蔦との関連は怖いです」


 ミリアが頷く。


「今日はここで休憩ね」


 カイが布包みを取り出した。


 ミリアが尋ねる。


「名前は?」


 カイは少し考えた。


「同じ白鐘でも一緒にしない用」


 リゼが頷く。


「適切です」


 エリアナも静かに言った。


「はい。適切です」


 カイは布包みを開いた。


 中には小さな焼き菓子と、香草パンの欠けが入っている。


 アルトは成分を読み上げた。


「焼き菓子は小麦、卵、乳、林檎、杏。香草パンは小麦、卵、乳、蜂蜜、香草候補二、香草候補三。蜂蜜減量版です」


 エリアナが頷く。


「確認しました」


 五人は廊下の窓辺で、少しずつ食べた。


 香草パンの欠けは、もう少し硬くなっている。


 でも、噛むとまだ香りが出る。


 甘さは控えめで、苦味が後から静かに残る。


 エリアナはそれを味わって、少しだけ首を傾げた。


「次は、私が香草をもっと細かく砕きます」


 カイが頷く。


「急がずに」


「はい。急がずに」


 アルトは焼き菓子を食べながら、左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 白鐘紙工房の透かし。


 白布の刺繍。


 母方の記憶。


 封信蔦。


 全部が繋がりそうで、繋げるのが怖い。


 でも、今日の確認でわかったことがある。


 繋がることと、同じものにすることは違う。


 エリアナは窓の外を見ながら言った。


「白布も、紙も、香草も、同じ白鐘に関わるかもしれません。でも、同じ役割ではありません」


 リゼが頷く。


「はい」


「私も、アルトさんの鍵情報ではありません」


「はい」


 アルトも言った。


「僕も、エリアナさんの故国を材料にしません」


 エリアナはアルトを見た。


「でも、重なるところは確認します」


「はい」


 ミリアが静かに微笑む。


「確認しながら、線を引き直しましょう」


 カイが香草パンをかじりながら言う。


「同じ箱じゃなくて、近くの棚に置く感じか」


 エリアナが瞬きをした。


 それから、ほんの少し笑った。


「はい。近くの棚なら、よいかもしれません」


 リゼが真面目に頷く。


「分類棚の再構成」


「急に硬いな」


 カイが言うと、ミリアが笑った。


 夕方の廊下に、その小さな笑い声が残る。


 鐘ではない。


 術式でもない。


 届いて、誰かを孤独にしない声。


 アルトは左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 光に透かさなければ見えない線がある。


 でも、透かして見えたからといって、すべてを一つに重ねてはいけない。


 紙には紙の役割がある。


 布には布の役割がある。


 香草には香草の香りがある。


 そして、人には、それぞれの名前がある。


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